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変態腹黒王子、再び
しおりを挟むそれから一週間は、いつも通りの毎日だった。
午前に実務の練習をし、午後には机に向かってレオンから学校では教えてくれない魔法の授業を受け、小テストで悪い点を取ると少し淫らな罰が下される。
その繰り返し。
二人の間は、そこから大した進展もなく、この一週間はコンラッドも来なかった。
(進展したといえば、レオン様に触られることに慣れてきたことくらいかな……)
あの低音ボイスにも、やっと慣れてきて、最近はテストの点も良いのだ。
それでも彼に触れられているのは、ひとえにシャーロットが意図的にテストの点を悪くして、敢えて自分から彼の罰を受けに行っているからなのだが、恐らくレオンも、そのことに気づいているだろう。なのにそのことを咎める様子はなかった。
「ここにきて、二週間が過ぎましたわね……」
午後の授業の休憩時間、シャーロットはキッチンで紅茶を淹れながらしみじみと周囲を見回した。
(なんだか、ここでの生活に慣れてきちゃったな……)
最初は殺風景だったこの謹慎塔も、今では生活感で溢れている。適度に外へも出られるので、退屈もしない。むしろ悠々自適な同棲生活を送っており、これで良いものかとたまに頭を悩ませるくらいだ。
(これって謹慎っていうの?)
反省するために入れられるこの塔での生活は、確かに普通の貴族子女たちでは困難であり、反省するには十分の環境だろう。
しかしシャーロットは前世の記憶があり、ひとり暮らしの経験もあるので全く困らない。
これで食料がなかったら困ったかもしれないが、材料となる食材は常に備蓄庫に保管されている状態だ。
(むしろずっとここで生活していたいくらいだなぁ……)
働かなくても食うには困らず、雨風を完全に妨げる家がある。この中で生活する限り、金は必要ないので、まるで隠居生活を送っているような気分に陥った。
(ここに来て、堕落してきたとしか言いようがない……)
面倒な人間関係もないし、レオンとの適度な接触もあるので、色々と満たされている。
ふと、シャーロットは湯を沸かしながら、以前怪我をした腕を見下ろした。
(腕の怪我は、とっくに治ったのに……)
レオンは、未だに治療だと言って、シャーロットの中に薬を塗るためにそこを弄ってくる。
腕が治っているということは、内壁の傷などもっと早く治っているはずだ。それでも辞めないということは、そこに他の目的があるからだろう。
(レオン様も、慣れちゃったのかなぁ……)
内壁に薬を塗られることは、もう日課のようになっている。だが、彼自身は自分の欲をそこで晴らそうとはしないのだ。彼が自慰をしている姿も見たことがないので、触りはするものの、そこまでする魅力はないと言われているようで、密かに心を痛めていた。
(私、寝ながら一体どんな誘い方したんだろう……)
一度は交わった仲だ。
初めて彼を受け入れたとき、もしかしたら寝ぼけて相当淫らな誘い方をしたのかもしれないが、その記憶は曖昧だった。
(私がマリアンヌくらい、男を魅了する身体だったら、また違ったのかなぁ……)
もしもマリアンヌがレオンを誘ったなら、ヒロイン補正もあって彼は簡単に彼女に堕とされてしまうのだろう。
はぁ、と小さなため息を吐いたとき、シャーロットはキッチンのドアにある人影に気づき、サッと顔を上げた。
「久しぶりだな。婚約者殿」
「――殿下……」
最近来ないと思っていたが、とうとうやってきたようだ。
「ふたりでの生活はどうだ? 少しは何か変わったか?」
「さぁ、殿下にお話しできるようなことは何も起きておりませんけど」
「聞くところによると、怪我をしたらしいじゃないか。訓練中の事故だと聞いているが、あの男が傍に居ながら、その身に傷が着くとはな」
「あれは私の不注意であり、レオン様に非はありませんわ」
「またお前は、そうやってあの男を庇うんだな」
「庇っているわけではなく、事実を口にしているだけですわ」
静かな火花が、二人の間でバチッと散る。
「そうですわ! 殿下。これは一体どういうことですの! レオン様が私を娶ろうとしていらっしゃるなんて、聞いておりませんわよ!」
「あぁやっとそこまで辿り着いたか」
「どういうことですの! どうして先に教えてくださらなかったのですか!?」
「ん? 言っただろう。サッサとレオンの後妻に収まればいい、と」
