5 / 44
寝ぼけて…
しおりを挟む
苦し気に眠るシャーロットを前に、レオンはどうしようかと頭を抱えていた。彼は自室から持ってきた小瓶へと視線を落とす。
「起こすのは可哀そうだが、これを飲ませないとな……」
目が覚めたら渡そうと思っていたこの小瓶は、魔力を補うための薬品だ。魔力切れを起こしている彼女にこれを飲ませればすぐに体調は良くなる。
「ここで待っているのも……な……」
シャーロットも、許しも得ず王子の護衛騎士が部屋に居たらさすがに怒るだろう。
そもそも男女が密室にいるべきではない。
仮に騎士であっても、男は男である。
けれど、これをここに置いたまま去るというのも、難しい問題だ。
彼女は深刻な魔力切れを起こしている。早めに対処しなければ、それこそ命に関わるのだ。
「…………シャーロット嬢」
意を決して、そっと、声をかける。
だが彼女の瞼は閉ざされたままだ。
無礼を承知で何度か肩を揺さぶってみても、彼女は起きる気配を見せない。
「…………」
レオンはしばし考え込んだ。
これは治療の一環だ。下心があるわけではない。もし彼女がこれの途中で目が覚めてしまったとしても、一発くらい殴られるのは致し方ないだろう。
徐々に肌が青白くなっていくシャーロットを、これ以上傍観してはいられない。
唇に指を添えて少し開かせてから、そこから除く赤い舌を目の当たりにして、レオンは一瞬身を引く。
「っ……」
うっすらと、シャーロットの赤く縁どられた瞼が開いている。
「な、に……?」
意識が混濁しているのか、彼女の声は拙い。
「目が覚めましたか? すみません。これを飲ませようと……」
彼女の視線に合うように小瓶を見せるが、シャーロットは反応しない。
これが何かわからないのだろうか、と思い、レオンは小瓶の説明をするが、やはり彼女はぼんやりとしたままだ。
「どうかこれをお飲みください。すぐ、よくなりま……」
「なに、これ……すっごい、シチュ、じゃん……」
「はい?」
聞き慣れない言葉に、彼女らしくない口調。それはレオンの思考を停止させるのには十分だった。
「ほんっ、と……馬鹿、だなぁ、わたし……」
はは、と小さく笑う彼女は大粒の涙を零していた。
「こん、な……、優し……か……、夢……んて……」
――こんな優しい世界が、夢だけだなんて。
レオンには、彼女の拙いたどたどしい声が、そう言っているように思えた。
「夢ではありません」
夢だということにしておけばいいのに、レオンはそれがどうしてもできなかった。
彼女はいつも厳しい立場に立たされている。その彼女が誰かの優しさに触れる機会がなかったであろうことはわかっている。
レオンは誘われるように、彼女の眦から指先で涙を掬った。
女性であれば、こういう絵本の中の騎士のような仕草はお好みだろう。自分のような屈強な体躯の男がやったところで様にならず笑い者だろうが、笑ってくれればいい。
「……ぅ……」
彼女が小さく唸る。
笑ってくれ。こんなこっ恥ずかしいことをしている自分を嘲り、怒りを向けてくれればいい。
「――……死ぬ……」
まさか怒りを通り越して、死ぬほど嫌だったとは、とレオンが身を引きかけると、細い腕がレオンの手首をガシッと掴んだ。
「しあわせ、すぎて……、死んじゃう……」
「シャーロット嬢?」
「夢、なら……それ……」
泣きながら笑っている彼女は、視線をレオンの手の中に握られている小瓶に注いだ。
「口移し……、とか……」
正気か? 否、彼女は正気ではないのだろう。これを夢だと信じているようだ。
「シャーロット嬢。私はコンラッド様ではありません」
たぶん寝ぼけて、レオンをコンラッドだと思っているのだろう。そう結論付けたレオンだったが、彼女は形の良い唇で笑みをこぼした。
「れおん、さま……でしょう?」
「…………」
「ゆめで……、れおん、さま……会える、なんて……」
徐々に眠りの中に落ちようとしているのか、シャーロットの瞼が徐々に閉ざされていく。レオンの手首を掴む手の力も、抜けていった。
「シャーロット嬢。眠る前に、これを……!」
「――くちうつしが……いい、なぁ……」
瞼を閉じたまま、彼女がそう言った。
意外な言葉に瞠目しながらも、レオンは小さく息を吐き、小瓶を一気に呷る。そして彼女の頭の後ろに腕を差し込み、薄く開かれた彼女の唇に自分のそれを押し付け、小瓶の中身を彼女に飲ませた。
こくん、と彼女の喉が鳴りすぐに唇を離すが、シャーロットは何も反応しない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
「…………」
レオンは唇を引き結び、彼女の頭を枕の上に戻す。そして少しはだけてしまった肌掛けを引き上げ、シャーロットの部屋を後にした。
「私は……なんてことを……」
閉めた扉の前で、レオンは小さく嘆く。
いくら本人の希望とはいえ、あれはやってはいけなかった。だが――したくなってしまったのだ。
騎士ではあっても、レオンも男である。
