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第三章
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しおりを挟むジルとアランが話しを終えた頃、残された者は全力とも言える共闘に勤しんでいた。和やかな子供たちとは対照的に、こちらはかなり切羽詰まっているらしい。いずれの者も表情が険しい。約一名、気絶したままのオルラッドを除いて。
奇怪な敵の、奇妙ともいえる舌攻撃。舌のくせにやけに破壊力があるそれをなんとか交わし、前衛を努めていたアドレンは後方を振り返る。
「おい! まだかよガキ!」
叫んで、飛んだ。そのまま向かってくる舌の進行を、物質攻撃で妨げる。
「やかましいのね! できてたらとっくにぶっ放してるのよ! お前諸共!」
「俺への避難警告忘れたら末代まで祟るからなテメェ……!」
まだ余裕があるのかどうなのか。存外元気に騒いでいるアドレンに舌を打ち、ミーリャは己の足元に雑に転がされたオルラッドを一瞥。悪夢でもみているのか、険しい表情の彼を一蹴しておく。その際、なぜかポチが呻き声をあげていたが無視した。
「こういう時、一番頼りになる奴のくせして何やってるのね!」
言ったところで意味は無い。それはわかっているが、言わないとこちらの気が済まないのもまた事実。
ギリギリと歯を軋ませ、恨みがましく睡眠(気絶)中のオルラッドを睨む。それから、募る怒りをぶつけるように、彼女は中断していた詠唱を再開した。
「『我、黒き血を引く断罪者なり』」
少女が紡ぐのは、他者には理解できない不可解な言語。
「『我が道を阻まんとする愚か者に、祝福を与え奉らんと我は願う。罪よ、咲き誇れ。その悪しき炎を持ってして、我が敵に祝福を』──下がるのね!」
返事もなく飛び退いたアドレンを確認し、少女は放つ。紫色の炎を。
「ボル・デ・レヴェイン!!」
突き出された白い片手。その動きに合わせ空中より飛び出した炎は、幾つかに分裂し、蛇のようにその身をくねらせ蠢きあう。そしてそれらは、少女の敵を焼き付くさんと、周りに存在する建築物を破壊しながら前方へ。
「おー、すげぇすげぇ」
凄まじい破壊力に、上空に足場を作成し、そこに避難したアドレンは笑った。氷に似た建物が炎の熱により溶ける様は、こう言ってはなんだが美しいものである。
「これで終わってくれると楽なんだがなぁ」
吹く風に攫われぬよう、頭に乗せた帽子を片手で抑える。そうして、呆気なくも、なす術もなく紫色の炎に包まれてしまった敵を見下ろした。
「──あぁああ゛ッ!!」
耳を塞ぎたくなるような、悲痛な叫び。辺り一帯に響き渡るそれは、その身を焼かれる苦しみを、聞く者に存分にわからせてくれる。
「なぜ、なぜですかぁあっ!! 我らは、われらは共に、同じ、おなじしゅぐめいを゛っ!!!」
揺らめく炎の中、黒い影となりつつある女は、警戒を怠らぬミーリャへと手を伸ばす。
求めるように、乞うように。
「あなだがいればっ、わ、われわれはっ、ども、ともに゛、な゛のに、なぜ……ッ」
「しつこい!」
憤慨したように、少女は術の力を強めた。当然、女の悲鳴も増す。
「ミーリャは知らない! お前たちのことなんかっ! 知らない、知りたくもないっ!!」
最大出力で放たれた炎が、限界を迎えたのか消失する。少し消耗しすぎたようだ。肩で息をするミーリャの額には、僅かながらも汗が滲んでいる。
そんな少女の視界の先、すでに灰寸前まで焼かれた女が、それでも尚その場に佇んでいた。すっかり黒焦げてしまった皮膚は既に再生の機能を失っているようで、本来の美しい肌に戻る様子は見受けられない。
「……しらない、しらない」
女の、剥き出しになった白い歯が、カチカチと鳴る。
「わたし、たちを、えっと……あなたは、うんと、ひてい、する……ひてい、きらい、きらわれる……」
淡々と紡がれる声は、今までの悲鳴が嘘のように静かなものだ。
嘆くわけでもなく、憤るわけでもない。ただ言いたいことを、言いたいように、言っているだけ……。
「えっと、そう、そっか……なら、うーんと、しかたない、ですね……」
最後にはとびきりの嘲笑を含んで、女は告げた。
「──思い出すまで殺しましょう」
いやにハッキリと、殺意が込められた言葉であった。
短い一文が鼓膜を揺らすと同時、ミーリャの目前には長い舌が迫っていた。女の口から飛び出したそれは、先端を鋭く尖らせ、一本の槍のような形になっている。
逃げられない。避け切れない。間に合わない。
間近に迫る死に、悲鳴すらあげることなく、ミーリャは瞳を見開く。
記憶が巡る。やけにゆったりと。これが噂に聞く走馬灯なのかと、どこか冷静な頭で理解する。
理解した瞬間、彼女の脳裏には、優しい『彼』の笑顔があった。いつでも優しい、『彼』の笑顔が──。
「──ジ……」
二つ目の音は、目の前に飛び散った鮮血に目を奪われ、紡げなかった。しかし彼女の言おうとしたことは、誰にだって想像できる。
「……悪いね、彼じゃなくて」
そう言い振り返った男は、その艶やかな赤毛を揺らしながら、整った顔に微笑を浮かべた。
ようやく起きたのかと思う間もなく、彼は手にしていたナイフを放り、片手を顔ほどの高さへ。何かを求めるように、その手のひらを上空に向ける。
「──おらよ」
気怠げな声と雑な動作で、アドレン特製の武器が放られた。赤黒いそれはご丁寧なことに、剣の形を催している。
「……雑だな」
「うるせえ! 図工は苦手なんだよ!」
それは新事実だ。
受け取った、若干歪な形の剣を手の中で回し、構える。そうして駆け出した騎士は、迫り来る舌先を幾度も切り刻みながら前へ。黒焦げた敵の目の前に飛び出たかと思えば、片足を軸に反転。勢いづけて敵の体を分断する。
「ぎゃっ」
短く発された悲鳴は、本当に女の声かと疑ってしまう程に酷いものだ。
地に倒れた女を見下ろし、オルラッドは再び剣を構えた。そうして、まだ辛うじて息のあるそれの頭部を両断。再生しないことを確認してから、踵を返す。
「……あいつ居れば世は安泰だな」
「安泰なのは奴に味方認定された者だけなのね……」
こそこそと言葉を交わし、オルラッドの恐ろしさを再認識する二人。そんな彼らに気づいたオルラッドは、ただ困ったように笑っていた。
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