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王都編15 甘美なる猛毒
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王都編15 甘美なる猛毒
昼食を終え、通常業務を片付けつつやってきたのはお茶の時間だ。
その時間に合わせてグラシアールとの対談を入れていたので丁度良い小休止になりそうで安堵する。グラシアールと茶を飲む事で心が休まるなんて以前の「私」からじゃ考えられないな。
年に一度やってくるグラシアールとラソワの使節団が「私」はちょっと苦手だったから。アイツらは自らが好んだ相手に対する押しが強すぎるんだ。
腹を括って真っ向からぶつかれば気の良い連中なんだが、好き嫌いがはっきりし過ぎていて時折辟易する事がある。幸いな事に結構気に入られているようなので俺が接する分には暫くは安泰だろう。
貴賓を歓待する用の部屋に用意された代物は菓子もお茶もどれもこれも上等な品ばかり。ただ、グラシアールの好みは酒とつまみの方らしいので彼が滞在している間に何かしらの宴会でもやりたいところだ。
「さて、面倒だが政治の話をするか」
向かい合って座ったところで心底面倒臭そうにグラシアールが切り出してきた。一応公式の場なのでもう少しくらい取り繕って欲しいものだが、心底面倒なのは俺も同じなので黙って笑っておく。
そもそもセイアッドが追いやられなければ必要ない話し合いだ。話す内容も結末もある程度決まっているんだからだらだら話すだけ時間の無駄。
「……此度は私が不在の折とはいえ、我が国の者が大変失礼な事を致しました。グラシアール殿下の寛大な御心をもってお赦し頂ければ幸いです」
殊勝な態度でそう言いながらそっと差し出すのはラソワに対するお詫びの品を書いた目録のスクロールだ。直ぐに手に取ったグラシアールは中身をざっと改めてからニヤリと笑って見せる。リストの中に紛れ込ませておいた個人宛の酒に気が付いたんだろう。
「貴国の真心は受け取った。不測の事態とはいえ、折角戦が終わった所に波風立てたくないのは我が国とて同じ事。此度の一件は水に流して今後とも変わらぬ友誼を築いていこうではないか」
「有り難う存じます」
差し出された手と握手して政治の話はおしまいだ。
「……ところでそのピアスはどうなんだ」
呆れた様にグラシアールに言われてそこで漸く昨日つけられたピアスの存在を思い出して顔が熱くなる。今日は耳を出す様にとオルテガに長い黒髪を纏められたから周りから丸見えなのを忘れていた。
「アイツの独占欲も凄まじいな。まるで竜だ」
「んんっ、竜にもそういった習性があるのか?」
熱った顔を手で扇ぎつつ、咳払いで誤魔化しながら訊ねるとグラシアールが頷いた。
「竜という生き物はとても愛情深く、そして執念深い。一度気に入ったものは死ぬ迄離さないし、それを奪おうとする者には容赦しない」
「……」
なるほど、それは確かにオルテガに良く似ている。セイアッドに対するオルテガの愛執の強さは底無しだ。そして、それはどんどん酷くなっている気がする。王都に戻ってから周りに人が増えた事も一因なんだろうが、オルテガのガルガル度が爆上がり中だ。噛み付かないだけマシかもしれないが、誰彼構わず威嚇するなら狂犬と変わらない。
「早いところ安心させてやれ。社会的に確約があればアイツも多少は落ち着くだろう」
それが出来ないから手をこまねいているところだ。
現状、セイアッドとオルテガが婚約或いは婚姻する為にはお互いの身分が邪魔になっている。ガーランド家は代々騎士団長を務め、この国を守る最前線に立ち続けている。オルテガ自身も兄が怪我で引退した事を受けて自身が今現在の総騎士団長として就いている身だ。一方のセイアッドも同じ様な立場で、代々宰相を務めてきた家柄でしかも血統はセイアッドを遺すのみ。
この世界では男性同士でも子を成す術があるから後継ぎについてはあまり心配していないが、越えなければまだならないハードルは後継ぎ問題以前のものだ。
俺達の関係をどうこう言うのは今更な気がしないでもないが、今黙認されているのはあくまでもそれが「個人的な付き合い」だからだ。国王に容認を貰う婚約となれば家同士、ひいては国内の情勢にも関わってくる。国内でも有数の名家にして騎士団長と宰相の婚姻となれば権力の一極化が起きてしまうだろう。
「そう簡単にいかないから頭を悩ませているんだ」
政治的なしがらみに縛られて上手く動けない俺はどうしてもオルテガに我慢を強いてしまう。なんだかんだ言いながらもオルテガの好きにさせるのはそんな負い目があるからだ。
求められるままに返せるならばどれ程良いのだろう。しかし、自分達の立場と肩書きがそれを許さない。それなりに整えなければ足元を掬おうとする者も出て来る筈だ。そうさせない為にも盤石な仕込みが必要な訳で。
「ローライツのしきたりは面倒だな。うちならばもっと話は早いのに」
「……同感だ」
しがらみばかりで好きな相手と添う事すら多大な労力が掛かる。無駄でしかないが、それも長い歴史の中でそれなりに理由あっての事だ。
好き勝手に婚姻関係を結べば、国内の貴族の力関係と血統がどんどん偏ってしまうだろう。そうなれば、争いが起きるのは必然だ。
婚姻に国王の許しが必要なのは権力の偏りを避け、様々な勢力が表だけでも結び付いている必要があるから。公的に繋がりが出来れば、それだけでも見栄っ張りで矜持だけは高い貴族達に対する抑止となる。内乱を牽制し、国の安定を図る為に。長い歴史の中で築かれたしきたりだ。
…セイアッドとオルテガの関係が無用な争いを生むのならば、「私」はオルテガを選べない。何よりこの身はこの命は国の為に民の為に在るものなのだから。
俺が上手く立ち回れなければ、オルテガは永遠に手の届かない存在になってしまう。
「悪かった。お前にそんな顔をさせるつもりはなかったんだが」
グラシアールのすまなそうな声に思わず自嘲する。顔に出てしまうなんて失態だ。
「アールが謝る事じゃない。フィンに我慢をさせている事も、状況が上手く動かせないのもひとえに私の力不足故だ。この状況をどうにか出来るかは私次第なんだ。……諦める気はないから心配しないでくれ」
「お前がそう言うなら良いが……もう少しフィンの事も頼ってやれ。リアだけが背負うものではないだろう」
諭す様なグラシアールの声に小さく息を吐く。
オルテガは俺が頼れば絶対に助けてくれるだろう。だが、これは俺自身が足掻いてもぎ取らなければならないのだ。
ゲームのシナリオがどれくらい俺や世界に影響を及ぼしているのか分からないが、何かしらを破壊するならその手は最小限の方が良い。万が一、何かの皺寄せが来る時は関わった人間に禍いが降りかかるだろう。
だから、俺一人で成し遂げなければならない。
いずれ世界が牙を向いた時、オルテガや友人達を巻き込まない為に。万が一何か起きてもその被害が最小限で済む様に。
罰を受けるなら「俺」だけで良い。だから、物事の起点はなるべく全て俺に集める様にしたかった。
とはいえ、既にイレギュラーな行動を取っている者達も少なくないのは事実だ。それが後々にどんな影響を及ぼすか。この世界とゲームの話がどれ程繋がっているのか分からないが、セイアッドが追放された事も含めてある程度の強制力があったのは事実だろう。それが今現在も働いているのかどうかは初期のゲームシナリオやファンディスクの内容しか知らない俺に確かめる術がない。
もし、セイアッドが攻略対象者となっていたら。
そんな設定でシナリオを作るなら冤罪で追放された宰相が自身の潔白を証明して返り咲くような話になる可能性が高い。「俺」自身の行動がどこまで影響を受けているのか分からない以上、下手な手は打てないのが現状だ。せめて同じく転生者と思しきヘドヴィカと話せればいいんだが…。
うんうんと頭を悩ませていれば、徐ろにグラシアールが腕を伸ばして俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。いきなりの事に驚いていれば、彼は薄氷のような水色の瞳を優しく細めて俺を見ている。
「お前が何か抱え込んでいるのは何となく分かるが……もう少し周りに甘える事を覚えろ。傍に居ながら頼られないのは寂しいものだぞ」
優しいながらも鋭い言葉にギクリとする。オルテガに対する態度の事を言っているのだろう。
サーデの蜜の時にダーランにも似た様な事を言われたな。オルテガが俺の為に何かしたいと思ってくれるのはとてもありがたいんだが、俺の事情に巻き込むのは最小限にしたい。
そんな俺の態度がオルテガを傷付けているのも分かっている。それでも、彼だけは絶対に守りたいのだ。
「私としては十分頼っているつもりなんだけどなぁ」
「まだまだ甘やかし足りないんだろうさ。アイツは自分の懐に入れたら絶対に手離さないし、溺れるまで世話を焼きたがる類いの人間だ。お前が甘える程喜ぶぞ」
茶化す様にわざと軽い口調で言えば、グラシアールから恐ろしい言葉が返ってきた。
これ以上甘やかされたらダメ人間になる気がしているんだが、まだ甘やかし足りないというのか? 領地にいる時からのゲロ甘っぷりを遺憾無く発揮していると思うんだが。
「どこまでやればアイツの気が済むと思う?」
「朝から晩までお前に傅いて世話を焼いて、移動にも全部ついて回り、周りに見せつけつつ全力で構い倒し、お前の敵を撫で斬りにするくらいはやりたいんじゃないか」
重い。
流石の俺でも少しうんざり…しないな、多分。表向きは可愛げのない口を叩き、恥ずかしいって思いながらも最後の撫で斬り以外はオルテガの好きにさせて、結局ほんのちょっとだけ甘えさせてもらうのだろう。
「一度させてやったらどうだ」
「……ダメ人間になる未来しか見えないからダメだ。これ以上甘やかされたら戻れなくなりそうで……!」
ただでさえダメ人間化が進行しているのにこれ以上はダメだ。本気でオルテガがいないと生きていけなくなる。
既にゲロゲロに甘やかされているのを察したのか、グラシアールが呆れた様に肩を竦めた。
「それこそフィンの本懐だろうな。アイツもあんな好青年面しておいてなかなかに趣味が悪い追い詰め方をする」
呆れ顔で言うグラシアールの言葉に目を逸らし続けた事にトドメを刺された気がする。
何となくわかっちゃいたけど、オルテガの盛大な甘やかしは多少なりとも依存させたいという下心もあったんだろう。大成功だよこの野郎。
…あーあ、「俺」の時は独りでも平気だったのに。
あんな温もりを与えられては忘れられない。
あんな風に優しくされては離れられない。
俺にだけ与えられるものが「俺」にとってどれ程甘美な猛毒なのか、他の誰にも分からないのだろう。
でも。あの毒に溺れて死ねるなら…それはきっととても幸せな事だ。
昼食を終え、通常業務を片付けつつやってきたのはお茶の時間だ。
その時間に合わせてグラシアールとの対談を入れていたので丁度良い小休止になりそうで安堵する。グラシアールと茶を飲む事で心が休まるなんて以前の「私」からじゃ考えられないな。
年に一度やってくるグラシアールとラソワの使節団が「私」はちょっと苦手だったから。アイツらは自らが好んだ相手に対する押しが強すぎるんだ。
腹を括って真っ向からぶつかれば気の良い連中なんだが、好き嫌いがはっきりし過ぎていて時折辟易する事がある。幸いな事に結構気に入られているようなので俺が接する分には暫くは安泰だろう。
貴賓を歓待する用の部屋に用意された代物は菓子もお茶もどれもこれも上等な品ばかり。ただ、グラシアールの好みは酒とつまみの方らしいので彼が滞在している間に何かしらの宴会でもやりたいところだ。
「さて、面倒だが政治の話をするか」
向かい合って座ったところで心底面倒臭そうにグラシアールが切り出してきた。一応公式の場なのでもう少しくらい取り繕って欲しいものだが、心底面倒なのは俺も同じなので黙って笑っておく。
そもそもセイアッドが追いやられなければ必要ない話し合いだ。話す内容も結末もある程度決まっているんだからだらだら話すだけ時間の無駄。
「……此度は私が不在の折とはいえ、我が国の者が大変失礼な事を致しました。グラシアール殿下の寛大な御心をもってお赦し頂ければ幸いです」
殊勝な態度でそう言いながらそっと差し出すのはラソワに対するお詫びの品を書いた目録のスクロールだ。直ぐに手に取ったグラシアールは中身をざっと改めてからニヤリと笑って見せる。リストの中に紛れ込ませておいた個人宛の酒に気が付いたんだろう。
「貴国の真心は受け取った。不測の事態とはいえ、折角戦が終わった所に波風立てたくないのは我が国とて同じ事。此度の一件は水に流して今後とも変わらぬ友誼を築いていこうではないか」
「有り難う存じます」
差し出された手と握手して政治の話はおしまいだ。
「……ところでそのピアスはどうなんだ」
呆れた様にグラシアールに言われてそこで漸く昨日つけられたピアスの存在を思い出して顔が熱くなる。今日は耳を出す様にとオルテガに長い黒髪を纏められたから周りから丸見えなのを忘れていた。
「アイツの独占欲も凄まじいな。まるで竜だ」
「んんっ、竜にもそういった習性があるのか?」
熱った顔を手で扇ぎつつ、咳払いで誤魔化しながら訊ねるとグラシアールが頷いた。
「竜という生き物はとても愛情深く、そして執念深い。一度気に入ったものは死ぬ迄離さないし、それを奪おうとする者には容赦しない」
「……」
なるほど、それは確かにオルテガに良く似ている。セイアッドに対するオルテガの愛執の強さは底無しだ。そして、それはどんどん酷くなっている気がする。王都に戻ってから周りに人が増えた事も一因なんだろうが、オルテガのガルガル度が爆上がり中だ。噛み付かないだけマシかもしれないが、誰彼構わず威嚇するなら狂犬と変わらない。
「早いところ安心させてやれ。社会的に確約があればアイツも多少は落ち着くだろう」
それが出来ないから手をこまねいているところだ。
現状、セイアッドとオルテガが婚約或いは婚姻する為にはお互いの身分が邪魔になっている。ガーランド家は代々騎士団長を務め、この国を守る最前線に立ち続けている。オルテガ自身も兄が怪我で引退した事を受けて自身が今現在の総騎士団長として就いている身だ。一方のセイアッドも同じ様な立場で、代々宰相を務めてきた家柄でしかも血統はセイアッドを遺すのみ。
この世界では男性同士でも子を成す術があるから後継ぎについてはあまり心配していないが、越えなければまだならないハードルは後継ぎ問題以前のものだ。
俺達の関係をどうこう言うのは今更な気がしないでもないが、今黙認されているのはあくまでもそれが「個人的な付き合い」だからだ。国王に容認を貰う婚約となれば家同士、ひいては国内の情勢にも関わってくる。国内でも有数の名家にして騎士団長と宰相の婚姻となれば権力の一極化が起きてしまうだろう。
「そう簡単にいかないから頭を悩ませているんだ」
政治的なしがらみに縛られて上手く動けない俺はどうしてもオルテガに我慢を強いてしまう。なんだかんだ言いながらもオルテガの好きにさせるのはそんな負い目があるからだ。
求められるままに返せるならばどれ程良いのだろう。しかし、自分達の立場と肩書きがそれを許さない。それなりに整えなければ足元を掬おうとする者も出て来る筈だ。そうさせない為にも盤石な仕込みが必要な訳で。
「ローライツのしきたりは面倒だな。うちならばもっと話は早いのに」
「……同感だ」
しがらみばかりで好きな相手と添う事すら多大な労力が掛かる。無駄でしかないが、それも長い歴史の中でそれなりに理由あっての事だ。
好き勝手に婚姻関係を結べば、国内の貴族の力関係と血統がどんどん偏ってしまうだろう。そうなれば、争いが起きるのは必然だ。
婚姻に国王の許しが必要なのは権力の偏りを避け、様々な勢力が表だけでも結び付いている必要があるから。公的に繋がりが出来れば、それだけでも見栄っ張りで矜持だけは高い貴族達に対する抑止となる。内乱を牽制し、国の安定を図る為に。長い歴史の中で築かれたしきたりだ。
…セイアッドとオルテガの関係が無用な争いを生むのならば、「私」はオルテガを選べない。何よりこの身はこの命は国の為に民の為に在るものなのだから。
俺が上手く立ち回れなければ、オルテガは永遠に手の届かない存在になってしまう。
「悪かった。お前にそんな顔をさせるつもりはなかったんだが」
グラシアールのすまなそうな声に思わず自嘲する。顔に出てしまうなんて失態だ。
「アールが謝る事じゃない。フィンに我慢をさせている事も、状況が上手く動かせないのもひとえに私の力不足故だ。この状況をどうにか出来るかは私次第なんだ。……諦める気はないから心配しないでくれ」
「お前がそう言うなら良いが……もう少しフィンの事も頼ってやれ。リアだけが背負うものではないだろう」
諭す様なグラシアールの声に小さく息を吐く。
オルテガは俺が頼れば絶対に助けてくれるだろう。だが、これは俺自身が足掻いてもぎ取らなければならないのだ。
ゲームのシナリオがどれくらい俺や世界に影響を及ぼしているのか分からないが、何かしらを破壊するならその手は最小限の方が良い。万が一、何かの皺寄せが来る時は関わった人間に禍いが降りかかるだろう。
だから、俺一人で成し遂げなければならない。
いずれ世界が牙を向いた時、オルテガや友人達を巻き込まない為に。万が一何か起きてもその被害が最小限で済む様に。
罰を受けるなら「俺」だけで良い。だから、物事の起点はなるべく全て俺に集める様にしたかった。
とはいえ、既にイレギュラーな行動を取っている者達も少なくないのは事実だ。それが後々にどんな影響を及ぼすか。この世界とゲームの話がどれ程繋がっているのか分からないが、セイアッドが追放された事も含めてある程度の強制力があったのは事実だろう。それが今現在も働いているのかどうかは初期のゲームシナリオやファンディスクの内容しか知らない俺に確かめる術がない。
もし、セイアッドが攻略対象者となっていたら。
そんな設定でシナリオを作るなら冤罪で追放された宰相が自身の潔白を証明して返り咲くような話になる可能性が高い。「俺」自身の行動がどこまで影響を受けているのか分からない以上、下手な手は打てないのが現状だ。せめて同じく転生者と思しきヘドヴィカと話せればいいんだが…。
うんうんと頭を悩ませていれば、徐ろにグラシアールが腕を伸ばして俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。いきなりの事に驚いていれば、彼は薄氷のような水色の瞳を優しく細めて俺を見ている。
「お前が何か抱え込んでいるのは何となく分かるが……もう少し周りに甘える事を覚えろ。傍に居ながら頼られないのは寂しいものだぞ」
優しいながらも鋭い言葉にギクリとする。オルテガに対する態度の事を言っているのだろう。
サーデの蜜の時にダーランにも似た様な事を言われたな。オルテガが俺の為に何かしたいと思ってくれるのはとてもありがたいんだが、俺の事情に巻き込むのは最小限にしたい。
そんな俺の態度がオルテガを傷付けているのも分かっている。それでも、彼だけは絶対に守りたいのだ。
「私としては十分頼っているつもりなんだけどなぁ」
「まだまだ甘やかし足りないんだろうさ。アイツは自分の懐に入れたら絶対に手離さないし、溺れるまで世話を焼きたがる類いの人間だ。お前が甘える程喜ぶぞ」
茶化す様にわざと軽い口調で言えば、グラシアールから恐ろしい言葉が返ってきた。
これ以上甘やかされたらダメ人間になる気がしているんだが、まだ甘やかし足りないというのか? 領地にいる時からのゲロ甘っぷりを遺憾無く発揮していると思うんだが。
「どこまでやればアイツの気が済むと思う?」
「朝から晩までお前に傅いて世話を焼いて、移動にも全部ついて回り、周りに見せつけつつ全力で構い倒し、お前の敵を撫で斬りにするくらいはやりたいんじゃないか」
重い。
流石の俺でも少しうんざり…しないな、多分。表向きは可愛げのない口を叩き、恥ずかしいって思いながらも最後の撫で斬り以外はオルテガの好きにさせて、結局ほんのちょっとだけ甘えさせてもらうのだろう。
「一度させてやったらどうだ」
「……ダメ人間になる未来しか見えないからダメだ。これ以上甘やかされたら戻れなくなりそうで……!」
ただでさえダメ人間化が進行しているのにこれ以上はダメだ。本気でオルテガがいないと生きていけなくなる。
既にゲロゲロに甘やかされているのを察したのか、グラシアールが呆れた様に肩を竦めた。
「それこそフィンの本懐だろうな。アイツもあんな好青年面しておいてなかなかに趣味が悪い追い詰め方をする」
呆れ顔で言うグラシアールの言葉に目を逸らし続けた事にトドメを刺された気がする。
何となくわかっちゃいたけど、オルテガの盛大な甘やかしは多少なりとも依存させたいという下心もあったんだろう。大成功だよこの野郎。
…あーあ、「俺」の時は独りでも平気だったのに。
あんな温もりを与えられては忘れられない。
あんな風に優しくされては離れられない。
俺にだけ与えられるものが「俺」にとってどれ程甘美な猛毒なのか、他の誰にも分からないのだろう。
でも。あの毒に溺れて死ねるなら…それはきっととても幸せな事だ。
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