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王都編8 王城へ
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王都編8 王城へ
朝っぱらから小っ恥ずかしい思いと痛い目に遭ってやっと目が覚めた。
毎朝こうかと思うと非常に困る。なんとかすっきり目を覚ます方法を考えなくては。薄荷油みたいなものはあるだろうか、なんて悶々としていたらあっという間に出仕の時間である。
朝食を摂り、オルテガに手伝ってもらいながら久々に宰相用の服に袖を通す。代々宰相が着用してきた服でやたらと物々しい黒衣だが、特殊な銀糸を惜しげもなく使用して繊細な刺繍が施された美麗な品だ。その分重いし、裾やら袖やらが長くて動き難いのが難点だ。段差なんかでたまに裾を踏ん付けるので気を付けなければ…。
「そろそろ行くか」
軽く食後のお茶を飲んでいたところでオルテガが声を掛けてきて俺に手を差し出す。大きな手に自分の手を重ねればそっと引っ張って立たせてくれた。
なんかこう、こういう所にぐっと来るんだよな。さりげない気遣いとか甘やかしを実感する度に胸が苦しくなる。
オルテガにエスコートされながら向かうのは玄関だ。その短い距離だというのに、歩いている間になんだか幸せな気持ちになった。
「馬車を見てくるからここで待っていてくれ」
先に外に出ようとするオルテガの言葉に頷いて玄関の内側で大人しく待つ事にする。
王都に着く前日に俺の現状を知るリンゼヒースとサディアスからこれでもかと釘を刺された事柄に自身の身を守る事があった。どうやら「まれびと」というのは総じて警戒心が薄いらしい。
歴代の「まれびと」達がどこから来た人間なのか分からないが、「俺」と同じように現代日本から来た人ならばそもそも自分が襲われるなんて考えすらしないかもしれない。気を付けているつもりだったが、「俺」も彼等からすれば警戒心が足りないように見えたんだろう。
「マサキは無防備そうだから」とオルテガが傍にいない隙を狙って散々釘を刺された。妙に実感の籠った釘に高位貴族や王族となれば、それなりに命を狙われるような事があるんだろうと思った。やっぱりこの世界はゲームよりもずっと厳しいようだ。ふわふわファンタジー乙女ゲームよ、どこへ行った。
大人しく家の中で待っていれば、少ししてオルテガが戻ってきた。先程と同じようにエスコートされながら馬車へと向かうと、馬車の前にダーランが待っているのが目に入る。
彼は先んじて王都に行っていたから顔を合わせるのは久々だ。
「おはよー。今日から復帰なんだって?」
「ああ」
にこやかに挨拶してくるダーランは手に何か棒状の物を持っている。何だろうと思っていれば、ダーランがその棒を恭しく両手に乗せて差し出してきた。
「間に合って良かった。これ、持って行って」
そう言われてダーランが差し出してきた物へと視線を落とせば、それは一本の洋杖…いわゆるステッキだった。持ち手の部分には鷲の頭と翼が細やかな彫刻で刻み込まれており、瞳の部分には薄青色の宝石が嵌っている。良く見ると前後に脚があるからこれは鷲ではなく、レヴォネ家の紋章であるグリフォンらしい。
「杖?」
「オルテガ様注文の品だよ。護身用にも使えるから肌身離さず持ってて」
護身用のステッキ。仕込みでもあって抜けば剣にでもなってるんだろうか。自慢じゃないが、「俺」も「私」も荒事は得意ではない。剣術は幼い頃に嗜みとして習った程度だ。
言いたい事を察したのか、ダーランが細い目をにんまりと曲げて笑みを浮かべる。
「リアが非力なのは分かってるって。目の部分が魔石になってるんだ。有事の際には勝手に魔法が発動するから持ってるだけで大丈夫」
自動カウンター機能付きという事だろうか? またいくら掛けたんだ。満足そうな顔をして抱き寄せてくるオルテガをチラリと見上げながらも彼の貢ぎっぷりを恐ろしく思う。
他の物なら辞退したかもしれないが、今回は有り難く貰っておく事にした。これから先、何があるか分からないから自衛手段が多いに越した事はないだろう。
元々セイアッドの得意分野は水魔法だ。攻撃に特化した者ならば水魔法でも戦えるんだろうが、基本的に水魔法は回復に使われる事が多く、他にはバフの付与など補助的な役割が強い。セイアッドは治癒、バフに全振りしたタイプでその反面、戦闘面ではからっきしだ。護衛がついているとはいえ、不測の事態がないとは言い切れない。
