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39 竜と魔物の話
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39 竜と魔物の話
「なんだ、竜が欲しいのか?」
「欲しい。今すぐにでも」
欲張った俺の言葉にグラシアールが苦笑する。グラシアールの反応もわかるが、これは割と切実な願いでもある。
前にも言ったが、この世界の情報伝達はそんなに早くない。俺が使える中で最速の方法は天翔馬を使った方法だが、それでも現代日本のように即時のやり取りは不可能だ。魔法で手紙やメッセージを送るものもあるが、あれは非常に難解で使える者はごく一部。
そんな状況を一気に打開するのこそ、ラソワの者達が使役する竜だ。
一言に竜と言ってもその種類は様々で体格の大きさ、色形、翼の有無など生息地によって色々なものがいるのだという。グラシアール達が乗って来た竜達より大きなものもいるらしいが、俺が欲しいのはもっとずっと小さな竜だ。
大きさはタカやワシくらいの大きさで速く飛ぶ事が出来るから伝書鳩のような仕事をしている竜。ラソワから来ていた大使が飼っている竜を見せてもらった事があるが、あれがいれば情報のやり取りがもっとずっと速くなる。
「手紙のやり取りに使っている小型の竜がいるだろう? あれが欲しいんだが」
「ああ、パルウムテリクスか。あれくらいなら使役出来る者を貸し出してやってもいいが……タダとはいかないな」
グラシアールがにやりと笑う。しかし、冗談めかした笑い方で彼の方もそんなに無茶を言うつもりはないらしい。
「ワインでも何でも好きなだけ酒を送る」
「よし、乗った! 明日王都に行ったらすぐに手配しよう」
からからと楽しそうに笑うグラシアールの言葉にホッと息を零す。これでもっと迅速なやり取りが出来るようになるだろう。
どうせやるならば毒蟲どもはカケラも残さぬ程に打ち砕いてやりたいからな。雑草を駆除するなら根絶やしにしなければ。そのための下準備には全力を注ぎたい。
そして、何よりドラゴンだ! 「私」が見せてもらった竜はワシくらいの大きさのもので大使が自ら使役しているものだった。
赤茶色の体に長い尾と大きな翼を持ったその竜を大使が肩に乗せて歩いていたのを見掛けて少し話した程度だったが、ラソワとローライツの間を僅か3日で往復するのだと言う。馬を乗り潰しながら全速力で駆け抜けたとしても半月以上掛かる距離がたったの3日だ。レヴォネ領と王都ならば1日あれば余裕で往復出来てしまう。
情報は鮮度が命だ。竜が使えるならやり取りがずっと速く楽になる。そして、少しくらい触らせてもらえたらもっと良い。
「しかし、意外だな。前に見た時には怖がっていただろう」
その指摘に少しばかりドキリとする。確かに「私」の時は竜が恐ろしかった。先程飛来した黒竜達を見た時にも感じたが、あれは生存本能に訴えかけるような恐怖だ。
一目散に逃げ出したくなるような威圧感と絶対的強者を目の当たりにした畏怖。生身で猛獣と対峙すれば、きっと誰でも恐怖を感じるだろう。それと同じ感覚だ。ただ、竜と対峙した後ではライオンなんか可愛く思えるかもしれない。
「……確かに以前は恐ろしかったが、今は利便性の方が重要だ」
「速さにかけて竜に勝るものはないからな」
少々苦しい言い訳に、ふふんと得意そうにしながらグラシアールが見るのはオルテガだ。オルテガは俺とグラシアールが話しているの内容が不服なようだが、流石の名馬ヴィエーチルも空を翔ける竜には敵わない。
「ははは、妬くなよフィン」
肩を組ながらオルテガをバンバン叩くグラシアール。いつの間にか真名呼びになっている辺り、この短時間で随分と友情を深め合ったらしい。
「……竜を乗りこなすには奴等を負かせば良いんだったか?」
「おお、やる気になったか! 基本的には天翔馬と同じだ。相手に自分を認めさせればいい。フィンなら飛翔種の中でも大型の奴に勝てるだろうな」
二人は楽しそうに話しているが、何の話だ、何の。まさかとは思うが、オルテガは竜を捕まえにでも行くつもりか。
「おい、大きいのはいらないぞ」
「……そうか」
なんでそこで残念そうにするんだ。マジで捕まえに行くつもりだったのか。いやまあ確かにマイドラゴンは非常に魅力的ではあるし、ドラゴンに乗ったオルテガなんて絶対にかっこいいに決まっているんだが、長期的に飼育しようと思ったら絶対コストがエグい。第一、どこで飼うんだ。
「伝書竜だったら人工繁殖しているから自分用に欲しいならそっちを飼うといいだろう。調教も飼育も然程難しくないからリアでもすぐ扱えるようになる。派遣する者から教わると良い」
グラシアールの提案に俺は驚いた。この大陸にはいくつも国があるが、その中でも魔物を使役するのはラソワだけだ。
何かしら秘匿された方法があってラソワの者しか使役出来ないのだと思っていたし、俺的にはそこまでしてくれなくても祝夏の宴まで竜を使役出来る者が借りられればそれだけで十分だったんだが……。
いや、やっぱりマイドラゴンは非常に魅力的だ!
