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恐怖と絶望

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 少女が連れて来られたのは、どこか見覚えのある懐かしい空気が漂う場所だった。
 壁はボロボロで、返り血だろうか黒く変色した血が飛び散っている。
 床に敷かれていたであろうカーペットは引き剥がされており、床の板が剥き出しになっていた。
 そんな広い部屋に、不自然に真新しい寝台が置かれており、両手両足に拘束具を付けられた姿で少女はその上に仰向けにさせられていた。
 長い黒髪が辛うじて肌を隠しているが、腰を隠すそれはあまりにも頼りない。
 普通の娘であれば、自分の格好に悲鳴を上げて恥じらうところだろう。
 だがしかし、少女は羞恥というものがない。
 それがこの状況に置かれた少女のせめてもの救いともなっていた。
 少女を拘束した男は、寝台の端に腰を下ろして艶めかしい肢体を舐めるような視線を送っている。
 それを不快だと思いはするものの、少女は大人しくされるがままに、伸びてくる手の感触を受け入れていた。
「ああ、本当に美しい……」
 陶然と呟くセルジュの声に、少女は僅かながら眉間に皺を寄せる。
「あなたにはあんなモノより、この冷たく硬質な拘束具の方がよく似合う」
 あんなモノ、と言われたのは、デュクスから貰った腕輪のことを指しているのだろう。
 それが不愉快だった。
 ずっと、この身が朽ちるまで外さないでいようと思っていたものを、この男はいともたやすく壊してくれたのだ。
 そもそもこの鉄の拘束具の方がよく似合うとは、どういう意味だろう。
 闇の魔女はこうやって捕らえられているべきだ、と言外に言っているのだろうが、その一方的な言葉にふつふつとした怒りを覚える。
 冷静にならなければ、と気持ちを落ち着かせるために息を吐くと、内腿に手を差し入れられた。
 肉付きの良いそこを揉まれ、少女は全身に鳥肌が立つのを自覚した。
「感じているのかい?」
 何を? と問いたいのを我慢して、少女は下唇を噛みしめる。
 気持ち悪い。
 それを「感じている」と称するのであれば、答えは是である。
 男の手は少女の内腿を撫でながらも、付け根の方を目指して這い上がっていく。
 ゾクッ、と背筋が震え、少女はとうとう瞼を閉じた。
 この感覚が何なのかわからない。
 こんなことは初めてだ。
 自分以外の他人に触れられることがこんなにも不快なことであるなど、知らなかった。
 もしもこれがデュクスであっても、そう感じるのだろうか。
(――たぶん、違う……)
 一度だけ、彼が少女の肌に触れてきたことがある。
 少女の胸元を寛げ、乳房を揉み、そこにキスをされたとき、少女は不快だとは思わなかったのだ。
 むしろ――。
「考え事か?」
 いつの間にか近くまで来ていたセルジュが、少女の乳房を強い力で鷲掴みにする。
「っ……!」
 皮膚に爪が食い込み痛い。
 その痛みについ、顔が歪んでしまう。
「あぁ早く私のモノにしたい……」
 熱い吐息が、胸元にかかった。
 胸の先端で主張する蕾に、歯が当たる。
「く……!」
 少女は小さく呻いた。
 気持ち悪い上に、そこを食む歯が痛い。
 だが耐えなければならない。
 助けなど来るはずがない。
 少女がいなくなったとしても、それは日常茶飯事であり、気にも留められないだろう。
 こんな風に身体を蹂躙されて大人しくし続けているのも不本意だが、この身体にセルジュが興味を示している間に逃げる方法を考えれば良い。
 魔力を使わず、この男から逃げ出す方法を。
「こんなに触れているのに、貴女の身体はまったく濡れないな。普通の女とは身体の造りが違うのか? それとも、不感症なのか?」
 そんなの知るわけがない。
 少女はぎゅっと目を閉じたまま、返事をすることを放棄する。
 そんな少女に何を思ったのか、セルジュは一度彼女から離れると、何かを手に戻って来た。
 その手には小さな小瓶が握られており、セルジュはその蓋を取ると、中の液体を少女の身体へと垂らす。
 ドロリとした感触で、粘り気がある。
 何か薬草のような香りがするが、少しだけ花の匂いも混ざっている。
「な、に……?」
 一体何をするつもりなのか、少女には想像もできない。
 足の付け根に重点的に注がれたそれに不快感を露わにしながら尋ねると、セルジュの口角がニィと吊り上がった。
「潤滑油と言ってね。処女の娘によく使う香油だよ」
 セルジュは少女の乙女を奪うつもりなのだろう。
 けれど少女はそれがわからなかった。
 潤滑油というのだから、何かしらの滑りをよくするものなのだろうことは理解できる。
 しかし何の。
 少女は性について無知過ぎた。
 それが少女にとって『知る必要のないこと』であるからこそ、その知識が皆無だった。
「あなたは、どんな顔で善がるのだろう……」
 セルジュの手が、少女の閉ざされた場所へと伸びてくる。固く閉ざされた蜜壺に潤滑油を纏わせた指が侵入してきた。
「……―――――ッ!!!!」
 根元まで指を突き入れられ、少女の表情が苦悶に歪み、しなやかな背が弓なりにそれる。
 この男によって殺された大男に指を入れられた時、そこは入り口付近だったにもかかわらず激痛を齎した。
 それをいきなり奥まで指を突き入れられ、少女の口から声なき悲鳴が迸った。
 腕を斬り落とされたときよりも、首を刎ねられたときよりも、その痛みは激しく、少女の中で蠢く黒い何かがザワリッと騒ぎ出す。
「ぅ、あぁああああああ!!」
 セルジュは無理矢理少女の中で、指を動かした。
 その度に少女は唸り声にも似た悲鳴を上げた。
――痛い痛い痛い
 抽挿を繰り返される度、激痛に意識が飛びそうになる。
 身体の中を渦巻く闇の気配が、少女を守ろうと外へ出ようとしてくる。
 それを精神力だけで押し留めるには、限界があった。
「くそっ……、これでもだめか。まどろっこしい」
 引きつる粘膜から指が引き出される。
 それにホッとした瞬間、熱いものがそこに当たった。
「これさえ突っ込めば、もうあなたは私のモノだ。その闇の魔力のすべてが、私のモノになる」
 このとき、少女はそれが何なのかわからなくて顔を向けたことを後悔した。
 赤黒く黒ずんだ太い杭のようなものが、セルジュの股間から剥き出しになっていたからだ。
 ソレ、が何なのか、少女は知らない。
 だが、ソレは恐らく、デュクスも持っているであろうモノであることは、わかった。
 硬くそそり立つソレを、少女は布越しに感じたことがあるからだ。
「あ……」
 初めて、ここで恐怖心が芽生えた。
 嫌だ、これ以上はもう無理だ。
 少女は心の中で悲痛に叫ぶ。
 セルジュはそんな少女の反応を知ってか知らずか、しなやかな長い足の膝の裏に手を当てて無理矢理それを持ち上げると、両足にできた隙間に身体を滑らせて、その杭を少女の閉ざされた場所に押し当ててきた。
 グッ、とセルジュが腰を押し進める。
 その瞬間――。
「いやあああああああああ!!!!!」
 少女の悲鳴に呼応するかのように、世界が闇に包まれた。



