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第二章
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しおりを挟む「もう! 一体どういうことなのかしら!」
世間一般で言う、鈴を鳴らしたような声。その表現に些か近いような、可愛らしくも少しばかり大人びた、そんな声が背後から聞こえて、ジルは慌てた様子で振り返る。
──背後に、天使がいた。
天使を象徴する白銀の羽はどこにも見受けられないが、それでも天使と形容する他ない絶世の美少女。
真っ白な髪は腰下まで伸びており、それに相反するような瞳は透き通る宝石のように赤い。身長はジルより高めで、百六十以上はあるだろうか。かなりスラリとした背の高い女性だ。所謂アルビノ、と呼ばれる存在だろう。
赤い筆でサッと描かれた、不可思議な模様の施された白い着物を身に纏うその美少女は、不満からか、その柔らかそうな頬を軽く膨らませ、特徴的な赤い瞳をほんの少し細めている。その表情すら美しいのだから敵わない。
ジルは自然と少女の姿を凝視しながら、キラキラとその双眼を輝かせた。もちろん、そんなジルの視線に、少女が気づかないわけがない。
彼女は軽く両腕を組み合わせ、小首を傾げる。それから品定めするようにジルの姿をじっと見つめてから、その頭部に存在する獣耳に目をやった。
「あら? あなた、獣族?」
「ハーフです!」
ついつい元気な声を張り上げたジルに、少女は一瞬軽く瞳を瞬く。それから己の片頬に手を当てがい、ほう、と小さな息を吐き出した。
「まあ、なんてこと。こんな町中に獣族がいるだなんて……大丈夫? 人間共に変なことされなかった?」
心配しているようだ。やや不安げな少女が、その整った顔をジルへと近づける。当然、女性に耐性のないジルは、自然とその身を後方へ。激しく獣耳を動かしながら、「待って待って!」と両手を振る。
「可愛い子にそんなに近寄られたらドキドキしますから! もうちょっと距離を置いてくれると俺の心臓が助かります!」
「……かわいい?」
これは驚いた。そう言いたげに瞳を瞬き、少女はやがてほんのりと頬を染めた。両手を頬に当てる様は、非常に愛らしいものである。
「かわいいなんて言葉、初めて言われたわ」
「え、うそ、君そんなに綺麗なのに?」
「き、綺麗? 私が? ありえないわよ」
否定するように頭を振り、少女は言った。
「私、病気だもの。綺麗なんて、かわいいなんてありえないわ」
「いや、いやいやいや。君、わかってないな。君みたいなデンジャラスで素晴らしいお方は世界の宝なんだぜ!」
一応言っておくが別に口説いているわけではない。しかし、少女はジルの言葉を受け、顔の赤みを増していく一方。
「あ、あなた、とても変なことを言うわ。私なんか褒めたって何も出ないんだから!」
「心の底から思ってることを口に出したまで! 何か欲しくて言ってるわけじゃないって! まあ、強いて言うなら君の笑顔は欲しいかもしれな──」
「何してるのね」
「あがっぺ!!?」
ジルは勢い良くその場から飛び退いた。別の意味でうるさくなり始めた心臓部分を片手で抑えながら、いつの間に現れたのか、仏頂面で佇むミーリャへと声を荒らげる。
「あのさ! 出てくるなら前もって合図してくんない!? 俺の心臓デリケートだから!!」
「ミーリャの知ったこっちゃないのね。それよりこんな場所で何時間喰ってるのよ。ホワイトエッグの情報集めはどうなっているのね」
「お、おうふ」
凄まじい表情で畳み掛けられ、ジルは慌ててミーリャから視線を逸らした。
まずい。とてもまずい。絶世の美少女に出会ったお陰ですっかりこってりホワイトエッグの事が頭から吹き飛んでしまっていた。そんな事実を知られた暁にはどんなに恐ろしい仕打ちが待っているか……。
ダラダラと無言で冷や汗を流すジルに、助け舟を出したのは白き少女である。彼女は「ホワイトエッグ……?」と口の中で小さく単語を呟くと、すぐに何かを思い出したように両手を合わせる。
「私、それ知っているわ」
「え!? まじすか!?」
「ええ。褒めてくれたお礼に連れてってあげる。こっちよ」
そう言って少女が向かったのは、漆黒の大地が存在する方向だった。
◇◇◇
──真っ白なたまご。
ホワイトエッグの名に相応しい、それはもう輝かんばかりの純白にその身を染めた巨大な卵型物体。その表面をトンカチで叩き穴を開けたなら、きっと中から出てくるのは艶のある黄色い……
「卵黄なんて出てきませんよね、これ……」
若干遠い目で呟いたジルの頭上で、巨大なドラゴンが咆哮をあげていた。
あの後、わりとすぐにホワイトエッグは発見できた。しかし、その外観は予想に反したもので、白とは言い難い、黒々とした色に染まり果ててしまっていたのだ。なんたること。
しかも形は円形でもなければ卵型でもない、言い表すならば六角ペンチに近い形をした巨大物質。子供の純粋なる夢を壊された気分だと、ジルは静かに嘆いた。その傍らで、ミーリャが睨むような視線を真っ白な少女に向ける。
「……これがホワイトエッグ? 冗談も大概にするのね」
「あら、冗談なんて言っていないわ。これは正真正銘ホワイトエッグそのもの。いえ、その中身が殻になった状態、といった方が正しいかしら……」
少女は腹の前で軽く指先を絡ませながら、一歩前へ。くるりと踵を返し、静かに天を指し示した。
「ほら、見えるでしょう? あのドラゴン。あれはこのホワイトエッグから産まれたドラゴンが子を孕み、産んだ子が縄張り争いで傷つけた別のドラゴンが孕んでいた子供の子供なの」
「待って。すごいわかりにくい」
つまるところこのホワイトエッグ何も関係なくない?
つっこむジルに、少女は「そうねぇ」と呑気に頷く。この子、もしかして天然属性ではなかろうか……。
「でも、ホワイトエッグからドラゴンが誕生したのは事実よ。私見たもの。で、中身を失ったホワイトエッグの成れの果てが、これ」
そう説明されると自称ゲーマーは納得できる。なぜならこういう設定はよく耳にしたり目にしたりするからだ。ゲーム内で。
しかし、ミーリャからしたら納得のいかない説なのだろう。彼女は不満気にふんっ、と鼻を鳴らしてみせる。
「この目で見ないとそんなアホなこと信じられないのね」
「まあ、あなたには夢がないのね。固定概念に囚われていては、本来ならば楽しいはずのことも楽しめなくなるわよ」
「余計なお世話なのね!」
噛み付く勢いで怒鳴るミーリャを、からかう様に少女は笑う。
「ああ、そうそう。忘れていたわ」
ふと、彼女はそう言って両手を叩いた。それから、実に優雅な動作で己の頭を下げてみせる。
「私の名前、アラン・バルディオンというの。どうぞよろしく、おチビさんたち」
顔を上げた少女の顔には笑みがあり、それはとても明るく、かつ楽しそうに輝いていた。
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