6 / 20
選ばれないオメガ
しおりを挟む
早朝、スラム街にあった薬屋で鎮静剤を買えるだけ買ったリラは、すぐにそれを口にした。
酷い味だったが、背に腹は変えられない。
またいつ発情期が来るかわからない今、鎮静剤だけは忘れずに持ち歩かなければ、とお仕着せのポケットの中に薬を小分けにして仕舞い、ディランの寝室へと足を向ける。
コンコン、と二回ノックしてから、「ご主人様」と声を掛けた。
中で人の気配がしたのを確認してから、扉を開ける。
ふわりと漂ってくるディランのアルファフェロモンの香りが、鼻腔を突いた。
(昨日より匂いが濃い……。もうすぐディラン様の発情期が来るのね……)
数日以内にはいつものように彼は娼館かどこかの適当なオメガのところへ行ってしまうのだろう。
「…………」
しゅんっ、と項垂れていると、開けた扉の中から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま引き寄せられた。
「リラ? どうかした?」
寝間着姿のディランの胸の中に閉じ込められ、その温かいぬくもりについ両手を伸ばしていた。
「……リラ?」
ぎゅっ、と彼の背に腕を回したリラを不思議に思ったのだろう、彼が顔を寄せてくる。
顔を上げられずにいると、大きな手のひらが背中を撫でてきた。
「今日はリラの方が甘えん坊?」
ふふ、と小さく笑うディランはいつも通りだ。
こんな抱擁すら、彼にとってはなんてことはないのだろう。
「ディラン様……、あの……」
行かないで。
そう言ってしまいそうになり、リラはキュッと唇を噤んだ。
(駄目よ……。オメガである私が、ディラン様を求めるなんて、そんなの許されない……)
支配階級とされているアルファの所有物でしかない奴隷のオメガ。奴隷は大人しく主の言う通りに動くべきだ。
(奴隷の分際で、私も高慢になったものね……)
自嘲気味に笑み、リラはディランから手を離した。
「申し訳ありません」
そう言って、そっと彼の胸板に手を添え、距離を取ろうとした。だが、ディランは腕の力を緩めず、さらに強く抱きしめてくる。
「ディラン様……?」
ふと顔を上げると、ディランが頬を摺り寄せてくる。
耳元に彼の吐息がかかり、ぞくりと背筋が粟立った。
「ねぇリラ。キミはどんな人がタイプかな……?」
「え……?」
「キミももうすぐ二十歳だ。きっとあと半年で発情期が必ずくる。そろそろ……本格的にキミの番を探そうと思ってね」
その言葉に、全身から血の気が引いていく。
「有能なアルファなら男でも女でも良いと思っているんだ。だけど、キミの希望もあるだろう? だから教えてほしい」
残酷なことを言われているのに、熱い吐息交じりに囁かれ、身体の芯がジンッと熱を持って行くのがわかる。
「わ……たし、は……」
あなたが良い。
そう言ってしまいたい衝動を喉の奥で噛み殺し、リラは長い睫毛を伏せた。
「――ディラン様がお決めになった方であれば……誰でも良いです……」
彼を望むことができないのであれば、誰だろうが同じことだ。
目の前にある逞しい胸板に縋りついて、泣いて「あなたが良い」と言ったら、ディランはどうするだろう。
(そんなこと、できるわけないけど……)
それができたら最初から苦労していない。
甘えるにしても、先ほどのように抱きしめ返すのが精いっぱいだ。
他の……ドレイクが今まで所有してきたオメガたちであれば、きっと上手に甘えられるのだろう。
「私は、ディラン様に従います」
可愛げのない言葉に、ディランが小さく笑った気配を感じた。
呆れているのだろう。
リラを抱きしめていた腕の力が緩み、そっと肩に手を置かれた。
「――わかった。リラに相応しいアルファを必ず見つけてくるね」
ふわりと微笑むディランのその双眸に、胸の奥にぽっかりと穴が開いたかのように冷たい風が吹き抜けた。
間違っても「なら僕でもいいよね?」とは言ってくれない。
ディランはリラを選ばない。
その事実を改めて突きつけられ、ツンと鼻の奥が痛んだ。
涙が溢れそうになるのを奥歯を噛みしめてグッと堪え、リラはその場で頭を下げる。
「お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします」
「――あぁ、任せて」
心にもない言葉に、ディランの声が重なる。
これ以上彼の前に居たくなくて、リラは手早く彼の着替えを用意すると、すぐに部屋を後にした。
そしてそれを、ディランが引き留めることはなかった。
酷い味だったが、背に腹は変えられない。
またいつ発情期が来るかわからない今、鎮静剤だけは忘れずに持ち歩かなければ、とお仕着せのポケットの中に薬を小分けにして仕舞い、ディランの寝室へと足を向ける。
コンコン、と二回ノックしてから、「ご主人様」と声を掛けた。
中で人の気配がしたのを確認してから、扉を開ける。
ふわりと漂ってくるディランのアルファフェロモンの香りが、鼻腔を突いた。
(昨日より匂いが濃い……。もうすぐディラン様の発情期が来るのね……)
数日以内にはいつものように彼は娼館かどこかの適当なオメガのところへ行ってしまうのだろう。
「…………」
しゅんっ、と項垂れていると、開けた扉の中から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま引き寄せられた。
「リラ? どうかした?」
