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魂の番

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「魂のつがい、だって?」

不機嫌そうな親友の言葉に、ディランは眉を寄せた。

「そんな御伽噺をしに、わざわざここに来たのか?」
「御伽噺ではない」

不機嫌そうな顔でそう口にする親友に、やれやれと肩を竦める。

「しかもスラム街にいたオメガが、お前の魂の番? 本気で言ってるのか?」
「…………」

ドレイクは元々口数が多い方ではないが、今回はそれとは関係なく、言葉を発することを放棄しているのだろう。
魂の番。それは絵本に描かれるアルファとオメガの夢物語だ。
アルファとオメガには、魂の番という特別な繋がりを持つ者たちが稀に出会うことがある。出会ったが最後、どんなに憎い相手でも愛さずにはいられなくなる、というのが『魂の番』と言われる特別な番の物語だ。
アルファとオメガであれば誰にでもこの『魂の番』は存在しているらしいが、実際に出会えるか、と言われれば天文学的な数字に近い割合で出会えないと聞く。
その相手に、ドレイクが出会ってしまったというのだ。
しかも、スラム街にいたオメガがその相手だと……。

「で、そのオメガはどこにいるんだ?」
「…………」
「もちろん、連れ帰ったんだろう?」
「……あぁ」
「僕に会いに来たのは、その子を自慢するためじゃないのか?」
「……しばらくの間、あのオメガをここに置いてほしい」
「…………は?」

ドレイクが突拍子もないお願いをしにくることは珍しいことではないが、流石に自分の耳を疑った。

「何を言ってるんだ? お前のオメガなんだろう?」
「ここには礼儀がなってるオメガがひとりいるだろう。そいつの話し相手にでもすればいい」
「それは、リラのことを言ってるのか? あの子に平民の世話をさせろと?」

いくら親友でも、大切なリラに下働きのようなことをさせようとするのは腹持ちならず、怒りに任せて掴んだアンティークの椅子のひじ掛けがピシリッと悲鳴を上げた。

「お前のオメガはまだ発情期が来ていないだろう。他のオメガがいたところで、嫉妬や嫌悪感は示さないはずだ」
「だったら、お前の屋敷に居るオメガを全員追い出せば良いだけの話だろ」
「そんなことできるわけがないだろう」

ディランとて、ドレイクの事情は知っている。
早々に世継ぎを産ませることが、アルファとして生まれた貴族の長男としての義務だ。
ディランがリラだけを囲えているのは、ディランが次男であり、公爵家の人間だからである。王家の血を継ぐディランは兄に何かがない限り、公爵としての義務を果たさなくても許されている。
だが伯爵家であるドレイクはそうではない。
貴族としてアルファの世継ぎを作らなければならない。
更に問題だったのは、ドレイクには心に決めたオメガがいる、ということだ。だがそのオメガは決して彼の手には入らない。
だからドレイクはそのオメガに見目が似ているオメガたちを集め、屋敷で囲っていた。

「キミって、一途なのか多情なのかわからないよね」

嫌味のつもりで言ったのだが、ドレイクはどこ吹く風だ。

「スラム街ってことは、つまり男娼だったってことか? オメガがスラム街で生きていくなんて、それくらいの道しかない」
「あぁ、そうだ」
「そんなに『中古』が嫌だったのか?」
「おい! そんな言い方をするな!」

ダンッ、とドレイクが衝動に任せてテーブルを殴りつける。

「だって、お前の言い分はそうだろう。スラム街のオメガの何が悪い? しかも魂の番だというなら、尚のこと、過去のことなんてどうでもいいだろう」

ふん、と鼻を鳴らして頬杖をつけば、ドレイクは「違う」と小さく唸った。

「大切なんだ……。初めて会ったはずなのに、あのオメガを傍に置いておきたくて仕方なくなる……」
「オメガを食い荒らすより、その方がいいだろ」
「良いわけないだろう! こんな感情……厄介でしかない……」
「…………」

ドレイクが何を恐れているのか、それがわからないわけではない。
アルファとして生まれた以上、子を成すことも本能的に抗えない。
特にオメガとの間の子は出生率が低く、その代わり優秀なアルファが生まれる確率が高いのだが、問題は出生率だ。
故に、アルファはオメガのうなじを噛まないよう――番にしないようにする。多くのオメガと子を成すために自分のオメガには首輪ネックプロテクターを付けて所有権だけを主張する。
もし発情期になったオメガのうなじを噛んで番契約をしてしまえば、お互いだけしか求められない。
特にオメガは、番になったアルファだけを一生愛し続けることになる。
たったひとりのオメガを忘れられずにいる彼にとって、それが負担なのだ。

「あのオメガを傍に置けば、次の発情期のとき、自制が効くか自信がない」

背もたれに身体を預けて天を仰ぐドレイクは小さく溜息を吐き、目を閉じた。

「何が問題なのか、やっぱり僕にはわからないな」
「ならリラに魂の番が現れてみろ。お前ならどうする」

ドレイクが言い終わるか否か。ドガンッ、と大きな音を立てて二人の間を隔てていたローテーブルが真っ二つに裂けた。

「僕の前で、易々と彼女の名前を口にするな」

殺意に満ちた双眸がドレイクを射抜くも、彼は全く気にした風もなく、「そういうことだ」と返した。

「とにかく、ここにあのオメガを置いてやってほしい」

疲れ切った表情で再度懇願され、ディランは怒りの感情を霧散させるようにして細く息を吐き出してから、足を組み直した。

「それは、うっかり僕が手を出すことも考えた上で言ってるのか?」
「…………お前は有り得ないだろう」

ドレイクの言う通り、リラ以外のオメガに目を向けたことなど一度もない。
リラはディランにとって特別なオメガだ。
仮にオメガではなかったとしても、大切にしていたに違いない。

「で、肝心のその魂の番はどこにいるんだ? 連れて来ているんだろう?」
「……外に居る」
「外? どうして屋敷に上げなかったんだ」
「は……? あのな、普通……」

ドレイクが何かを言いかけたその瞬間、大きな窓ガラスに人影が映った。
なんだ、と二人同時に大きな窓へと顔を向ける。
彼らの視線の先には、黒と白を基調としたお仕着せを纏う、美しい銀髪の天使が舞い降りていく様が映っていた。
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