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第三章
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しおりを挟む泣いて、飛び出して、顔を洗って息を吐いた。そうして部屋に戻ろうとしたジルは、今現在とても、とてつもなく困っていた。どのくらい困っているかというと、マンホールにハマって抜け出せないくらいには困っている(宿内なのでマンホールはないが)。表現が地味だが許してくれ。
目の前には女性の大群。これだけで一個隊編成して戦場に赴けるのではないかと思うほどに大量の女性が、現在進行形で小柄なジルに迫っていた。
一応言っておくが、いやらしい意味で迫られているのではない。彼女たちの目的はまた別のもの。その手に持つ、かわいらしくラッピングされた品物をとある輩に渡してくれという、そんなお願いをしたいのだろう。
全てを察したジルは後悔する。なぜ一人で廊下をうろついてしまったんだ、と。だが、今後悔したところで状況は変わらない。
「あ、あの、坊や、あの赤毛の人といた子よね!?」
「へ、へい!」
突然の質問に驚き、礼儀の欠けた肯定をしてしまった。
だが、この女性軍団はそんなことを気にする心は持ち合わせていないようだ。黄色い声を上げつつ、手にした物を、引きまくっている少年に差し出す。
「こ、これ、あの人に渡してくれない!?」
「へ、あの、いやー……でも、あのお方こういうのは、多分、嫌いなのではなかろうかと……」
「渡してくれるだけでいいの! お願い!!」
「えー……」
やんわりお断りしたつもりがなかなか引かない。これは予想以上に厳しいぞ。恋する乙女たるものを、少々舐めていたかもしれない。
背後にある壁を横目で見てから、少年は獣耳を垂れる。前後左右完全に塞がれてしまっているので逃げ場はない。さて、どうしたものか……。
「──あれ? ジル、何をしているんだい?」
救世主が現れた。ナイスタイミングだ。
聞こえてきた声は、この状況下にジルを追い込んでいる張本人(といっても本人に自覚はない)の声である。
一斉に振り返った女性に多少たじろぎながら、声の主──オルラッドはジルの元へ。感動と共に泣きつく少年に小首をかしげ、口を開く。
「え? どうかしたのかい? まさか敵……」
振り返った彼の視線に耐え切れなかったのか、女性軍団は蜘蛛の子を散らしたように解散。すっかり静まり返った廊下で、ジルは八つ当たりよろしくオルラッドの衣服を掴んだ。
「チクショウこのイケメンめ! お陰で俺がどれほど恐ろしい目にあったことか!」
言うほど恐ろしい目にはあっていないが、しかし、あの軍団に対する恐怖は確かにあった。
鼻水をすすりながら、少年は言う。
「オルラッド、頼むからイケメンということを自覚してくれよ。世の女性は皆お前を狙っている。……一部例外はいるけれども」
「ええ?」
困惑するイケメン。その姿すらイケメンである。
ジルはそっと歯噛みした。
「……というか、オルラッドこんなにモテるのに好きな人いないの? いや、こういうの聞くのもどうかと思うけどさぁ」
掴んでいた衣服を離し、浮かんだ疑問をそのまま口にしてみる。大した返事は返ってこないだろうと予想していたジルの目前、オルラッドはなぜか目を見開き、一歩後退した。無言で首を振る彼に、少年は眉を寄せる。
なぜだろう。何か様子がおかしいような……。
「……なんか、オルラッド、様子おかしくない?」
つい問いかけてみる。オルラッドは首を振った。
「ぜ、全然。普通だとも。あ、そうだ。俺少し用事を思い出したからちょっと外に出てくるよあいたっ!?」
流れるような動作で壁にぶつかった彼は、明らかにおかしい。挙動不審もいいところだ。
これは間違いない。好いている人がいるぞ。
ジルは笑う。それはもう悪どく。
「ほっほーう。オルラッドさん、さては好きな人いるんですな?」
「い、いないよ?」
「またまたぁ。隠さなくても大丈夫ですぜ、旦那。俺にはわかる。というかオルラッドわかりやすすぎてわからないわけがない」
さあ、隠さず吐きたまえ。
詰め寄るジルに、オルラッドは後退。その背を壁にぶつけた彼は、慌てたように両手を振る。
「ご、誤解だ。誤解だから。恋愛感情を向けるような女性なんていない。本当に」
「……ふーん」
怪しむ目つきは変えぬまま、しかしこれ以上問い詰めてはあれだと、ジルは身を引いた。そんな彼の様子に安堵したようだ。オルラッドはほっと肩をなで下ろす。その姿は、とてもじゃないが最強の剣士とは思えない。
「と、とにかく、そういうことだから。俺は部屋に戻るよ」
解放されたことに安心してか、英雄はそう告げる。
そんな彼に、ジルは口端をあげながら問うた。
「……なあ、オルラッド」
「ん? まだ何かあるのかい?」
「いや、外行くんじゃなかったの?」
一瞬の沈黙。
すぐに駆けて行ったオルラッドを見送ったジルは、いつかその想い人を聞き出してやろうと心に決めた。
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