寝間着姿のディランの胸の中に閉じ込められ、その温かいぬくもりについ両手を伸ばしていた。
「……リラ?」
ぎゅっ、と彼の背に腕を回したリラを不思議に思ったのだろう、彼が顔を寄せてくる。
顔を上げられずにいると、大きな手のひらが背中を撫でてきた。
「今日はリラの方が甘えん坊?」
ふふ、と小さく笑うディランはいつも通りだ。
こんな抱擁すら、彼にとってはなんてことはないのだろう。
「ディラン様……、あの……」
行かないで。
そう言ってしまいそうになり、リラはキュッと唇を噤んだ。
(駄目よ……。オメガである私が、ディラン様を求めるなんて、そんなの許されない……)
支配階級とされているアルファの所有物でしかない奴隷のオメガ。奴隷は大人しく主の言う通りに動くべきだ。
(奴隷の分際で、私も高慢になったものね……)
自嘲気味に笑み、リラはディランから手を離した。
「申し訳ありません」
そう言って、そっと彼の胸板に手を添え、距離を取ろうとした。だが、ディランは腕の力を緩めず、さらに強く抱きしめてくる。
「ディラン様……?」
ふと顔を上げると、ディランが頬を摺り寄せてくる。
耳元に彼の吐息がかかり、ぞくりと背筋が粟立った。
「ねぇリラ。キミはどんな人がタイプかな……?」
「え……?」
「キミももうすぐ二十歳だ。きっとあと半年で発情期が必ずくる。そろそろ……本格的にキミの番を探そうと思ってね」
その言葉に、全身から血の気が引いていく。
「有能なアルファなら男でも女でも良いと思っているんだ。だけど、キミの希望もあるだろう? だから教えてほしい」
残酷なことを言われているのに、熱い吐息交じりに囁かれ、身体の芯がジンッと熱を持って行くのがわかる。
「わ……たし、は……」
あなたが良い。
そう言ってしまいたい衝動を喉の奥で噛み殺し、リラは長い睫毛を伏せた。
「――ディラン様がお決めになった方であれば……誰でも良いです……」
彼を望むことができないのであれば、誰だろうが同じことだ。
目の前にある逞しい胸板に縋りついて、泣いて「あなたが良い」と言ったら、ディランはどうするだろう。
(そんなこと、できるわけないけど……)
それができたら最初から苦労していない。
甘えるにしても、先ほどのように抱きしめ返すのが精いっぱいだ。
他の……ドレイクが今まで所有してきたオメガたちであれば、きっと上手に甘えられるのだろう。
「私は、ディラン様に従います」
可愛げのない言葉に、ディランが小さく笑った気配を感じた。
呆れているのだろう。
リラを抱きしめていた腕の力が緩み、そっと肩に手を置かれた。
「――わかった。リラに相応しいアルファを必ず見つけてくるね」
ふわりと微笑むディランのその双眸に、胸の奥にぽっかりと穴が開いたかのように冷たい風が吹き抜けた。
間違っても「なら僕でもいいよね?」とは言ってくれない。
ディランはリラを選ばない。
その事実を改めて突きつけられ、ツンと鼻の奥が痛んだ。
涙が溢れそうになるのを奥歯を噛みしめてグッと堪え、リラはその場で頭を下げる。
「お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします」
「――あぁ、任せて」
心にもない言葉に、ディランの声が重なる。
これ以上彼の前に居たくなくて、リラは手早く彼の着替えを用意すると、すぐに部屋を後にした。
そしてそれを、ディランが引き留めることはなかった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)
青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。
さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。
些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。
嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。
※フリー画像を使用しています。
【R18】ヤンデレ侯爵は婚約者を愛し過ぎている
京佳
恋愛
非の打ち所がない完璧な婚約者クリスに劣等感を抱くラミカ。クリスに淡い恋心を抱いてはいるものの素直になれないラミカはクリスを避けていた。しかし当のクリスはラミカを異常な程に愛していて絶対に手放すつもりは無い。「僕がどれだけラミカを愛しているのか君の身体に教えてあげるね?」
完璧ヤンデレ美形侯爵
捕食される無自覚美少女
ゆるゆる設定
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
寵愛のテベル
春咲 司
恋愛
世界に寿命があることを、そこで生きる人々は知らない。たった一人を除いては。
舞台は六年前の大戦を境に、様々な天災に見舞われるようになったクライネ王国。
第二王女ハーミヤは、世にも珍しい容姿をした美しい騎士ルドルフと出会う。
徐々にルドルフに惹かれるハーミヤ。しかしルドルフは自らを罪人だと言って、彼女に近づきすぎることを厭う。
彼の犯した罪。それは世界さえも壊してしまうたった一つの愛だった。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる