上 下
22 / 44

この世界は優しくない

しおりを挟む
 ふっ、と意識が浮上する。
 見慣れた寝台の天井をぼんやりと見つめていたシャーロットは、ハッとして飛び起き、身体にかかった肌掛けをめくり上げた。
「ゆ……め……?」
 やけにリアルな夢だった。
 コンラッドの身体を弄られ、その後――。
(え? 夢なの? どこから、どこまでが……?)
 夢の中、シャーロットは盛大に嘔吐して吐瀉物が寝台に散ったはずだが、その残痕もない。
 最初から全部が夢だった。
 そう思いたいが、声も触れられた場所も、鮮明に覚えているのだ。
 思い出すだけでゾッとして、次第に身体が震えてくる。歯もガタガタと震え出し、シャーロットは寝台の上で膝を抱えて身を縮こませた。
「レオ……」
 レオンの名を呼び掛けて、だがすぐにキュッと唇を噛みしめる。
 夢なのであれば、彼がここにいるはずがない。
 呼ぶだけ無駄だ。
(――怖い……)
 夢だと自分に言い聞かせているのに、コンラッドに組み敷かれた光景を思い出すと、恐怖で身体がすくみ上ってしまう。
(気色の悪い夢……、でも、レオン様が、来てくれた……)
 夢の中でだけでも、助けに来てくれた。
 実際にあんなことがあったとしても、レオンは来なかっただろう。だからあれは、夢なのだ。
 全部、この部屋にコンラッドも、レオンも、来ていない。
 来る理由がない。
(最後までは――してくれなかったなぁ……)
 夢ならせめて、有無を言わさず最後までしてしまってほしかった。なのに彼は、そういう真面目なところをそのまま引き継いで、頑なに挿れてはくれなかった。
(そんなところまでリアルじゃなくてよくない? なんであの腹黒変態男はリアルなら絶対しなさそうなことするんだよ……)
 ぐしゃっ、と自分の前髪を鷲掴み、シャーロットは長い息を吐いた。
 寝起きの動揺から少しずつ落ち着きを取り戻し、寝台から降りようとしたとき、彼女はハッとしてあることに気づいた。
(レオン様からもらった傷薬は……?)
 あれを握りしめて眠ってしまったから、寝返りを打ったときにどこかに落としてしまったのだろうか。
 シャーロットは寝台の上と下をくまなく探し始める。だが、あの小さな容器の姿はどこにもなかった。
(え? こんな何もない部屋で普通なくす?)
 丸い形をしていたから、どこかに転がって、隙間に嵌まってしまったのかもしれない。そう思い立ち、ナイトテーブルや粗末なクローゼットの下へも移動して探してみるが、埃が溜まっているだけで何もなかった。
(……夢じゃ、なかった?)
 夢の中で意識を失った最後の場所は、湯殿だ。
 シャーロットは慌てて部屋を飛び出し、下の階にある湯殿へと急ぐ。バンッ、と大きな音を立てて扉を開き、中へ飛び込んだが、そこにもあの小さな容器はなかった。
(綺麗……だもんな……)
 吐瀉物を洗い流してもらったにしては、湯殿はどこもかしこも綺麗だった。シャーロットはここを使うとき、風の魔法で掃除を終えてから出ていくのだが、そこに広がる光景はまさに魔法を使った後のように水滴ひとつ落ちていない。
「そう……、夢、よね……」
 コンラッドに襲われたところをレオンが駆けつけてくれたことも、その後、湯殿で身体を綺麗にしてもらえ、キスをして、愛称で呼んでもらったことすら、全部、夢。
「…………」
 シャーロットはずるずるとその場に座り込み、しばらくの間、壁に頭を預けてぼんやりとしていた。
(私、欲求不満なのかな……。だからあんな夢、見ちゃうんだよね……。あの腹黒変態男に襲われたのも、まぁ顔だけはイケメンだし、声もタイプじゃないけど良いし……)
 自分で自分に言い訳をしながらも、シャーロットは唇に歪んだ笑みを浮かべていた。
「バカバカしいですわね……」
 夢でレオンに優しくされても、ただ惨めなだけだと気づいた。
 あれが所謂願望の現れだったとしたら、なんてみっともない夢だろうか。
 適当な男に襲われて、ヒーローに助けてもらえるのは、ヒロインだけだ。
 物語の主役ではないシャーロットには、そんな奇跡のような物語が起こりうるはずもない。
 嫌わられ者には、いつも悲惨な未来しか訪れない。
 人に嫌われないようにしましょうね、という子供への教訓として、常に物語には悪役がいて、嫌われ者がいるのだ。
 そしてこの世界でその役目を担うのが、シャーロット・バレリア侯爵令嬢である。
(――感傷に浸るとか、馬鹿みたい)
 子どもの頃、シャーロットの両親は怖い夢を見て一緒に寝てほしいと寝室にやってきた幼い娘に対して「そのくらいで部屋を出るな」と叱咤した。
 貴族の娘は、夜になったら部屋を出てはいけない。
 それを教えるために彼らはシャーロットを突き放したのだろうが、冷たく突き放され、無情にも目の前で締まった扉を前に、幼い少女は人に頼ることをやめた。
 シャーロットという少女は、聞き分けが良すぎたのだ。
 どんなに怖い夢を見ても、寝台の上で丸くなって、ひとりで耐え続けた。
 心細くて、朝まで泣いていた日もあった。
 家族であっても、他人に弱音を見せてはいけない。
 シャーロットという少女は、厳しく育てられたのだ。
(実際にあんなことがあったとしても、大したことないじゃない……)
 それこそ前世、酒で失敗して、朝目覚めたらホテルにいて、知らない男に馬乗りされていたことだってある。あれこそ本当に夢であってほしかった。
(なんで前世なんかの記憶を思い出して、こんな風に生き恥晒してるんだろ……)
 原作通りであれば、あと一週間でシャーロットはこの学園を去ることになっていた。
 否、もしかしたらこれは、原作に書かれていなかった、シャーロットの『現実』なのかもしれない。
(シャーロットが最後、白髪になったのって、もしかしてこの謹慎塔で何かに遭ったから……?)
 悪い夢を見過ぎて、それで相当なショックを受けて、ストレスでやつれて、髪の色まで抜けてしまったのだろうか。そしてそれを引きずって、学園を追い出された後、一人孤独に死んだのだろうか。
(え? 仮に腹黒鬼畜変態王子に襲われたのが事実だったとして、それだけで?)
 確かに記憶が戻る前であれば、シャーロットはかなり傷ついたことだろう。なんとも思っていない男に身体を触られて、あんなに痛い思いをさせられたら、ショックで気がおかしくなりそうだ。
(いやいや、確かに痛かったし、吐くくらい気持ち悪かったけど、そもそもこの世界はエッチなことばっかりなんだから、もう当然の流れというか、テンプレというか……)
 そもそも髪の色が抜けるくらいショックではない。
 ショックと言えばそうだが、今のシャーロットには別の感情が生まれ始めていた。
(そうだよ。あんなことされて、黙ってる方がどうかしてる――。なんだったらいっそのこと……)
「殺す……」
「誰を殺すって?」
「きゃあぁぁぁぁ!!!!????」
 いきなり背後から声が聞こえ、シャーロットは思わず悲鳴を上げていた。
「やかましい女だな」
「腹黒鬼畜……! じゃない、殿下!?」
 振り返ると扉の傍に、コンラッドが立っていた。
「化け物にでも出会ったかのような目で俺を見るな。それに、腹黒鬼畜とはどういう意味だ」
「あなたこそ! なんでここにいらっしゃるのですか!?」
「なに。謝罪をしようと思ってな」
「謝罪!? なんのです!」
「昨晩のこと、覚えていないのか?」
「さくば……はぁ!?」
 昨晩のことで謝罪しにきた、ということは、コンラッドに襲われたのは事実だったということだ。
 現実を突きつけられた途端、シャーロットは全身の毛を逆立たせ、勢いよく吠えた。
「あなた! あんなこと私にしておいて、よくも平然とここに来られたものですわね!」
「お前も、意外と威勢がいいな」
「お黙りなさいませ! 私が憎いなら、さっさと婚約を破棄して、この学園から追い出せば済む話でしょう! あんな……、気色悪い……っ!」
 一気に捲し立てて言い切ると、身体が酸欠状態になってクラクラした。肩で息をしながらシャーッと猫のように威嚇すると、コンラッドはやれやれと肩を竦める。
「仕方がないだろう。俺だって、お前に触るのは不本意だ」
「不本意ですって!? ならしなければ良いことではありませんの!」
「俺も最初はそのつもりだったんだが、全く濡れもしないんでな。良い声で啼かせればそれでよかったが、声も上げない」
「だから、あんなことを?」
「ああ。痛い思いをさせて悪かったな。お前があんなに泣き叫ぶとは思わなかったが、目的は果たせただろう?」
「目的!?」
「レオンが血相を変えて駆けつけたじゃないか」
 レオンが来てくれたのも、夢ではなかったらしい。
 だが、いよいよこの腹黒鬼畜変態王子の目的とやらが見えてきた。
「わざとあんなことをして、レオン様に聞かせたということですの?」
「そうだ。昨晩はあいつにこの塔の見回りを命じておいた。中もくまなく、とな」
 夜中、シャーロットの異変にすぐに気づいてくれたのは、そういうことだったのだ。
「お前はレオンを慕っているのだろう? ならばさっさと既成事実を作ってもらった方が、こちらとしても都合が良い」
「――私が、そんなことを望みましたか?」
「お前がどう思うが関係ない。必要なのは事実だけだ。上手くお前が孕めば、俺の提案にも乗りやすいだろう?」
「……この性悪が……!」
「よく言われる」
 くつくつ、とコンラッドはその綺麗な顔に邪悪さを纏わせて喉の奥で嗤った。
「だが、その必要はなかったようだな」
「は?」
「お前、すでに処女を喪失しているだろう」
「……え?」
 コンラッドの言っている意味が、シャーロットには理解できなかった。処女を喪失してなどいないはずだ。なぜならばシャーロットは、まだこの世界で一度も男と交わったことなどないのだから。
「違うのか? 処女膜がなかったようだが?」
「え……、えぇ!?」
 嘘!? と声を上げると、コンラッドははて、と首を傾げた。
「誤魔化している、という様子でもないな。お前、気づかない間に男に犯されていたのか?」
 やめてくれ、そんな話は聞きたくない、とシャーロットは耳を塞いだ。
「たしかに、下に指を挿れるまで目覚めないくらい鈍感なようだが……」
 コンラッドはそこで言葉を切り、だが……と続けた。
「俺に中を弄られても全く濡れなかったお前が、無意識に犯されて気づかないものか……?」
 その言葉はシャーロットに尋ねているというわけではなく、自問自答しているようだった。
「何か思い当たることはないのか?」
「…………そんなの、何も……」
「月のものではない血が出たこともないと?」
 そう言われてみれば、とシャーロットはつい数日前を思い出した。
(生理っぽかったけど、あれは違ったってこと……?)
 朝目が覚めたら、とろりと中から何かが出てきたことがある。赤い液体だったので、あれは生理が来たのだと思っていたが、もしかしたら――。
 はっとして、シャーロットは思わず自分の腹部を手で押さえていた。
(今思えば、ちょっと白っぽかったかも? まさかそれって……精子……)
 サーッと、シャーロットの顔から完全に血の気が失せていく。
「――身に覚えがあったようだな」
 少々呆れ気味にコンラッドに言われ、シャーロットは思わず彼を見上げていた。
「殿下! 避妊薬を……!」
「うん? 相手はレオンでもないと?」
 薄らぼんやりと、レオンに犯された夢を見た記憶はあるが、果たしてあれがレオン本人だったのか、ハッキリとはしない。
 けれどその後、レオンはやたらと優しくなり、傷薬までくれた。
 諸々のことを思い出すと、レオンの行動にも合点がいく。
「…………レオン様……かも……」
「ならば避妊など必要ないだろう」
「あります!」
 仮に、レオンの精を注がれたとして、それが芽生えてしまえば、彼との子ができてしまう。
 これから一人で生きていくシャーロットにとって、金銭的な安定もない中でどうやって子供を育てていけばいいというのだ。
「私は今後、あなたに婚約を解消されて、ひとりで生きていくんです! 子供がいたら……!!」
「レオンに嫁げば良いだろう。あいつには子もいない。後妻に入ったところで、面倒はないだろう」
「レオン様のお気持ちを無視してそんなことできませんわ!」
「気持ちを無視……か。お前を一方的に犯したレオンには、何ら罪はないと?」
「――それは……」
「お前がレオンを神格化しているのかはわからないが、あいつも男であり、伯爵家だが貴族の嫡男だ。平民ならばともかく、貴族の格下の男が、なんの覚悟もなく格上の令嬢を犯すはずないだろう」
 格差で分けられる身分制度を取り入れているこの国では、格下の者が格上の者に何かしら危害を加えれば、厳しく罰せられる。そのため、逆の立場であればそう言うこともあり得るが、そうではなかった場合、その者は最悪の場合、斬首刑に処される。
 それはこの世界で生きる貴族であれば、誰もが知っていることだ。
「それは……きっと、私が寝ぼけて、誘ったからですわ……」
 薄らぼんやりと、彼に誘いをかけたことは覚えている。夢だと思っていたが、こうして思い出そうとすると容易にあの時の出来事を思い出すことができた。
「仮にお前が誘ったにしろ、レオンにとって侯爵家は格上の存在であり、仮にも俺の現婚約者であるお前の処女を奪ったのであれば、大問題だがな」
「……ッ!!」
 コンラッドの脅しにも似た言葉に、シャーロットは息を呑んだ。
「私を、強請ゆするおつもりですの」
 もしもこの事実が明るみに出たとき、コンラッドの権限でレオンを罰することができるということだ。
 事実がどうであれ、レオンを罪人にすることなど、この第一王子の特権を使えば容易いだろう。
「強請るとは人聞きが悪いな。それに、強請るならお前ではなく、レオンの方だろ」
 まったく、とコンラッドは意外にもどうしようもない子を見るような瞳でシャーロットを見下ろしている。
「お前は俺がそんな愚かなことをする大馬鹿者だと思っていたのか。一応は婚約者だぞ」
「その婚約者がいながら浮気をなさっている方を、大馬鹿者と思わない方法があるのであれば教えてほしいですわ」
「――……俺はただ、大人たちの思惑通りに将来を決められることが腹立たしかっただけだ。お前も、そうだと思っていたが?」
「何の話ですか」
「俺のことなど、最初から愛そうともしなかっただろう。決められた結婚だと諦めて、人形のように笑うしかしない」
 ムッとするコンラッドを前に、シャーロットは「あれ」と内心首を傾げた。
「文のやりとりをしても、いつも社交辞令ばかり。何度顔を合わせても、お前は俺を見ようともしなかった。俺がマリアと出会ってからも、お前は義務のようにちょっかいをかけるだけで、俺に文句ひとつ言わなかったのが、レオンと引き合わせたらどうだ?」
「…………」
「お前が俺ではなく、レオンを見つめていたことには気づいていた。まったく関わりがない男だというのに、あいつのどこがそんなに良いのか……」
 コンラッドに気づかれていたのは意外だった。彼はずっと、マリアンヌのことしか見ていなかったのだ。こちらにまで気を向けているとは、意外過ぎて鎌をかけられているだけでは、と疑いたくなってくる。
「俺も、マリアに出会わなければ、お前と仕方なしに結婚はしただろう。政略結婚だ。バレリア家の娘を王族に引き込むのはこちらとしてもメリットが大きい。だが、お互いこうして共に違う相手を想い合っている。ならば、利己的にこの婚約を破棄した方が得ではないか?」
「…………あなたはそれで良いかもしれませんが、私は違いますわ」
「家のことなら俺が何とかしてやると言っているだろう。その代わりに、お前はマリアの後ろ盾になればいい。難しく考えるな」
「その後ろ盾になることが嫌だと言っているのです。何が悲しくてあの娘の後ろ盾なんか……」
「マリアから王妃の座を奪われたことがそんなに悔しいのか?」
「なら言わせてもらいますが、私が今まで何のために努力をしてきたと思っているのです? あの子のためではありませんわ。すべては我がバレリア家の繁栄のため、王妃となった時に自分を守るためにやってきたこと。それなのにどうして――」
 胸元にかかる髪を、ふん、と手で払い、鋭い眼光でコンラッドを見据えた。
「それに、私などいなくとも彼女は王宮でも上手くやるでしょう。この学園内だって、そうじゃありませんの」
 平民上がりのマリアンヌを悪く言う者はいるが、それはシャーロットの自称取り巻きたちくらいだ。この学園内でのマリアンヌの扱いは「上級生に目をつけられた可哀そうな令嬢」である。誰がも彼女に同情し、手を貸す。そういう娘なのだ、彼女は。
「そういうことであれば、お前の方がよくわかるだろう」
「何がですの」
「お前の立場と同じだ。マリアの傍にいる者たちは皆、マリアを本心から気遣いなどしない。俺の『友人』ということで、マリアを利用しようとする者たちばかりだ」
「そうでしょうか? 仲の良いご令嬢もいらっしゃるでしょう」
「外面上は、な。お前も、似たような境遇だろう」
 それを言われてしまうと、確かにそうかもしれない。
 シャーロットのマリアンヌに関わる知識は、大抵小説の物語に沿ったものばかりだ。
 誰からも愛される、平民上がりだが強大な魔力を秘めた美少女。
 小説内でも、そうやって描かれていた。
 だが、周囲の人間の想いなど、何一つ書かれていない。その場の状況説明しかないのは、モブだから仕方ないのは、レオンも同じだった。そしてそれは、シャーロットとて同様のことが言えた。
 シャーロットの周りの令嬢たちは、皆、シャーロットではなく、卒業後にバレリア侯爵家と関りを持ちたい者ばかりだ。
 バレリア家は様々な分野で高い功績があり、社交界でも常に注目を浴びる存在である。だからこそ、他の令嬢たちはこぞって媚びを売るのだ。
 ならば、マリアンヌも――。
「だからなんだというのです。私には関係のないことですわ」
「ならば俺と結婚して、マリアンヌを妾にすれば満足か?」
「はっ! 今更、あなたと私が? ご冗談が過ぎますわよ」
 シャーロットは顔を歪めて吐き捨てた。
 この学園内は社交界から断絶されている。長期休暇も生家に帰ることは、余程の理由がない限り認められない。
 だから現状シャーロットとコンラッドが婚約を破談にする、という話は、両家にも届いていないはずだ。
 コンラッドの護衛たちも、話題が話題であり、そこは伏せて国王に報告するだろう。
 一時の気の迷い。
 それで済めば良いと、そう願って。
「俺とは結婚する気がない、と?」
「当たり前ですわ。誰があなたなんかと」
「なら、レオンならどうなんだ。結婚してほしいと本人から迫られたら、頷くか?」
「それは――……、わかりませんわ」
 レオンに淡い恋心を抱いている。それはもう認めるしかない。だからと言って、結婚までは考えられなかった。
 第一王子と婚約を破棄したシャーロットを後妻に迎えれば、そこに妙な憶測を立てて噂をする者たちがいるだろう。そうなれば、レオンの立場も悪くなるかもしれない。
 彼はこの国でも指折りの優秀な騎士だ。だからこそ、彼の未来に泥を塗るようなことはしたくないのである。
「だが、お前の処女を奪ったのはレオンだろう」
「たかがその程度のことで、結婚まで決めさせる気はございません」
「たかが、か。貴族令嬢であれば貞操は何より守りたいはずなのに、たかが、というか。――やはりお前は、俺と同じ思考の持ち主だ」
 ほら、と手を差し出される。
 立ち上がれ、ということらしい。
「結構ですわ」
 その手を払い、シャーロットはスッと一人で立ち上がる。
「婚約者殿――いや、シャーロット。お前にあと三週間、レオンを貸してやる。今までのような講師としてではない。護衛も兼任させ、ここに住まわせる」
「え……?」
「お前たちは見ていてまどろっこしい。あと三週間で早々に決着をつけろ」
「ちょ、殿下。一体何の話ですの?」
 コンラッドの急な提案は、いつもシャーロットを戸惑わせる。
 さらに言えば、何の魂胆があってそうするのか、さっぱり理解ができない。
「これは決定事項であり、レオンからの申し出でもある。ここにお前を一人では置いておけないそうだ」
「レオン様が……?」
「あいつは、お前が思っている以上に独占欲と庇護欲の強い男だ。お前にはあいつの想いを受け止める義務がある」
 言いたいことだけ言って、コンラッドは背を向けた。それを引き留めようと手を伸ばしかけるが、シャーロットはその手をゆっくりと降ろし、去り行くムカつく男の背を目線だけで見送るに留めた。
 足音が遠ざかっていくのを聞き、何も聞こえなくなった頃、シャーロットはおもむろに自分の腹部へと手を添える。
「――本当に私、レオン様と……?」
 ずっと望んでいたことだったが、ほとんど記憶にない。
 だがここは少しの間だけ確かな痛みを生じさせていた。それはつまり、彼を受け入れたからであり、ここに解き放たれたものは彼がこの身体で確かな快楽を得たという証拠だ。
「じゃあ……、昨日も……」
 優しさや慰めで、この身体に触れたわけではなかった、ということだろうか。
(いやいや、さすがに解釈を飛躍しすぎだよね)
 この世界はシャーロット・バレリアには優しくない。
 だからきっと、何かこの後、とんでもないどんでん返しがあるに決まっている。レオンにも他に好きな人ができるとか、やっぱり前妻を忘れられないとかで、結局突き放されるのがオチだ。
(期待しちゃ……ダメ……)
 どうせ最後に傷つくのは、自分の役目なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢、肉便器エンド回避までのあれこれ。

三原すず
恋愛
子どもの頃前世が日本人の記憶を持つイヴァンジェリカがその日思い出したのは、自分が18禁乙女ゲームの悪役令嬢であるということ。 しかもその悪役令嬢、最後は性欲処理の肉便器エンドしかなかった! 「ちょっと、なんでこんなタイムロスがあるの!?」 肉便器エンドは回避できるのか。 【ハピエンですが、タイトルに拒否感がある方はお気をつけ下さい】 *8/20、番外編追加しました*

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

悪役令嬢の許嫁は絶倫国王陛下だった!? ~婚約破棄から始まる溺愛生活~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢の許嫁は絶倫国王陛下だった!? 婚約者として毎晩求められているも、ある日 突然婚約破棄されてしまう。そんな時に現れたのが絶倫な国王陛下で……。 そんな中、ヒロインの私は国王陛下に溺愛されて求婚されてしまい。 ※この作品はフィクションであり実在の人物団体事件等とは無関係でして R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年はご遠慮下さい。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

処理中です...