言われてみれば、そんなことを言っていたような気がする。
「あなたは一体、何を考えていらっしゃるのですか」
ギリッ、と奥歯を噛みしめ、コンラッドを睥睨すると、彼は軽く肩を竦めた。
「俺は円満な婚約解消と、双方の幸せを願っているだけだ。最初から、そのつもりだと言っていたつもりだったんだけどな」
「ご自分の幸せだけを願っているのかと思っていましたわ」
「心外だな。ここで四人で色々と丸く収めれば、すべてが上手くいく。マリアは俺のモノになり、お前たちも俺の部下同然だ」
「私が、あなたの部下?」
「レオンに嫁ぐのであれば、妻であるお前も俺の部下として扱うことができる」
「ならわざわざこんなまどろっこしいことをなさらなくてもよろしかったのではありませんか?」
それこそ、王族命令でシャーロットをレオンに無理やり嫁がせれば話は簡単なはずだ。それを突き付けると、コンラッドは呆れ顔で頭を左右に振った。
「いくら俺でも、部下の想いを踏みにじるようなことはしない。お前の片思いなら傍観していたが……」
「片思いですわよ」
「……お前はこの数日、何を見てきたんだ?」
「あなたこそ、そうやって私を翻弄して楽しいですか?」
「おいおい……。まだそんなことを言っているのか?」
やれやれ、とコンラッドを大仰な溜息を吐いた。
「七日もふたりっきりにさせてやっているというのに……」
一旦、言葉を切った彼は、シャーロットの前までズカズカと歩いていくと、その胸倉をグイッと掴んだ。
「っ!」
間近に、綺麗な顔が迫ってくる。
その瞬間、全身が総毛立ち、思わず抵抗してその手を振り払おうとしたが、その反動で足が滑り、均衡が崩れた。
「おい……!」
コンラッドがシャーロットの頭に手を回したが、結局二人とも床に倒れ込んでしまった。彼に見降ろされる形で覆いかぶさられ、シャーロットは反射的に胸板を片足で押し返していた。
「――この足はなんだ」
足首を掴まれるが、シャーロットは一切の力を緩めず、ぐぐぐっ、とその胸板を足で突っぱねようとしたが、あと少し、力が足りなかった。
「あ、な、た、こ、そ……ッ!」
奥歯を噛みしめて全身の力を足に込める。
「お前、俺が誰かわかっているのか?」
文字通り足蹴にされているというのに、コンラッドは怒る様子がなく、むしろ呆れかえっている。
「助けてやったというのに……」
コンラッドが咄嗟に庇ったシャーロットの頭の下には、彼の手が添えられていたが、そんなことは関係なかった。つい先日、この男に酷い目に遭わされたばかりなのだ。抵抗しない方がおかしい。
「まったく。お前が暴れるから……」
ちらっ、と彼の視線がシャーロットの胸元に落ちる。そこは先ほどの衝撃でボタンが弾け飛び、胸の谷間が思いっきり見えていた。
そこをつんっ、と人差し指で突かれ、シャーロットは悲鳴を上げそうになった。
「――やはり、可愛がられているようじゃないか。こんな証をつけておきながら、お前は何も感じないのか?」
「……! こ、れは……」
やっとコンラッドの意図がわかり、シャーロットはふいと顔を反らした。
彼が指でなぞるその場所には、薄くなってしまったが、鬱血の痕があったのだ。
「これは所有印だろう」
所有印――つまりキスマークであることを、この男は容易に気づいてしまった。シャーロットは開いたシャツを掻き合わせ、身体をよじる。
「そんなものじゃありませんわ!」
「何? 虫刺され、などと阿呆なことをいうわけじゃないだろうな?」
「…………」
「なんだ。また記憶がないときにつけられたのか?」
揶揄されているだけなのだろうが、しかしそれは正解だった。床一面の魔法の花を贈られた日、着替えるときに気づいたこのキスマークは、シャーロットが気づかぬ内につけられていたのだ。
だがそれを、シャーロットはレオンに確認しなかった。本人も特に何も言わなかったのだ。聞けるはずもない。
「――知りません」
「レオン以外の男に付けられたと思っているのか?」
「それは不可能ですわ」
この謹慎塔には、許された者以外、入出ができないよう魔法がかけられている。彼ら以外の人間がここに来ることはないのだ。
「なんだ。やはりこれが何なのか、わかっているんじゃないか。それなのにまだ、お前はまだレオンに気持ちを確認していないのか?」
「気持ちもなにも、聞かなくてもわかりますわ。それに、男女が密室にいれば、この程度のことは起こるでしょう」
「ならば、もうその身を委ねたんだろう?」
「そ、そんなこと、あるわけないではありませんの!!」
そう、レオンはまったく自身の欲望をシャーロットで癒そうとしてくれない。多少触れてくるだけで、その先をしてくれないのだ。
「は……? お前たちは、一体この一週間、何をしていたんだ……?」
顔に掛かった髪をかき上げながら、コンラッドは呆れ口調で長く息を吐いた。そして制服のポケットの中から、何かを取り出した。
「ほら、これをやる」
ぽい、と放られたものが、シャーロットの胸元に落ちた。小さなガラス瓶を指でつまんでみると、中にはピンク色の液体が入っていた。
「媚薬だ」
「……避妊薬ではなく?」
「あぁ、そっちが先だったな。うっかりしていた」
「嘘ばっかり」
「そういうな。それは好きに使うと良い。自白剤の役割もする。レオンに使うのであれば、お前が知りたいことを尋ねればあっさり口を割る」
あいつはそういうことを言わないからな、とコンラッドはブツブツと文句とも言えない苦言を口の中で呟いている。
シャーロットは、受け取った小瓶を手に取り、まじまじとその液体を見つめた。
「お前もお前だ。さっさと、愛の言葉でも言ってやれば良いものを……。まぁ、お前には無理か」
吐き出すように揶揄され、シャーロットはギリッと奥歯を噛みしめた。
「愛してる、とでも言えとおっしゃるの? そんな上辺だけの言葉を言って何の意味があると?」
「上辺だけではないから、言えないのではないのか?」
「…………」
図星を突かれ、彼女は唇を噛みしめた。この王子の、この話し方が昔から嫌いだった。
徐々に相手の本音を暴こうとしてくる。その気遣いのなさが、シャーロットの癇に障るのだ。
「まったく。この俺がここまで言ってやるのは、お前くらいだぞ」
「またお得意のご冗談ですの?」
「馬鹿を言え。本当のことを言っている。以前のお前であればここまでしなかった。それなのに、この扱いだからな」
彼の胸板を押し返している足の、足首をガシッと掴まれ、逆に押し返されてしまった。
「ちょっ……!」
胸に太ももがついてしまうくらい深く折り曲げられ、その拍子に制服のスカートがめくり上がってしまう。
「お前の下着など見たところで、何とも思わん」
だから安心しろ、と言われても、安心できるはずもない。
「離してくださいませ!」
「――……こういうとき、普通は愛する者に助けを求めるものなんだがな」
はぁ、とまたため息を吐いたコンラッドは、サッとシャーロットの上から退くと、身なりを整えはじめた。
シャーロットも慌てて起き上がり、スカートの裾を無駄に引っ張る。
「一つ、お前に教えてやる。俺が砕けた話し方をするのは、俺が気に入った者だけだ。それも考慮した上で、その媚薬を使ってみろ」
言いたいことだけを言って、コンラッドはキッチンを出て行ってしまった。
「気に入った者……?」
取り残されたシャーロットは、去っていくコンラッドの影を目で追い、手に持っていた小瓶を握りしめる。
(そういえば、最近だよね。腹黒鬼畜変態王子があぁいう話し方するようになったの……)
元々気さくな男ではあるが、いつも口調は『優しい王子様』といったものだった。だが最近は、その口調が変わっている。
(私のこと、大抵『婚約者殿』か『キミ』
って言ってたのに、最近はお前って言うようになったし……)
コンラッドのことなどどうでもよかったので、今までスルーしていた。
(でも、それが何?)
彼の口調からは、『良い玩具が見つかった』というような、揶揄交じりのニュアンスも伝わってきた。
(あの話し方の方が地だってカミングアウトすることで、この媚薬を疑うなって言いたかったんだろうけど……)
その必要が全くと言っていいほど感じられない。つまり、他の意味があるということだろう。
「媚薬……か……」
好きに使うと良いと、あの男は言ったが、これにはどんな使い道があるのだろうか。
それがわからず、とりあえず小瓶をポケットの中に仕舞う。
「……冷めてしまいましたわね……」
コンラッドの来訪のせいで、紅茶はすっかり冷えてしまっていた。小さく息を吐き出し、再度、ポットを火にかける。
再び湯が沸くまで、シャーロットはポケットに入れた小瓶を、手の中でただ無意味に弄っていた。
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