自分を望んでくれる女性を前に、それを断ることは相手に恥をかかせることでもある。きっと立ち回りの上手い男なら、上手く躱すのだろう。だがレオンは生憎そうした能力に長けてはいない。
仮にも自分の主の婚約者に手を出すとは、言語道断である。
「だが……、これはこれで、よかったのか……」
レオンはコンラッドに言われたことを思い出す。
『我が婚約者殿はお前がお気に入りのようだ。なぁレオン。それは俺にとって都合が良いということ、わかるな?』
いくら第一王子の命であっても、聞けることと聞けないことはある。あの場では断ったが、まんまとあの王子の手のひらの上で転がされてしまった。
「私に何ができるというんだ……」
つい愚痴をこぼしてしまい、レオンはハッとして唇を閉ざした。
あの王子の目的は「婚約破棄」だ。
この学園でマリアンヌと出会ってから、彼はそのために敢えて何もしてこなかった。
マリアンヌとどうすれば円満に結婚できるか、それしか考えていない。
本来あの王子は、邪魔なシャーロットを排除できればそれでよかったのだろう。いかなる方法であろうが、そこに容赦はなかった。だが今は少し違う。
『彼女と仲良くなれよ。レオン』
にやり、と笑う綺麗な顔を思い出し、レオンはひとり、大仰な溜息を吐いたのだった。
◇
(――すっごく良い夢が見れたわ)
なぜか私室として使っている寝台の上で目が覚めたシャーロットは、つい口元をにやつかせてしまった。
(あんな展開、小説とか漫画でしか読んだことないし! あ、この世界、小説だったっけ……)
その小説の世界でその恩恵に与れない立場のシャーロットは、なんとなく複雑な気分だ。
「でも、どうして私、ここで寝てるんだろう?」
キッチンで寝落ちしたはずだ。
覚えていないだけで自力で上がってきたということだろうか。そう結論付けようとして起き上がった瞬間、シャーロットはぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
薄い肌掛けの上に、見覚えのある大きな制服が乗せられている。これは王宮騎士の制服の上着だ。
「レオン様が、いらした……?」
え? いつ? なんで? と混乱する頭で、まさか、とシャーロットの思考が停止する。
「あれ、夢じゃ……ない……?」
そう考えを巡らせてから、「いや夢か」と思い直す。
(レオン様があんなことしてくれるわけないし。ここまで運んではくれたんだろうけど、きっとそれだけに決まってる)
大き目なレオンの上着を両手で持ち上げ、シャーロットはその生地に顔を押し付けた。
(これが、レオン様の香り……)
ちょっと変態っぽいな、と思ったが、誰も見ていないのだから気にしない。
胸いっぱいに彼の香りを吸い込み、ホッと息を吐く。
(でも、惜しいことしたな……。せっかくレオン様が夢に出てきたなら、そのままエッチしちゃえばよかった……)
あの時この発想がなかったことが悔やまれる。
また次もあんな素敵な夢が見られるだろうか。
レオンの上着を抱きしめながら小さくため息を吐くと、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
「え? どなたですの?」
咄嗟にレオンの上着を離して声をかけると、「レオン・アルバートンです」という彼の声が聞こえてきた。
「レオン様!? え!? どうして……。あ、入ってきてください!」
シャーロットの許しを得て、レオンが扉を開けた。だが、こちらに近づこうとしない。
「あ、あの、レオン様が私を……」
「体調は如何ですか?」
「え? あぁ……すっかりよくなりました」
「どうして体調が悪いことを教えてくださらなかったのですか?」
「どうしてって……」
「今後は、少しでも異変を感じたらすぐにおっしゃってください」
あぁ、そうか、とシャーロットはシュン、と項垂れた。
「申し訳ありませんわ。レオン様に迷惑をかけてしまいましたね……」
「いえ、そうでは……」
「私の自己管理ができていなかったせいで、ご面倒をかけたことは事実でしょう?」
前世でもよくパワハラ社長に怒鳴られたものだ「てめぇ自己管理もできねぇのか!」と。
思いの度合いは違えど、レオンもそう思ったことだろう。
彼の苛立ちは理解できる。だから素直に謝ったのだ。
苛立ちのまま彼のイケボで罵られても良いが、その言葉が本心から出たのであればいくら声が良くてもショックかもしれない。
――否、それでも喜んでしまいそうな自分がいて、シャーロットは密かに反省する。
「シャーロット嬢」
彼の低音ボイスが、彼女の名を紡ぐ。
「はい」
どんな言葉を突き付けられても、喜ばずにいようと唇を引き結ぶ。
「魔法は勉強とは違い、詰め込み過ぎても結局は感覚の問題です。焦ったところで上達はしません」
「――はい」
「特に体調が悪いときに魔力が枯渇すると命の危険があります」
「え?」
それは初耳だ。
思わずレオンへ顔を向けると、彼はまっすぐな眼差しでシャーロットを見つめていた。
「やはりご存じありませんでしたか」
「えぇ……」
「魔力は生命力の一部だとお考え下さい。戦場に出ない限りそうそう魔力が枯渇することはありませんが、覚えていて損はありません」
