騙された私も愚かでした

メリーへの注意

　お父様にお話をした事で、気持ちが少しは晴れたのですが…　
　私は心の中に、何か言葉では言い表せない、とても嫌な感情を抱いていたのです。
　本当は会いたく無かったのですが、自室に戻り仕方なくメリーを呼び出しました。
　お茶を飲みながら待っていると、暫くしてから扉を叩く音がしました。
　私は重苦しい感情を隠して、入室の許可を出します。
　「どうぞ、お入りなさい」
　「メリーです。お呼びでしょうか、お嬢様」
　「貴方に言わなければならない事があるの。ハロルド様は、私の婚約者なのです。使用人の貴方が、彼と視線を合わせるのは、とても失礼な事なのよ。家庭教師から教わったでしょう？」
　「申し訳ありません。お嬢様」
　「貴方は、パーティで問題を起した事を、忘れてしまったのかしら？」
　「忘れてはおりません」
　「パーティへ連れて行けなくなった理由を覚えているのなら、どうして同じ過ちを犯そうとしているの？」
　「お嬢様。私は過ちなど、犯しているつもりはありません」
　「メリー。私、何度も貴方に注意をしたわよね？見目麗しい容姿に恵まれた貴方を、私もお父様も良い所へ嫁がせてあげたかったのよ。それが叶わなくなったのは、私達の所為だと思っているの？奉公先が上手く決まらない事も、全部私達が悪いと思っているのかしら？」
　「そんな事はありません。ご主人様には恩を感じております」
　「だったらどうしてなの。何時も、ハロルド様を見つめているのは知っているのよ。貴方の軽率な行いで、お父様は侯爵家に謝罪の手紙を出す事になったの。一体何処迄、伯爵家の家紋に傷を付けるつもりなのかしら。貴方は伯爵家の使用人だと言う事を、きちんと理解しているの？」
　「申し訳ございません。お嬢様」
　「メリー。私はね、貴方が憎くてこんな事を言っている訳ではないの。でもね、これ以上伯爵家の面子を潰す行為を、見過ごす事が出来ない位迄来てしまったわ」
　「誠に申し訳ございません。以後気を付けますので、どうか解雇だけは…」
　メリーは、床に這い蹲って、泣き出してしまったわ。
　淑女教育迄したと言うのに、本当に理解しているのかしら？
　私は溜息が零れてしまいました。
　「解雇迄は考えていないわ。みっとも無い真似は止めて、顔をあげなさい。メリー、貴方は今後一切、お客様の前に出る事を禁じます。分かりましたね」
　「はい、お嬢様。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
　本当に反省しているのか、疑わしい気がします。
　「もう、下がってもいいわ」
　「はい。失礼致します」
　メリーが背中を向ける瞬間に、嘲笑っている様な表情が見えた気がして、私は鳥肌が立ちました。
　「見間違いよね？」
　自分が彼女に情けを掛けている事は、よく分かってはいるのです。
　ですがメリーのあの容姿は隠しきれないものですから、騙されて娼館等に売り飛ばされでもしたら、彼女の人生が滅茶苦茶になってしまと思うのです。
　私が嫁いでしまえば、頻繁に若い令息が訪ねて来る事は、無くなるでしょう。
　そうしたらメリーは落ち着いて、将来の事を真摯に考えてくれるのではないかと思っていたのでした。

　嫁ぐまでの辛抱だと、この時の私は考えていたのです。