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第三章
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しおりを挟む──ああ、なんて極楽なのだろう。
少年は目の前に並ぶ、豪勢な洋食料理を眼下、口元を引き攣らせる。考えていることと表情が一致しないのは、割り当てられた広い部屋の外から聞こえる、女性が張り上げる黄色い声のせいなのかどうなのか……。
温泉、食事、受けてはいないがマッサージまであるこの宿屋。他の客が店内に見受けられないことから、今ここは、恐らくだが貸し切り状態であるとジルは予想していた。
予想して、彼は改めて、イケメン効果の怖さを知る。世の女性はどうしてこう、イケメンに弱いのか……。
贅沢に盛られたフルーツに手を伸ばし、赤い果実に歯を立てる。そんな少年の傍ら、じゃがいもを潰して作られたあたたかなスープを飲んだアランが、その整った顔に微笑を浮かべた。
「あら、美味しい」
お気に召したようだ。嬉しそうに食事を進めている。
「……にしても、オルラッドには同情するのね」
アランとは反対側、ジルの隣に座るミーリャは、柔らかそうな肉料理を皿に盛り、それを手にしたフォークで突き刺しながらそう言った。
豪快というかなんというか。いや、それを咎めることはしないが、もう少しお淑やかさというものをだな、うん……。
頭部の獣耳を激しく動かしながら、ジルは再び果実に噛み付く。
「なぜ同情なんだい?」
ミーリャの前方に座るオルラッドが、彼女に問うた。ナイフとフォークを器用に使うその姿は、どこか高貴さすら感じさせてくれる。いい所の出なのは確かだと思えるほど、素晴らしく整った優雅さだ。
不思議そうなオルラッドに、肉を食しながら、彼女は言った。
「騒がれて鬱陶しくないのか、そう言いたいのね」
「ん? ああ、なるほど……」
振り返りはせず、背後に存在する扉を気配だけで確認。一度考えるように視線をあげ、それから顔を元の位置へ戻すオルラッド。輝かしくも優しい微笑みが、その顔に浮かべられる。
「慣れだな」
「慣れかよ」
イケメンは苦労しているようだ。
同情のせいか、少年の頭部で獣耳が折れ曲がった。
「慣れ……それって、なんだか凄いわね」
ふと話に入ってきたアランが、前方に座るアドレンを見る。なぜか骨をくわえ、それに歯を立てている彼に、肩を竦めてみせた。
「にーになんて、生まれてこの方、一度もモテたことがないのに……」
なんと、それは意外だ。オルラッドは規格外だが、アドレンとて顔の造形は良い方。それに、男らしさならオルラッドより間違いなく彼の方が勝っている。なのにモテないとはこれ如何に。
世の女性はこういうタイプ苦手? いやまあ、近寄り難い雰囲気だってのはなんとなくわかるけど、それでも普通はモテるのでは……。
悶々と考えるジルの傍ら、アランが呟く。
「まあ、にーにがモテないのは、イビルの塔から出なかったのが一番の原因だと思うけど……」
「ひっきーかよ!」
そりゃモテるはずがない。閉じ込もっている奴を誰が見つけて黄色い声を発するというのだ。そんなのストーカーくらいしか思い浮かばないぞ。
「外に出れば少しはモテると思ったんだけど、やっぱり無理ね。所詮にーには引き立て役なのかもしれないわ」
至極残念そうに、白き少女は己の頬に片手を宛てがいため息を吐き出した。そんな彼女に、さすがのアドレンも言いたいことがあるらしい。
くわえていた骨を皿の上に起き、新たな食べものを手に取りながら、彼は告げる。
「アラン、俺だって傷つくということをお前はそろそろ知るべきだ」
「あら、本当のことじゃない。というかモテたいという願望はあるの?」
「いや、ない」
