咆哮の届く先

石木南花

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一章

軋む歯車

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 晴れ渡る冬空、窓辺から見下ろす街並みは、相変わらず人で溢れている。
 人の気も知らずに、と愚痴が喉を越えるのを堪え、ため息を吐いた。
 ここ数年で一気に加速し始めた大地活動力ラグマナの低下。その影響は少しずつではあるが表面化しつつある。
 辺境では、また飢餓で村が無くなったと知らせがあった。
 その噂は何処からか拡がり、首都レイディスにも届くまでとなっている。
 国民に混乱を招く行為として、いくら罰則を設けても、人の口にとは立てる事は出来ない。
 それよりも抜本的な原因究明と措置を講じなければ国民の理解は得られないだろう。
 その事を考えるだけで頭が痛い。
「閣下、陛下がお呼びです」
 発作的に頭を抱えた。
「直ぐに向かう」
 そうは言ったものの、足取りは重かった。
 現在即位しているルノア陛下は、戴冠したばかりな上にまだ若く現状を重く捉えていない。
 これまで幾度か進言をしたが、軽くあしらわれている。
 だが、このままの大地活動力が低下の一途をたどれば、帝国が内側から崩壊していくだろう。
 腹を据えて議場のへ扉を開けた。
 議場には、既に自分以外の顔がズラリと並んでいた。
 その顔は皆苛立ちを隠しきれていない。
 それはそうだろう。先日起きた村の調査や情報統制の真っ只中、召集理由も知らされずに集っているのだ、流石に穏健派である大臣たちの顔にも苛立ちがみえる。
「皆、揃ったな」
 末席に着席すると同時に、ルノアは声を発した。
「今日ここに集まってもらったのは、他でもない我が国の大地活動力についてある報告が入った為だ」
 原稿に目を落とし喋るルノアに皆の視線が集まる。
 通常、この様な事は関係のあるロイス大臣が報告を行うこととなっている。
 だが、そのロイス自体も事を知らされていないのか、目を丸くし、ルノアを見つめている。
「この度、大地活動力の研究をしてきた研究所が、大地活動力の回復において成果を上げたという一報があった」
 議場は一気にどよめき立った。
 今まで遇われてきたのは、その【研究】の成果が出る見込みがあったからなのだろうか。
 これにはロイスも憤りを隠せない様子で、鼻息荒く口を開いた。
「陛下、わたくしはその様な研究について一切存じておりませんが?」
 ロイスは大地活動力の合理的な活用法を提言し、その功績が認められて大臣として挙用されたという誇りがある。
 それがルノアの代へと変わり、自分の意見も聞き入れず、しかも自分の知り得ない所で研究が進んでいたのだ。
 その憤りも大いに理解出来る。
「ロイス、お前の進言にはにはほとほと呆れていたのだよ。やれ軍事活動を縮小しろだ、やれ宴を無くせだのと……」
 軍事活動を縮小すれば、その分軍事開発などの研究に費やされる大地活動力が減る。宴を無くせば国民が重税に苦しむことも無くなる。
「その様な事をすれば、敵対諸国からの攻撃の的になる上に、宴を無くせば皇族の威厳すら無くなってしまうではないか」
 ルノアは極真面目に言っているのだろうが、議場にいる誰もが耳を疑った。
 ロイスに至っては肩を震わせ、今にも罵声を浴びせんばかりの形相でルノアを睨みつけている。
「では陛下、そのような課題を払拭出来るという、大地活動力の研究成果を我らにお教え願えますか?」
 緊縛感の漂う二人の間に割って入ったのは、軍事最高責任者であるボーガン元帥。
 ボーガンは腕を組み、感情露出の乏しいその瞳でルノアを見据えている。
 議場において発言することは滅多に無い寡黙な男が喋ったのは、軽率な発言をしたルノアと、我を忘れそうになっているロイスを牽制する意味合いもあったのだろう。
 その思惑は、少なくともロイスには伝わったようで、ルノアから視線を外した。