ちなみにこの世界では他にも土、火、風の四元素がメジャーな属性として存在しており、大抵の人間はどれかしらの属性の素質を持っているらしい。個人に対してランダムに付与されるというよりも血筋や出身地域によるものの影響が大きいようだ。その辺はその一族や土地で信仰されている精霊が関係しているようだが、いずれその辺の考察もしてみたいものだ。
攻略対象者達にもそれぞれ属性が振り分けてあり、ローライツ王家は土属性、ガーランド家は風属性、ノーシェルト家は火属性とそれぞれ四元素が当てられている。
例外がヒロインであるステラだ。聖女として覚醒した彼女は四元素に加えて女神の力を借りて奇跡を行使する聖魔法を使えるようになる。聖魔法は魔物を浄化する事が出来る上、治癒魔法も水魔法使いよりも上位のものが使えるようになる筈だ。尤も、本人がそれに相応しい研鑽を積んでいなければ使えるようにはならないが…。いかん、また思考に意識が飛んだな。切り替えなければ。
「……ありがとう、フィン。ダーランも手配に感謝する」
「どういたしまして。それから、これもあげるー」
続いて差し出されたのはそこそこ分厚い封筒だ。ダーランには色々と調べ物を頼んでいたからその報告書だろう。
「他にも話したい事があるけど、そっちはリアが帰ってきてからにするよ。ロアール商会が王都で営業再開して俺も忙しいからね」
これから荒稼ぎしてくる、と楽しそうにダーランが笑う。金稼ぎが生き甲斐の彼にとって俺が領地に引っ込んでいる間はやりにくくて仕方なかったに違いない。
「好きに荒稼ぎしてくると良い。吉報を待ってる」
「そんな事言われちゃあ手を抜いてらんないね」
悪戯っぽく笑うとダーランがひらりと手を振って見せた。
セイアッドにとってダーランは最も信頼出来る部下の一人であり、兄であり、何でも話せる親友だ。そんな彼が傍にいてくれるだけでも心強い。
「じゃ、リアのことお願いしますね、オルテガ様」
「ああ」
ダーランに見送られながらオルテガに促されて馬車に乗り込む。これから向かう王城では何が待ち受けているのか。
少なくとも死ぬ程山積みになった仕事がある事だけは確かだろう。そう考えるだけでちょっと憂鬱になった。
馬車に揺られる事二十分程で王城のゲートハウスが見えてくる。
道中はオルテガにくっついてイチャイチャ出来たから充電もバッチリだ。その分、帰ってからが怖いが…。
圧を掛けているつもりなのか楽しみなのか知らないがやたらと耳朶をいじってくるんだ、こいつ。熱い指先が耳朶を挟んでやわやわと揉む度に肌の触れ合う微かな音が耳を擽るからいろんな意味でやばかった。
お願いだからピアスを開ける時にあんまり痛くしないで欲しい。針で穴を開けられる瞬間を想像しただけで背筋がぞわぞわするんだよ。
昨日と同じように城の入り口に馬車が停まり、オルテガのエスコートで馬車を降りる。
昨日は夕闇の中だったが、今日は明るい陽の下だ。更に違ったのは目の前にある出迎えが野次馬ではなく、整然と列んだ正装姿の近衛騎士達だった事だ。
その周りには見物人と思しき者達が集まっているが、物々しい近衛達の様子に少しばかり遠巻きに此方の様子を窺っている。ちらりと視線だけでオルテガを見遣れば、彼は口の端に小さく笑みを浮かべてみせた。
どうやらこれはオルテガの采配によるものらしい。
「宰相、セイアッド・リア・レヴォネ侯爵の御出仕である!」
突然隣から挙がったオルテガの声にびっくりしていると、その声を合図に近衛達が一糸乱れぬ動きで敬礼をする。
早々にこんな目立つ事をされると思っていなかった俺は一瞬怖気付くが、周囲に気が付かれない程度の強さでオルテガに背を押されて我に返った。
覚悟を決め、貰ったばかりのステッキを手に、背筋を伸ばして彼等の作ってくれた道を歩き出す。近衛達の間からいやでも周囲の人目を感じるが、こちらに近寄って来ようとする者はいないようだ。こうして近衛達が出迎える事でオルテガなりに俺を守ろうとしてくれているのだろう。
カツカツと靴音を鳴らしながら辿り着くのは昨日も来た城の入り口だ。侍従に出迎えられ、追放以前から護衛してくれていた騎士を引き連れて歩き出す。昨日した打ち合わせの通り、今日は此処から謁見の間へと向かう事になっていた。