キッパリと切り捨てたアドレンは、オルラッドを一瞥。げんなりとした顔で頭を振り、視線を手元へ。
「こんな騒がしい空間で平然とするのは、俺には無理だ」
「ふん、弱いな」
「あ? んだとコラ」
「はーい。食事中に喧嘩はやめよーねー」
大体、お前らは一体何について争いあっているんだ。くだらないことですぐ喧嘩するのはやめてくれ。こちらの負担が増える。
内心頭を抱え、スープを飲む。少し黄色い、しかし白いそれからは、芋の味がした。
「ところで、明日からはどう動くの?」
そう問うたのはミーリャだ。甘いスイーツに目を奪われそれを手に取る彼女は、なんだか歳相応に見える。年齢知らないけど。
口内に残ったスープを飲み込んでから、少年は返事を返す。
「とりあえず、青雲の城を知ってるっぽい人いたから、その人から情報もらって出発かな。ドラゴン組み大丈夫かなー……」
ペット禁制故に、あの巨大ドラゴンとポチは店の人に預けてある。なんともないと良いのだが、少々不安だ。
「何かあればアランが気づく。問題ねぇさ。それより、その青雲の城を知ってるっぽい人、ってのはどんな奴なんだ?」
「獣族の人。狐っぽくて、緑の服着てる。あ、新聞持ってたな。カバンに詰め込まれてたような……」
ミーリャとオルラッドの手から、少々薄汚れた銀色のナイフとフォークが落下。同時に噎せる彼らに、何事かとジルたちは目を瞬く。
「ゴホッ、ゴホッ! じ、ジル、その人物、本当にこんな場所に……?」
先に回復したのはオルラッドだった。水を飲みほした彼は、未だ若干噎せているものの、言葉を紡ぐことは可能らしい。僅かに目尻に涙を浮かべながら、片眉を顰めて疑問を口にする。
「い、いたけど……なあ、アラン」
「ええ、ジル様の言葉に嘘偽りはないわ」
頷くアラン。ミーリャが頭を抱えた。
「お、お前らの無知さにはほとほと呆れるのね……そいつ、ジルの証言通りの見た目なら、情報屋で間違いないのよ」
情報屋? まさか、救済措置を施してくれるヒントキャラだったというのか? あの狐が?
口を開け、ミーリャ曰く間抜けヅラで固まるジル。ゲーマーの彼は知っている。ヒントキャラがいかに大事か、ということを。
「しかし、おかしい。情報屋は西の国にしか存在しないはずだ。なぜ北国の首都にいるんだ?」
「本人探し出して問い詰めないとわからないのね。まあ、西で何か起きてる可能性があるんだろうけど。……全く、どうして気づかなかったのか……頭痛がするのよ」
落ち込む二人。その様子に察する。なるほど、あの情報屋なる狐はかなりのレアキャラだったようだ。この北国では滅多にお目にかかれないほどの。
「……西っていえば、確か聖地があったよな? なんだっけ? カルボナーラみたいな名前だったような……」
「聖地カルナーダ。パスタじゃないのね」
鋭いツッコミありがとう。
そうだったそうだった。そういう名前だったと、少年は頷く。
「そのカルナーダで何か起きてるのかもしんないなぁ。予想だけど」
「聖地で事件? 有り得ないのね。あそこを統べる奴には誰も逆らえんのよ」
「そんなにすごい人なの?」
問われたミーリャは破顔する。こいつの無知さは理解していたが、まさかそんなことすら知らなかったとは……。頭痛が増した気がする。
頭を抑え呻く彼女に、聞いてはいけない事柄だったかと、ジルは理解した。慌てて口を抑え「なんでもないです」と顔をそらす彼は、いつもの事なのだがやはり情けない。
「ジルは、もう少し世間について学ばないといけないね。拠点を見つけたら、暫くは勉強かな?」
笑顔で告げるオルラッドに、少年は獣耳を垂れる。同時に、巻き込まれることを恐れたアドレンが、そっと横に視線を向けていた。
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