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第3話 偽造された封蝋

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 私が嫁いで来てから、三か月が過ぎて行った。
 未だに夫は、私を別邸に戻すつもりも、離れに様子を見に来るつもりも無いみたい。
 「私の存在を忘れてしまったのかと、疑ってしまうわね」
 何度か実家へ帰りたいと、手紙を出そうと思ったのだけれど…
 既に私は疵物になってしまった。
 「白いままだったら、良かったのに…」

 結婚を喜んでくれた兄や両親の事を考えると、この状況を伝える事が憚られた。
 心配をかけたくなかったので、他愛の無い手紙は何度か出したけれど、嫁いだ娘に実家からの手紙は来なかった。

 「もう三か月も経つのに、実家から私への手紙は届いていないのかしら」
 「はい。毎日朝と夕に確認はしているのですが、届いていないと伺っております」
 「そう…おかしいわね」
 私は、ポソリと呟いた。 
 「無理にとは言わないけれど、さり気なく確認して欲しいの。両親からも、兄からも、音沙汰が無いのはおかしいわ」
 「かしこまりました」

 それからまた時が流れたある日の朝。
 「奥様、大変でございます」
 「どうしたの?落ち着いて話して頂戴」
 「はい…どうやら奥様への手紙は、ハンナ様が全て管理されているようです」
 ハンナが?
 「それは、どういう意味なの?」
 「はい、御実家からの手紙は、全てハンナ様が開封されておりました。それだけではございません。奥様の封蝋を使って、返事まで出している様です」
 「なんですって。封蝋は私の手元にあるのよ?」
 私は思わず立ち上がった。
 勢いが付き過ぎたせいで、執務机にあったインクが零れてしまったわ。

 「恐らく、偽造されたのではないでしょうか…」
 「そんな…」
 「誠に申し上げ難いのですが…奥様が御実家に送られた手紙も、ハンナ様が中を確認されているそうです」
 「嘘でしょう…どうして?何の権利があって、私の手紙を管理しているの」
 私は眩暈を覚え、立っていられず、机に手を付いてしまった。

 「大丈夫ですか、奥様。直ぐに医者を…」
 「大丈夫よ、心配しないで。驚いただけだから」
 成り済ましもだけれど、封蝋の偽造も重罪なのよ。
 「夫は、この事を知っているのかしら?まさかとは思うのだけれど、夫の指図なの」
 「申し訳ございません。そこまでの情報は、得る事が出来ませんでした」
 「そう、ありがとう。もう下がって大丈夫よ」
 「はい、何かございましたら、直ぐにお呼び下さい」

 「信じられないわ。他人の手紙を、勝手に読む事だって許されないのに…偽造した手紙迄出すなんて、いったいあの方達は、何を考えているのかしら」
 この頃には、私の体調も落ち着いて来た事もあり、沸々と怒りが湧いて来た。
 ふと視線を感じたので、窓の外を見ると、ハンナと目が合ったみたい。
 大きくなり始めたのか、お腹をさすりながら、こちらを見て不敵な笑みを浮かべていた。
 夫も、愛おしそうに、彼女のお腹を撫でている。

 「相変わらずね、本当に嫌な人達だわ。私の事が嫌いなら、こんな離れの近く迄、来なくても良いでしょうに…」
 そこで私は、月の物が来ていない事に気付いた。
 「最後に来たのは…嫁いで来る前だったわ。まさか…そんな筈無いわね」

 精神的ショックが大きかったのね、仕方ないわ、気に留めるなと言う方が無理なんですもの。
 「悪い事をした人には、きっと天罰が下るわよ」
 私は自分に言い聞かせるように、視線をそっと反らせた。


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