 少女の祖国である王国、その名もランドル王国。
 その王城の真上には、禍々しい黒い魔力の渦ができている。
 闇の魔力がそこに集中していることを人気のない廃墟となったかつて城下街だった場所から目視したデュクスは、ギリッと歯ぎしりをした。
「くそっ……」
 間に合わなかった、なんて言葉では済まされない。
 デュクスはもう底が尽きた魔力を振り絞り、聳える王城へと足を踏み入れた。
 そこはまるで亡霊でも住んでいるかの如く、空同様禍々しい空気で包まれている。
 注意深く長い廊下を進むと、黒いローブを頭からかぶった者たちが床に倒れているのを見つけた。
 彼等は既に白骨化しており、デュクスは顔を顰める。
「生贄か……」
 ローブを着た者たちが積み重なるようにして倒れている部屋の中を覗くと、その部屋の床は複雑な魔術式が描かれていた。
 魔力の少ない者たちの中には、自らの魔力を増長させるために魔術式を用いる者たちがいる。
 デュクスが見た限り、この陣は魔力のない者に魔力を与えるためのものだ。
 このところ、国中の魔力持ちが時折行方不明になっていた。
 その調査のせいでデュクスは家にも帰れず、少女との時間を持てなかったのだ。
 ローブを着せられた者たちは、誘拐された被害者たちだろう。
 彼等がここに連れて来られたのは、この国が『闇の魔女』がいた国だったからだ。
 闇の魔女がいた国には、その土地にも魔力が宿る。
 だからランドル国の王家は、長い事少女を地下牢に繋ぎ続けたのだ。魔力が弱まりつつある世界の頂点に立つため、魔力を持つ者を多く輩出するために闇の魔女を疎みながらも利用していたのだ。
 しかし、少女が闇の世界で眠りについた千年の間、彼女は世界から己自身を遮断した。
 外からも内からもすべての干渉を拒絶され、闇の魔女の恩恵に与れなくなった。
この国は、千年という長い時が過ぎていく中で、徐々に衰退していった。
 だからデュクス率いるエリヴァ皇国は、この国に勝つことができ、少女を連れ出すことに成功したのだ。
「…………」
 それを思うと、デュクスは胸が締め付けられた。
 千年もの長い時、孤独の中で彼女を待たせてしまった。
 守れるかもわからない約束をして、その一方で叶えられなかったとき彼女が傷つかないよう呪いまがいのものに手を出した。
 あの頃は、そうする他なかったのだ。
 力のない自分には、それしかしてやれなかった。
 やっと再会を果たしたのに、その事実を伝えることを恐れ、一方的に彼女に迫ってしまった。
 拒まれるとは、思わなかった。
「リリィベル……」
 かつて――遠い昔。今の自分ではなかったとき、デュクスは隠れて彼女のことをそう呼んだ。
 スズランの花を手に、何も知らない彼女にその名を聞かせた。
 朗らかに笑い「可愛らしい名前ね」と、闇の中、ランタンの炎の中でほほ笑んだ彼女を、はっきりと覚えている。
「今度こそ――……、私はあなたを解放したいんだ……」
 デュクスは走り出した。
 長く迷路のように続く道を、かすかに感じる彼女の気配の方へと確実に進む。
 今はあの時とは違い、魔力を持って生まれたのだ。
 千年前の――。
 もう無力だったあの頃のような、ただの騎士ではない。
「どうか、無事でいてくれ……!」
 徐々に濃くなる闇の中、デュクスは躊躇わずに突き進んだ。
 そして、心の中で呟いた。
(闇の魔女を今度こそ、この手で――)
 
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