「申し訳ありません。私、知らなくて……。魔力は一日寝ればすぐ戻るものかと」
「その通りですが、体調に問題がある場合はそうではないのです」
そんな細かい設定、覚えてるわけないだろ。と前世のシャーロットがツッコミを入れる。
「今日は魔法の操作ではなく、魔力についての座学にしましょう。まだ体調も万全ではない内から魔法を使うのはリスクが高い」
「座学? レオン様が教えてくださるのですか?」
「はい。といっても簡単にですが」
「えぇ! ありがとうございます!」
この声で授業が受けられるなんて、絶対普段の二割増しで覚えられるはずだ。嬉々として頷き、シャーロットは身支度を整えるために一度レオンには部屋から出て行ってもらう。
そしてそれから、レオンによる魔法基礎知識の座学が始まった。
「起こすのは可哀そうだが、これを飲ませないとな……」
目が覚めたら渡そうと思っていたこの小瓶は、魔力を補うための薬品だ。魔力切れを起こしている彼女にこれを飲ませればすぐに体調は良くなる。
「ここで待っているのも……な……」
シャーロットも、許しも得ず王子の護衛騎士が部屋に居たらさすがに怒るだろう。
そもそも男女が密室にいるべきではない。
仮に騎士であっても、男は男である。
けれど、これをここに置いたまま去るというのも、難しい問題だ。
彼女は深刻な魔力切れを起こしている。早めに対処しなければ、それこそ命に関わるのだ。
「…………シャーロット嬢」
意を決して、そっと、声をかける。
だが彼女の瞼は閉ざされたままだ。
無礼を承知で何度か肩を揺さぶってみても、彼女は起きる気配を見せない。
「…………」
レオンはしばし考え込んだ。
これは治療の一環だ。下心があるわけではない。もし彼女がこれの途中で目が覚めてしまったとしても、一発くらい殴られるのは致し方ないだろう。
徐々に肌が青白くなっていくシャーロットを、これ以上傍観してはいられない。
唇に指を添えて少し開かせてから、そこから除く赤い舌を目の当たりにして、レオンは一瞬身を引く。
「っ……」
うっすらと、シャーロットの赤く縁どられた瞼が開いている。
「な、に……?」
意識が混濁しているのか、彼女の声は拙い。
「目が覚めましたか? すみません。これを飲ませようと……」
彼女の視線に合うように小瓶を見せるが、シャーロットは反応しない。
これが何かわからないのだろうか、と思い、レオンは小瓶の説明をするが、やはり彼女はぼんやりとしたままだ。
「どうかこれをお飲みください。すぐ、よくなりま……」
「なに、これ……すっごい、シチュ、じゃん……」
「はい?」
聞き慣れない言葉に、彼女らしくない口調。それはレオンの思考を停止させるのには十分だった。
「ほんっ、と……馬鹿、だなぁ、わたし……」
はは、と小さく笑う彼女は大粒の涙を零していた。
「こん、な……、優し……か……、夢……んて……」
――こんな優しい世界が、夢だけだなんて。
レオンには、彼女の拙いたどたどしい声が、そう言っているように思えた。
「夢ではありません」
夢だということにしておけばいいのに、レオンはそれがどうしてもできなかった。
彼女はいつも厳しい立場に立たされている。その彼女が誰かの優しさに触れる機会がなかったであろうことはわかっている。
レオンは誘われるように、彼女の眦から指先で涙を掬った。
女性であれば、こういう絵本の中の騎士のような仕草はお好みだろう。自分のような屈強な体躯の男がやったところで様にならず笑い者だろうが、笑ってくれればいい。
「……ぅ……」
彼女が小さく唸る。
笑ってくれ。こんなこっ恥ずかしいことをしている自分を嘲り、怒りを向けてくれればいい。
「――……死ぬ……」
まさか怒りを通り越して、死ぬほど嫌だったとは、とレオンが身を引きかけると、細い腕がレオンの手首をガシッと掴んだ。
「しあわせ、すぎて……、死んじゃう……」
「シャーロット嬢?」
「夢、なら……それ……」
泣きながら笑っている彼女は、視線をレオンの手の中に握られている小瓶に注いだ。
「口移し……、とか……」
正気か? 否、彼女は正気ではないのだろう。これを夢だと信じているようだ。
「シャーロット嬢。私はコンラッド様ではありません」
たぶん寝ぼけて、レオンをコンラッドだと思っているのだろう。そう結論付けたレオンだったが、彼女は形の良い唇で笑みをこぼした。
「れおん、さま……でしょう?」
「…………」
「ゆめで……、れおん、さま……会える、なんて……」
徐々に眠りの中に落ちようとしているのか、シャーロットの瞼が徐々に閉ざされていく。レオンの手首を掴む手の力も、抜けていった。
「シャーロット嬢。眠る前に、これを……!」
「――くちうつしが……いい、なぁ……」
瞼を閉じたまま、彼女がそう言った。
意外な言葉に瞠目しながらも、レオンは小さく息を吐き、小瓶を一気に呷る。そして彼女の頭の後ろに腕を差し込み、薄く開かれた彼女の唇に自分のそれを押し付け、小瓶の中身を彼女に飲ませた。