宰相として完全に返り咲く為にはまずはユリシーズにより王家から正式な謝罪と俺がそれを受け入れる事をパフォーマンスする必要がある。どちらが悪かったのかはっきりさせる事でセイアッドに瑕疵はなかったのだと証明し、知らしめる事が出来るからだ。
そして、その場で人事権や貴族に対して介入する権力をセイアッドに与える事を宣言する事になっていた。それによってセイアッドの権限で貴族の地位を動かす事が可能になる。勿論、証拠や理由は必要だが、逆に言えば理由と証拠さえ揃えばこれまで不変だった絶対的地位を奪う事が出来る。
真っ当に貴族として振る舞っている者達にとっては殆ど関係のない話だ。だが、権力を笠に着て弱者の上で踏ん反り返ってきた者達にとってその権力を奪われるというのは何よりも恐ろしい事だろう。
足を止める事なく靴音を響かせながら城内を歩く。その歩みは何者にも邪魔される事なく進んだ。
嗚呼、これ以上ない程に順調だ。
だからこそ、俺はこの順調さが恐ろしい。
まるで何かの道筋を辿るように、何の障害もなくとんとん拍子に様々な話が俺の都合の良いように進むなんておかしいに決まっている。そもそも国の中で国王以外が強大な権力を持つ事がこんな簡単に成されて良いはずがない。
そこに「俺」の意思が絡んでいても、それよりもずっと大きな力が働いているように思えてならなかった。
そう、それこそまるでゲームのシナリオのようだ。
ずっと胸の奥に渦巻いている疑念は大きくなるばかりだった。
『黄昏』や『月映』のように攻略対象個人に影響を及ぼす香水。妙に存在感のあるラソワの者達。異様な程に順調なこの道行き。
「俺」の行動、思考すら知らぬ間に何かの力に操られているとしたら……?
そう考えて背筋がゾッとして思わず足を止めそうになる。
「セイアッド様、どうかなさいましたか?」
追従してくれていた騎士が心配そうに声を掛けてくれる事で思考を打ち切る。
「……何でもない。行こうか」
怖気付いている場合ではない。何らかの力が作用していようがいまいが、既に賽は投げられたのだ。
辿り着いた謁見の間。
既に多くの貴族達が集まっているのか、立派な扉の向こうからは微かな騒めきが聞こえてきた。
この扉が開いた瞬間から、俺の戦いが本格的に始まる。
朝っぱらから小っ恥ずかしい思いと痛い目に遭ってやっと目が覚めた。
毎朝こうかと思うと非常に困る。なんとかすっきり目を覚ます方法を考えなくては。薄荷油みたいなものはあるだろうか、なんて悶々としていたらあっという間に出仕の時間である。
朝食を摂り、オルテガに手伝ってもらいながら久々に宰相用の服に袖を通す。代々宰相が着用してきた服でやたらと物々しい黒衣だが、特殊な銀糸を惜しげもなく使用して繊細な刺繍が施された美麗な品だ。その分重いし、裾やら袖やらが長くて動き難いのが難点だ。段差なんかでたまに裾を踏ん付けるので気を付けなければ…。
「そろそろ行くか」
軽く食後のお茶を飲んでいたところでオルテガが声を掛けてきて俺に手を差し出す。大きな手に自分の手を重ねればそっと引っ張って立たせてくれた。
なんかこう、こういう所にぐっと来るんだよな。さりげない気遣いとか甘やかしを実感する度に胸が苦しくなる。
オルテガにエスコートされながら向かうのは玄関だ。その短い距離だというのに、歩いている間になんだか幸せな気持ちになった。
「馬車を見てくるからここで待っていてくれ」
先に外に出ようとするオルテガの言葉に頷いて玄関の内側で大人しく待つ事にする。
王都に着く前日に俺の現状を知るリンゼヒースとサディアスからこれでもかと釘を刺された事柄に自身の身を守る事があった。どうやら「まれびと」というのは総じて警戒心が薄いらしい。
歴代の「まれびと」達がどこから来た人間なのか分からないが、「俺」と同じように現代日本から来た人ならばそもそも自分が襲われるなんて考えすらしないかもしれない。気を付けているつもりだったが、「俺」も彼等からすれば警戒心が足りないように見えたんだろう。
「マサキは無防備そうだから」とオルテガが傍にいない隙を狙って散々釘を刺された。妙に実感の籠った釘に高位貴族や王族となれば、それなりに命を狙われるような事があるんだろうと思った。やっぱりこの世界はゲームよりもずっと厳しいようだ。ふわふわファンタジー乙女ゲームよ、どこへ行った。
