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選ばれないオメガ

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早朝、スラム街にあった薬屋で鎮静剤を買えるだけ買ったリラは、すぐにそれを口にした。
酷い味だったが、背に腹は変えられない。
またいつ発情期が来るかわからない今、鎮静剤だけは忘れずに持ち歩かなければ、とお仕着せのポケットの中に薬を小分けにして仕舞い、ディランの寝室へと足を向ける。
コンコン、と二回ノックしてから、「ご主人様」と声を掛けた。
中で人の気配がしたのを確認してから、扉を開ける。
ふわりと漂ってくるディランのアルファフェロモンの香りが、鼻腔を突いた。

(昨日より匂いが濃い……。もうすぐディラン様の発情期が来るのね……)

数日以内にはいつものように彼は娼館かどこかの適当なオメガのところへ行ってしまうのだろう。

「…………」

しゅんっ、と項垂れていると、開けた扉の中から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま引き寄せられた。

「リラ? どうかした?」

寝間着姿のディランの胸の中に閉じ込められ、その温かいぬくもりについ両手を伸ばしていた。

「……リラ?」

ぎゅっ、と彼の背に腕を回したリラを不思議に思ったのだろう、彼が顔を寄せてくる。
顔を上げられずにいると、大きな手のひらが背中を撫でてきた。

「今日はリラの方が甘えん坊?」

ふふ、と小さく笑うディランはいつも通りだ。
こんな抱擁すら、彼にとってはなんてことはないのだろう。

「ディラン様……、あの……」

行かないで。
そう言ってしまいそうになり、リラはキュッと唇を噤んだ。

(駄目よ……。オメガである私が、ディラン様を求めるなんて、そんなの許されない……)

支配階級とされているアルファの所有物でしかない奴隷のオメガ。奴隷は大人しく主の言う通りに動くべきだ。

(奴隷の分際で、私も高慢になったものね……)

自嘲気味に笑み、リラはディランから手を離した。

「申し訳ありません」

そう言って、そっと彼の胸板に手を添え、距離を取ろうとした。だが、ディランは腕の力を緩めず、さらに強く抱きしめてくる。

「ディラン様……?」

ふと顔を上げると、ディランが頬を摺り寄せてくる。
耳元に彼の吐息がかかり、ぞくりと背筋が粟立った。

「ねぇリラ。キミはどんな人がタイプかな……?」
「え……?」
「キミももうすぐ二十歳だ。きっとあと半年で発情期が必ずくる。そろそろ……本格的にキミの番を探そうと思ってね」

その言葉に、全身から血の気が引いていく。

「有能なアルファなら男でも女でも良いと思っているんだ。だけど、キミの希望もあるだろう? だから教えてほしい」

残酷なことを言われているのに、熱い吐息交じりに囁かれ、身体の芯がジンッと熱を持って行くのがわかる。

「わ……たし、は……」

あなたが良い。
そう言ってしまいたい衝動を喉の奥で噛み殺し、リラは長い睫毛を伏せた。

「――ディラン様がお決めになった方であれば……誰でも良いです……」

彼を望むことができないのであれば、誰だろうが同じことだ。
目の前にある逞しい胸板に縋りついて、泣いて「あなたが良い」と言ったら、ディランはどうするだろう。

(そんなこと、できるわけないけど……)

それができたら最初から苦労していない。
甘えるにしても、先ほどのように抱きしめ返すのが精いっぱいだ。
他の……ドレイクが今まで所有してきたオメガたちであれば、きっと上手に甘えられるのだろう。

「私は、ディラン様に従います」

可愛げのない言葉に、ディランが小さく笑った気配を感じた。
呆れているのだろう。
リラを抱きしめていた腕の力が緩み、そっと肩に手を置かれた。

「――わかった。リラに相応しいアルファを必ず見つけてくるね」

ふわりと微笑むディランのその双眸に、胸の奥にぽっかりと穴が開いたかのように冷たい風が吹き抜けた。
間違っても「なら僕でもいいよね?」とは言ってくれない。
ディランはリラを選ばない。
その事実を改めて突きつけられ、ツンと鼻の奥が痛んだ。
涙が溢れそうになるのを奥歯を噛みしめてグッと堪え、リラはその場で頭を下げる。

「お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします」
「――あぁ、任せて」

心にもない言葉に、ディランの声が重なる。
これ以上彼の前に居たくなくて、リラは手早く彼の着替えを用意すると、すぐに部屋を後にした。
そしてそれを、ディランが引き留めることはなかった。
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