こくん、と彼女の喉が鳴りすぐに唇を離すが、シャーロットは何も反応しない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
「…………」
レオンは唇を引き結び、彼女の頭を枕の上に戻す。そして少しはだけてしまった肌掛けを引き上げ、シャーロットの部屋を後にした。
「私は……なんてことを……」
閉めた扉の前で、レオンは小さく嘆く。
いくら本人の希望とはいえ、あれはやってはいけなかった。だが――したくなってしまったのだ。
騎士ではあっても、レオンも男である。
自分を望んでくれる女性を前に、それを断ることは相手に恥をかかせることでもある。きっと立ち回りの上手い男なら、上手く躱すのだろう。だがレオンは生憎そうした能力に長けてはいない。
仮にも自分の主の婚約者に手を出すとは、言語道断である。
「だが……、これはこれで、よかったのか……」
レオンはコンラッドに言われたことを思い出す。
『我が婚約者殿はお前がお気に入りのようだ。なぁレオン。それは俺にとって都合が良いということ、わかるな?』
いくら第一王子の命であっても、聞けることと聞けないことはある。あの場では断ったが、まんまとあの王子の手のひらの上で転がされてしまった。
「私に何ができるというんだ……」
つい愚痴をこぼしてしまい、レオンはハッとして唇を閉ざした。
あの王子の目的は「婚約破棄」だ。
この学園でマリアンヌと出会ってから、彼はそのために敢えて何もしてこなかった。
マリアンヌとどうすれば円満に結婚できるか、それしか考えていない。
本来あの王子は、邪魔なシャーロットを排除できればそれでよかったのだろう。いかなる方法であろうが、そこに容赦はなかった。だが今は少し違う。
『彼女と仲良くなれよ。レオン』
にやり、と笑う綺麗な顔を思い出し、レオンはひとり、大仰な溜息を吐いたのだった。
◇
(――すっごく良い夢が見れたわ)
なぜか私室として使っている寝台の上で目が覚めたシャーロットは、つい口元をにやつかせてしまった。
(あんな展開、小説とか漫画でしか読んだことないし! あ、この世界、小説だったっけ……)
その小説の世界でその恩恵に与れない立場のシャーロットは、なんとなく複雑な気分だ。
「でも、どうして私、ここで寝てるんだろう?」
キッチンで寝落ちしたはずだ。
覚えていないだけで自力で上がってきたということだろうか。そう結論付けようとして起き上がった瞬間、シャーロットはぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
薄い肌掛けの上に、見覚えのある大きな制服が乗せられている。これは王宮騎士の制服の上着だ。
「レオン様が、いらした……?」
え? いつ? なんで? と混乱する頭で、まさか、とシャーロットの思考が停止する。
「あれ、夢じゃ……ない……?」
そう考えを巡らせてから、「いや夢か」と思い直す。
(レオン様があんなことしてくれるわけないし。ここまで運んではくれたんだろうけど、きっとそれだけに決まってる)
大き目なレオンの上着を両手で持ち上げ、シャーロットはその生地に顔を押し付けた。
(これが、レオン様の香り……)
ちょっと変態っぽいな、と思ったが、誰も見ていないのだから気にしない。
胸いっぱいに彼の香りを吸い込み、ホッと息を吐く。
(でも、惜しいことしたな……。せっかくレオン様が夢に出てきたなら、そのままエッチしちゃえばよかった……)
あの時この発想がなかったことが悔やまれる。
また次もあんな素敵な夢が見られるだろうか。
レオンの上着を抱きしめながら小さくため息を吐くと、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
「え? どなたですの?」
咄嗟にレオンの上着を離して声をかけると、「レオン・アルバートンです」という彼の声が聞こえてきた。
「レオン様!? え!? どうして……。あ、入ってきてください!」
シャーロットの許しを得て、レオンが扉を開けた。だが、こちらに近づこうとしない。
「あ、あの、レオン様が私を……」
「体調は如何ですか?」
「え? あぁ……すっかりよくなりました」
「どうして体調が悪いことを教えてくださらなかったのですか?」
「どうしてって……」
「今後は、少しでも異変を感じたらすぐにおっしゃってください」
あぁ、そうか、とシャーロットはシュン、と項垂れた。
「申し訳ありませんわ。レオン様に迷惑をかけてしまいましたね……」
「いえ、そうでは……」
「私の自己管理ができていなかったせいで、ご面倒をかけたことは事実でしょう?」
前世でもよくパワハラ社長に怒鳴られたものだ「てめぇ自己管理もできねぇのか!」と。
思いの度合いは違えど、レオンもそう思ったことだろう。
彼の苛立ちは理解できる。だから素直に謝ったのだ。
苛立ちのまま彼のイケボで罵られても良いが、その言葉が本心から出たのであればいくら声が良くてもショックかもしれない。
――否、それでも喜んでしまいそうな自分がいて、シャーロットは密かに反省する。