「その事だが、の口から説明するよりも、本人から聞いた方が良いと思い、待機させている」
 入れ、と声が掛かると扉がゆっくりと開いた。
 扉へと目を向けると、そこには意外な人物が立っていた。
 先代が発足させた大地活動力の研究院で院長を務め、天才と謳われた人物。
 しかし、行き過ぎた研究を繰り返し、先代に追放された。
「お初にお目にかかります、わたくし、トラウトと申します」
 丁寧に腰を折るトラウト。
 古参者であるボーガン、ロイス、そして自分以外はトラウトの素性は知らないだろう。
 その伏せた顔に、醜悪な笑みを浮かべているのかと思うとぞっとしない。
「トラウトよ、主の研究について説明せよ」
 ルノアの声に顔を上げ、困り顔を作ってみせる。
一介・・の研究員でありますわたくしめが、このような場をお借りしてもよろしいのでしょうか?」
 含みのある言い方に、思わず眉間にシワが寄る。
 昔の印象がまざまざと蘇り、嫌な気分になった。
「余が許す、言うが良い」
 まるで自分の功績をひけらかすように、胸を張り不敵な笑みを浮かべ、トラウトを促す。
 はい、と軽く頭を下げるとトラウトは説明をし始めた。
「大地活動力を簡単に説明させて頂きますと、その土地がどれだけ豊かであるかを、先人が我々の目に見える値に示したものでございます……」
 そして、大地活動力は生命の循環サイクルを促す莫大なエネルギーという事が、近年明らかになった。
 それを軍事に、または生活へと転用し、繁栄を遂げたのがケイルビア帝国だ。
 自分の知り得る知識を重ね合わせ、耳を傾けた。
「では、その大地活動力を創り出しているものとは一体何なのか、それを私は見つける事に成功致しました」
 これには流石に感心し、皆から感嘆の声が漏れた。
 もし、それが本当であれば、大地活動力に枯渇に怯えて暮らすことも無くなるのだ。
「大地活動力を生み出しているのは古代竜グランバーンでございます」
 議場の空気が一気に冷めたのを感じた。
 古代竜とは、神が大地を創造した際に、この地の監視者として遣わしたと言われている。
「古代竜ですと?そのような神話に出てくる幻獣に縋るとは……面白い報告が聞けそうですな」
 ロイスが半ば馬鹿にしたように、そう言い放つと、議場がどっと湧いた。
「えぇ、ご期待に添える報告が出来るかと」
 四面楚歌であるはずのトラウトは、余裕の表情で続けた。
「私は、古代竜について現存している先人の遺した文献を読み、古代竜が最後に行き着いたといわれる先を発見し、その地を調査致しました」
 持参した地図を卓に広げ、トラウトはレイディスを指した。
「調査の結果、レイディスの地下には大地活動力を微かながら放出する生物が眠っていたのです」
 馬鹿な、と口々に皆声を上げた。
「この地の調査は既に終えているはずだ」
 またも噛みついたのはロイス。
 それはそうだろう、大地活動力の研究を任され、国土の調査を先駆けて行わせたのがロイスなのだ。
「ロイス殿、貴殿の調査では調べなかった場所が一つだけあったではありませんか」
 ──大聖堂。
 皆の思い浮かべた事は一致しただろう。
「大聖堂の地下を掘ったというのか……あの場所は……」
 ロイスの言葉を横から遮り、トラウトは続けた。
「聖域であるから不可侵である、と言いたいのでしょう。ですが、神の話を否定した貴方がそれを言われますか?」
 次々と変わるその場の雰囲気を、この男は楽しんでいる。
「これは、陛下からも承認を頂き行った調査でございます」
 その一言で、ロイスは口を閉ざし黙り込んだ。
 一番効果的な脅し文句を使い、皆の煩い口を塞ぐと、トラウトは満面の笑みで言葉を続けた。
「私たち研究員は、その大聖堂を掘削し、大地活動力の放出先へと辿り着きました。そして、そこには古代竜の骸と、卵が一つ眠っていたのでございます」
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