「いいのか? 竜の飼育法なんて秘伝だろうに」
「そういうわけではないんだがなぁ。魔物と共に生きるというのはどうにも他の国の連中には受け入れ難いらしい」
寂しそうに笑いながらグラシアールは窓の方へと見遣る。つられて外を見れば、彼の愛竜である黒竜が湖に顔を突っ込んで水を飲んでいた。
この世界で魔物というのは食糧であり、素材でありながらも同時に忌まわしきものだ。
基本的には魔力を孕んだ魔石を体内に有した獣を魔物と呼んでいる。彼等は恵みを齎す反面、破壊と惨劇も齎す。定期的に爆発的に増えては人々を襲うのだ。発生条件はいまだにはっきりしないが、ある程度の周期があるので備えさえすれば、被害も抑えられる。しかし、恐ろしいのは突発的な大量発生だ。
何の備えもない所に突如湧き上がり押し寄せる餓えた魔物の群れ。何が起こるかなんて簡単に想像出来るだろう。
「確かに魔物は恐ろしいものだ。だが、付き合い方さえ理解すればこれ程頼りになる友はいない」
「突発的な大量発生にも何かしらの条件があるのか?」
「他の獣や人と同じだ。喰われる者が増えれば、喰う者もまた増える。弱き者を喰い尽くした喰う者の矛先が次に人に向く、それだけだ。良く観察してみると良い。何か原因がある筈だ」
ふむ、いうなれば食物連鎖みたいなものだろうか。その辺の話をじっくり聞いてみたいものだ。もしかすると、次に起こる大量発生を抑えられるかもしれない。
この世界での主な宗教である女神信仰の中で、魔物は悪しき者として描かれる事が多いせいか、大半の人は魔物の存在を好まない。ちなみにその神話というのはこんな感じだ。
その昔、人が生まれたばかりの頃、地の底に棲む悪魔が人を疎み一掃しようと大地に魔物を放った。
抵抗する術もなく蹂躙される人々を憐れんだ女神は人々に武器と魔法を与え、その御業によって悪魔に封印を施し、魔物達を弱らせて人々が狩れるようにした。
封印された悪魔は怒り、その封印の綻びから時折魔物を大量発生させては人を襲うようになった……みたいな話だ。余談だが、この神話から派生してステラの事も絡んでくる聖女伝説が存在している。
この大陸に暮らす者の大半は幼い頃からこの神話を聞かされて育つし、実際に魔物の襲撃を見聞きするうちに魔物は畏怖の対象になる。そのせいか、魔物に対する心象は良くないのが普通だ。
その反面、魔物が齎す恵みは膨大だ。食糧はもちろんその体内に宿す魔石は様々な物の動力源として利用されているし、毛皮や牙だって色々な物を作るための材料として使われる。
ふと思ったんだが、魔物が他の野生動物と同じというならば、女神の話は魔物を利用する為に創られた都合の良い神話なのかもしれない。この辺の感覚は「俺」だから思う事なんだろう。日本人特有のあのカオスな宗教観でしか見えないものもある。
グラシアールから聞ける話は貴重だ。セイアッドや他のローライツ国民とは全く違う感性で魔物を見て接している彼等ラソワの生き方は女神信仰をする者からすれば疎ましいものかもしれない。
だが、「私」達が盲目的に信じてきた女神の姿の裏にこそ、色々な事の答えがあるような気がした。
「なんだ、竜が欲しいのか?」
「欲しい。今すぐにでも」
欲張った俺の言葉にグラシアールが苦笑する。グラシアールの反応もわかるが、これは割と切実な願いでもある。