「シャーロット嬢」
彼の低音ボイスが、彼女の名を紡ぐ。
「はい」
どんな言葉を突き付けられても、喜ばずにいようと唇を引き結ぶ。
「魔法は勉強とは違い、詰め込み過ぎても結局は感覚の問題です。焦ったところで上達はしません」
「――はい」
「特に体調が悪いときに魔力が枯渇すると命の危険があります」
「え?」
それは初耳だ。
思わずレオンへ顔を向けると、彼はまっすぐな眼差しでシャーロットを見つめていた。
「やはりご存じありませんでしたか」
「えぇ……」
「魔力は生命力の一部だとお考え下さい。戦場に出ない限りそうそう魔力が枯渇することはありませんが、覚えていて損はありません」
「申し訳ありません。私、知らなくて……。魔力は一日寝ればすぐ戻るものかと」
「その通りですが、体調に問題がある場合はそうではないのです」
そんな細かい設定、覚えてるわけないだろ。と前世のシャーロットがツッコミを入れる。
「今日は魔法の操作ではなく、魔力についての座学にしましょう。まだ体調も万全ではない内から魔法を使うのはリスクが高い」
「座学? レオン様が教えてくださるのですか?」
「はい。といっても簡単にですが」
「えぇ! ありがとうございます!」
この声で授業が受けられるなんて、絶対普段の二割増しで覚えられるはずだ。嬉々として頷き、シャーロットは身支度を整えるために一度レオンには部屋から出て行ってもらう。
そしてそれから、レオンによる魔法基礎知識の座学が始まった。
10
お気に入りに追加
735
あなたにおすすめの小説
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?
KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※
ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。
しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。
でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。
ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない)
攻略キャラは婚約者の王子
宰相の息子(執事に変装)
義兄(再婚)二人の騎士
実の弟(新ルートキャラ)
姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。
正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて)
悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…
悪役令嬢、肉便器エンド回避までのあれこれ。
三原すず
恋愛
子どもの頃前世が日本人の記憶を持つイヴァンジェリカがその日思い出したのは、自分が18禁乙女ゲームの悪役令嬢であるということ。
しかもその悪役令嬢、最後は性欲処理の肉便器エンドしかなかった!
「ちょっと、なんでこんなタイムロスがあるの!?」
肉便器エンドは回避できるのか。
【ハピエンですが、タイトルに拒否感がある方はお気をつけ下さい】
*8/20、番外編追加しました*
悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません
青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく
でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう
この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく
そしてなぜかヒロインも姿を消していく
ほとんどエッチシーンばかりになるかも?
よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………
naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話………
でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ?
まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら?
少女はパタンッと本を閉じる。
そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて──
アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな!
くははははっ!!!
静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる