上 下
4 / 20

発情(ヒート)期

しおりを挟む
夜更け、自室に戻ったリラは夕方買った薬をベッドの上に広げていた。

「鎮静剤……ひとつしか買えなかったな……」

オメガのヒートを止める薬は、目が飛び出る程の高額だった。
スラム街に行けばもっと安いものが手に入るだろうが、粗悪品で下手をすればヒートどころか妊娠も難しくなると聞いている。

「妊娠……か……」

そっと自分の腹に手を添え、改めて自分の子どものことを考えてみる。
ディラン以外の他のアルファに孕まされれば、生まれた子供は当然、取り上げられるだろう。
オメガは子を作るだけの道具に過ぎず、母親としての役目を果たせてはもらえない。
一人を妊娠したらまた次の子を望まれ、永遠に孕み袋として扱われることがほとんどだ。
オメガにとって、特定のアルファがいるだけでも幸せなことだが、リラはそんな未来を望んではいなかった。
ディランのことだ。リラを引き渡す先のアルファはまともな人間だろう。
だが、アルファの考え方とオメガの考え方は根本から違う。
ディランが冷徹と噂されるドレイクと親しいように、必ずしもリラが望むような人間である保証はどこにもなかった。

「ドレイク様のあのオメガ……、ノア様、っておっしゃっていたわね……」

ドレイクが連れているオメガとは直接的には顔を合わせたことはないが、見かけたことならある。
稀に、ドレイクが連れてくるのだ。
どのオメガも似たような栗色の髪に浅黄色の瞳であり、鷹揚そうな子や天真爛漫そうな子ばかりだった。だがノアは彼らとは真逆で、ミルクティー色の髪に鮮やかな緑色の瞳でどちらかといえば引っ込み思案で臆病そうな印象がある。
まるで誰かの面影を重ねるかのように似たオメガばかり集めていたドレイクにしては珍しい選択だ。
しかも貴族出のオメガではなく、あの身なりは明らかに平民かそれ以下の……。

「それでも、抱いてもらえるだけ私より優れているということね……」

寝台に横たわり、膝を曲げて丸くなる。
ノアから漂ってきたドレイクの香りに当てられてしまったのだろうか。
身体が熱くなってくる。

「は……ぁ……」

下腹部の奥がジンジン疼き、リラははしたないと思いながらも自分の下半身へと手を伸ばした。
そして枕の下に隠していたディランのシャツを引っ張り出し、かすかに残る彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「ディランさま……」

僅かに濡れる蜜壺に細い指を挿れ、ゆっくりと抽挿を繰り返す。
くちゅくちゅと湿った音に頬を赤らめながら、ディランのシャツを抱きしめる。
この蜜壺に彼の楔を打ち込んでもらえたら、どれだけ幸せだろうか。
一度だけで良い。
思い出に抱いてほしい。
彼の香りに包まれて、きつく抱きしめてもらって、首筋に噛みついてほしい。

「う……、ぅう……」

嗚咽を噛みしめ、ポロポロと勝手に零れる涙に濡れていくシャツに顔を埋めた。
触れてほしい。
乱暴に扱われても構わない。
彼の熱をこの身体にぶつけてほしい。
ぐじゅぐじゅと蜜壺を掻き回し、ビクッと身体を震わせる。

「はっ……ぁ……」

小さく吐息を零し、濡れた右手を目の前にかざす。

「――本当に、はしたない……」

もしかしたらディランは、リラが見た目通りの無垢な娘ではないことに気付いているのかもしれない。
貴族出のオメガなのだから、当然アルファを悦ばせるために色々仕込まれていることは知っているだろう。
普段は無表情で不愛想な面をしながらも、その仮面の下はただの淫らなメスだ。
きっとそれを見透かされている。
だからディランはリラを抱かない。

「もうすぐディラン様のラット期……。また私以外のオメガを抱かれるのかな……」

オメガ同様、アルファにも訪れるラット期と呼ばれる発情期は、大抵の場合は定期的にアルファに訪れる。ラットと呼ばれる発情期はオメガを抱かなければ治まらず、現状はオメガのように鎮静剤のような薬も存在していない。
アルファの子どもは出生率が低いため、行き当たりばったりの相手であっても、アルファ性の子ができることは好ましいとされている。

「どうして、私じゃダメなの……」

一番身近にいるオメガは自分だ。
番契約さえしなければ、ラット期の衝動を抑えるのはリラにだってできるはずである。

「そんなに私は……醜いの……?」

見た目がどんなに美麗だと称されても、その中身が醜ければ抱く気にもならないだろう。
普段は絶対に考えないようなことが、席を切ったように頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
鼻腔に残るドレイクとノアから漂うあの香りのせいだろうか。
思考が止められない。

「っ!!」

どくんっ、と全身が脈打ち、身体の中の血液が沸騰したように熱く全身を駆け巡り、リラはハッとして起き上がった。

(な……に……?)

全身が、痛いくらいに熱い。
自分の身体に何が起こったのか、すぐには理解できなかったが、すぐに状況を把握した。
これは発情期だ。
ヒートを起こしかけている。

(嘘……! 薬は飲んだのに……ッ!)

身体から、甘ったるい自身のフェロモンが放出されていくのを感じる。
このままではまずい。
この屋敷の使用人たちはほとんどがベータだが、アルファもいるのだ。
リラは急いで寝台の上に広げた鎮静剤に手を伸ばした。
オメガフェロモンが部屋の外に漏れる前に発情期を抑えなければならない。
紙の包装を解き、急いで粉薬を口の中へと流しいれる。噎せ返りながらもなんとか薬を呑み込み、毛布を頭からかぶった。

(いや……! 嫌よ……!! 発情期なんて、なりたくない……!!)

発情期が来たら、この屋敷から出て行かなければならなくなる。
それだけは嫌だ。
せめてあと半年。
二十歳になるまではディランの傍にいたい。
ガタガタと泣きながらリラは神に祈った。
あと半年だけ待ってくれたら、その後は運命に従う。だからそれまでは、せめて半年だけ待ってほしいと。
自分の身体から溢れ出す甘ったるいオメガのフェロモンが気持ち悪い。
全身が熱くて、苦しくて、吐き気が止まらない。
やっと発作が治まった頃には、窓の外から朝焼けの光りが部屋に降り注いでいた。
一睡もできなかったが、まだ初期の発情期だったからか、屋敷に居るアルファたちにも気づかれなかったのが不幸中の幸いだった。

「――薬……買わなきゃ……」

もっとたくさん。薬が必要だ。
粗悪品でも構わない。
あと半年、発情期が来たことをディランに悟られないだけの薬が必要だ。
虚ろな瞳で、リラは王都がある方角を見つめる。

「スラム街……」

一度も行ったことはないが、あそこなら娼館のオメガたちが使う安価な鎮静剤が売っているはずだ。
早朝の、まだ人々が起き出す前の今であれば、買いに行けるだろう。娼館のオメガたちだって、この時間に買いに出かけるはずだ。
ふらふらと寝台から降り、外行き用の服を纏い、その上からローブを被る。
急いで行って、店を探さなければ。
そこで買えるだけの鎮静剤を買おう。
小銭袋を握りしめ、リラはひとり屋敷を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の子を身篭れるのは私だけ

月密
恋愛
『もう一度、触れさせて欲しい』『君にしか反応しないんだ』 *** 伯爵令嬢のリーザは、一年前に婚約者に浮気された挙句婚約破棄され捨てらて以来、男性不信に陥ってしまった。そんな時、若き公爵ヴィルヘルムと出会う。彼は眉目秀麗の白銀の貴公子と呼ばれ、令嬢の憧れの君だった。ただ実は肩書き良し、容姿良し、文武両道と完璧な彼には深刻な悩みがあった。所謂【不能】らしく、これまでどんな女性にも【反応】をした事がない。だが彼が言うにはリーザに触れられた瞬間【反応】したと言う。もう自分に一度触れて欲しいとリーザは迫られて……。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【完結】家族に冷遇された姫は一人の騎士に愛を捧げる。貴方を愛してもいいですか?

たろ
恋愛
王妃が死んだ。 冷遇していた夫の国王は今更ながら愛していたのにと後悔をしている。 実の娘を生け贄にしようとした国王。それを庇い代わりに生け贄として源泉に身を投げ死んでいった王妃。 生け贄を勧めた宰相は王妃を愛していた。 娘を殺した夫と離縁するだろうと考えた宰相は、王妃であるセリーヌを我が物にしようと画策したのだった。 セリーヌが愛した娘のクリスティーナはその時の記憶をなくしてしまった。大好きだった母のこともそして目の前で自分を庇って死んだことも。 全てを忘れて生きてきた。 その生活は地獄のような日々だった。 そんなクリスティーナを陰から支えるのは王妃の幼馴染で近衛騎士のヴィルだった。 ヴィルの初恋はセリーヌだった。と言っても少年の頃の淡い初恋。 そしてクリスティーナの初恋はヴィルだった。 彼が自分を愛してくれることなどないとわかっているのに……それでも諦められないクリスティーナ……

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】貴方を愛していました。

おもち。
恋愛
婚約者には愛する人がいるが、その相手は私ではない。 どんなに尽くしても、相手が私を見てくれる事など絶対にないのだから。 あぁ、私はどうすれば良かったのだろう…… ※『ある少女の最後』はR15に該当するかと思いますので読まれる際はご注意ください。 私の小説の中では一番ざまぁされたお話になります。 ※こちらの作品は小説家になろうにも掲載しています。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...