大人しく家の中で待っていれば、少ししてオルテガが戻ってきた。先程と同じようにエスコートされながら馬車へと向かうと、馬車の前にダーランが待っているのが目に入る。
彼は先んじて王都に行っていたから顔を合わせるのは久々だ。
「おはよー。今日から復帰なんだって?」
「ああ」
にこやかに挨拶してくるダーランは手に何か棒状の物を持っている。何だろうと思っていれば、ダーランがその棒を恭しく両手に乗せて差し出してきた。
「間に合って良かった。これ、持って行って」
そう言われてダーランが差し出してきた物へと視線を落とせば、それは一本の洋杖…いわゆるステッキだった。持ち手の部分には鷲の頭と翼が細やかな彫刻で刻み込まれており、瞳の部分には薄青色の宝石が嵌っている。良く見ると前後に脚があるからこれは鷲ではなく、レヴォネ家の紋章であるグリフォンらしい。
「杖?」
「オルテガ様注文の品だよ。護身用にも使えるから肌身離さず持ってて」
護身用のステッキ。仕込みでもあって抜けば剣にでもなってるんだろうか。自慢じゃないが、「俺」も「私」も荒事は得意ではない。剣術は幼い頃に嗜みとして習った程度だ。
言いたい事を察したのか、ダーランが細い目をにんまりと曲げて笑みを浮かべる。
「リアが非力なのは分かってるって。目の部分が魔石になってるんだ。有事の際には勝手に魔法が発動するから持ってるだけで大丈夫」
自動カウンター機能付きという事だろうか? またいくら掛けたんだ。満足そうな顔をして抱き寄せてくるオルテガをチラリと見上げながらも彼の貢ぎっぷりを恐ろしく思う。
他の物なら辞退したかもしれないが、今回は有り難く貰っておく事にした。これから先、何があるか分からないから自衛手段が多いに越した事はないだろう。
元々セイアッドの得意分野は水魔法だ。攻撃に特化した者ならば水魔法でも戦えるんだろうが、基本的に水魔法は回復に使われる事が多く、他にはバフの付与など補助的な役割が強い。セイアッドは治癒、バフに全振りしたタイプでその反面、戦闘面ではからっきしだ。護衛がついているとはいえ、不測の事態がないとは言い切れない。
ちなみにこの世界では他にも土、火、風の四元素がメジャーな属性として存在しており、大抵の人間はどれかしらの属性の素質を持っているらしい。個人に対してランダムに付与されるというよりも血筋や出身地域によるものの影響が大きいようだ。その辺はその一族や土地で信仰されている精霊が関係しているようだが、いずれその辺の考察もしてみたいものだ。
攻略対象者達にもそれぞれ属性が振り分けてあり、ローライツ王家は土属性、ガーランド家は風属性、ノーシェルト家は火属性とそれぞれ四元素が当てられている。
例外がヒロインであるステラだ。聖女として覚醒した彼女は四元素に加えて女神の力を借りて奇跡を行使する聖魔法を使えるようになる。聖魔法は魔物を浄化する事が出来る上、治癒魔法も水魔法使いよりも上位のものが使えるようになる筈だ。尤も、本人がそれに相応しい研鑽を積んでいなければ使えるようにはならないが…。いかん、また思考に意識が飛んだな。切り替えなければ。
「……ありがとう、フィン。ダーランも手配に感謝する」
「どういたしまして。それから、これもあげるー」
続いて差し出されたのはそこそこ分厚い封筒だ。ダーランには色々と調べ物を頼んでいたからその報告書だろう。
「他にも話したい事があるけど、そっちはリアが帰ってきてからにするよ。ロアール商会が王都で営業再開して俺も忙しいからね」
これから荒稼ぎしてくる、と楽しそうにダーランが笑う。金稼ぎが生き甲斐の彼にとって俺が領地に引っ込んでいる間はやりにくくて仕方なかったに違いない。
「好きに荒稼ぎしてくると良い。吉報を待ってる」
「そんな事言われちゃあ手を抜いてらんないね」
悪戯っぽく笑うとダーランがひらりと手を振って見せた。
セイアッドにとってダーランは最も信頼出来る部下の一人であり、兄であり、何でも話せる親友だ。そんな彼が傍にいてくれるだけでも心強い。
「じゃ、リアのことお願いしますね、オルテガ様」
「ああ」
ダーランに見送られながらオルテガに促されて馬車に乗り込む。これから向かう王城では何が待ち受けているのか。
少なくとも死ぬ程山積みになった仕事がある事だけは確かだろう。そう考えるだけでちょっと憂鬱になった。
馬車に揺られる事二十分程で王城のゲートハウスが見えてくる。
道中はオルテガにくっついてイチャイチャ出来たから充電もバッチリだ。その分、帰ってからが怖いが…。
圧を掛けているつもりなのか楽しみなのか知らないがやたらと耳朶をいじってくるんだ、こいつ。熱い指先が耳朶を挟んでやわやわと揉む度に肌の触れ合う微かな音が耳を擽るからいろんな意味でやばかった。
お願いだからピアスを開ける時にあんまり痛くしないで欲しい。針で穴を開けられる瞬間を想像しただけで背筋がぞわぞわするんだよ。
昨日と同じように城の入り口に馬車が停まり、オルテガのエスコートで馬車を降りる。
昨日は夕闇の中だったが、今日は明るい陽の下だ。更に違ったのは目の前にある出迎えが野次馬ではなく、整然と列んだ正装姿の近衛騎士達だった事だ。
その周りには見物人と思しき者達が集まっているが、物々しい近衛達の様子に少しばかり遠巻きに此方の様子を窺っている。ちらりと視線だけでオルテガを見遣れば、彼は口の端に小さく笑みを浮かべてみせた。
どうやらこれはオルテガの采配によるものらしい。
「宰相、セイアッド・リア・レヴォネ侯爵の御出仕である!」
突然隣から挙がったオルテガの声にびっくりしていると、その声を合図に近衛達が一糸乱れぬ動きで敬礼をする。
早々にこんな目立つ事をされると思っていなかった俺は一瞬怖気付くが、周囲に気が付かれない程度の強さでオルテガに背を押されて我に返った。
覚悟を決め、貰ったばかりのステッキを手に、背筋を伸ばして彼等の作ってくれた道を歩き出す。近衛達の間からいやでも周囲の人目を感じるが、こちらに近寄って来ようとする者はいないようだ。こうして近衛達が出迎える事でオルテガなりに俺を守ろうとしてくれているのだろう。
カツカツと靴音を鳴らしながら辿り着くのは昨日も来た城の入り口だ。侍従に出迎えられ、追放以前から護衛してくれていた騎士を引き連れて歩き出す。昨日した打ち合わせの通り、今日は此処から謁見の間へと向かう事になっていた。
宰相として完全に返り咲く為にはまずはユリシーズにより王家から正式な謝罪と俺がそれを受け入れる事をパフォーマンスする必要がある。どちらが悪かったのかはっきりさせる事でセイアッドに瑕疵はなかったのだと証明し、知らしめる事が出来るからだ。
そして、その場で人事権や貴族に対して介入する権力をセイアッドに与える事を宣言する事になっていた。それによってセイアッドの権限で貴族の地位を動かす事が可能になる。勿論、証拠や理由は必要だが、逆に言えば理由と証拠さえ揃えばこれまで不変だった絶対的地位を奪う事が出来る。
真っ当に貴族として振る舞っている者達にとっては殆ど関係のない話だ。だが、権力を笠に着て弱者の上で踏ん反り返ってきた者達にとってその権力を奪われるというのは何よりも恐ろしい事だろう。
足を止める事なく靴音を響かせながら城内を歩く。その歩みは何者にも邪魔される事なく進んだ。
嗚呼、これ以上ない程に順調だ。
だからこそ、俺はこの順調さが恐ろしい。
まるで何かの道筋を辿るように、何の障害もなくとんとん拍子に様々な話が俺の都合の良いように進むなんておかしいに決まっている。そもそも国の中で国王以外が強大な権力を持つ事がこんな簡単に成されて良いはずがない。
そこに「俺」の意思が絡んでいても、それよりもずっと大きな力が働いているように思えてならなかった。
そう、それこそまるでゲームのシナリオのようだ。
ずっと胸の奥に渦巻いている疑念は大きくなるばかりだった。
『黄昏』や『月映』のように攻略対象個人に影響を及ぼす香水。妙に存在感のあるラソワの者達。異様な程に順調なこの道行き。
「俺」の行動、思考すら知らぬ間に何かの力に操られているとしたら……?
そう考えて背筋がゾッとして思わず足を止めそうになる。
「セイアッド様、どうかなさいましたか?」
追従してくれていた騎士が心配そうに声を掛けてくれる事で思考を打ち切る。
「……何でもない。行こうか」
怖気付いている場合ではない。何らかの力が作用していようがいまいが、既に賽は投げられたのだ。
辿り着いた謁見の間。
既に多くの貴族達が集まっているのか、立派な扉の向こうからは微かな騒めきが聞こえてきた。
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