前にも言ったが、この世界の情報伝達はそんなに早くない。俺が使える中で最速の方法は天翔馬を使った方法だが、それでも現代日本のように即時のやり取りは不可能だ。魔法で手紙やメッセージを送るものもあるが、あれは非常に難解で使える者はごく一部。
そんな状況を一気に打開するのこそ、ラソワの者達が使役する竜だ。
一言に竜と言ってもその種類は様々で体格の大きさ、色形、翼の有無など生息地によって色々なものがいるのだという。グラシアール達が乗って来た竜達より大きなものもいるらしいが、俺が欲しいのはもっとずっと小さな竜だ。
大きさはタカやワシくらいの大きさで速く飛ぶ事が出来るから伝書鳩のような仕事をしている竜。ラソワから来ていた大使が飼っている竜を見せてもらった事があるが、あれがいれば情報のやり取りがもっとずっと速くなる。
「手紙のやり取りに使っている小型の竜がいるだろう? あれが欲しいんだが」
「ああ、パルウムテリクスか。あれくらいなら使役出来る者を貸し出してやってもいいが……タダとはいかないな」
グラシアールがにやりと笑う。しかし、冗談めかした笑い方で彼の方もそんなに無茶を言うつもりはないらしい。
「ワインでも何でも好きなだけ酒を送る」
「よし、乗った! 明日王都に行ったらすぐに手配しよう」
からからと楽しそうに笑うグラシアールの言葉にホッと息を零す。これでもっと迅速なやり取りが出来るようになるだろう。
どうせやるならば毒蟲どもはカケラも残さぬ程に打ち砕いてやりたいからな。雑草を駆除するなら根絶やしにしなければ。そのための下準備には全力を注ぎたい。
そして、何よりドラゴンだ! 「私」が見せてもらった竜はワシくらいの大きさのもので大使が自ら使役しているものだった。
赤茶色の体に長い尾と大きな翼を持ったその竜を大使が肩に乗せて歩いていたのを見掛けて少し話した程度だったが、ラソワとローライツの間を僅か3日で往復するのだと言う。馬を乗り潰しながら全速力で駆け抜けたとしても半月以上掛かる距離がたったの3日だ。レヴォネ領と王都ならば1日あれば余裕で往復出来てしまう。
情報は鮮度が命だ。竜が使えるならやり取りがずっと速く楽になる。そして、少しくらい触らせてもらえたらもっと良い。
「しかし、意外だな。前に見た時には怖がっていただろう」
その指摘に少しばかりドキリとする。確かに「私」の時は竜が恐ろしかった。先程飛来した黒竜達を見た時にも感じたが、あれは生存本能に訴えかけるような恐怖だ。
一目散に逃げ出したくなるような威圧感と絶対的強者を目の当たりにした畏怖。生身で猛獣と対峙すれば、きっと誰でも恐怖を感じるだろう。それと同じ感覚だ。ただ、竜と対峙した後ではライオンなんか可愛く思えるかもしれない。
「……確かに以前は恐ろしかったが、今は利便性の方が重要だ」
「速さにかけて竜に勝るものはないからな」
少々苦しい言い訳に、ふふんと得意そうにしながらグラシアールが見るのはオルテガだ。オルテガは俺とグラシアールが話しているの内容が不服なようだが、流石の名馬ヴィエーチルも空を翔ける竜には敵わない。
「ははは、妬くなよフィン」
肩を組ながらオルテガをバンバン叩くグラシアール。いつの間にか真名呼びになっている辺り、この短時間で随分と友情を深め合ったらしい。
「……竜を乗りこなすには奴等を負かせば良いんだったか?」
「おお、やる気になったか! 基本的には天翔馬と同じだ。相手に自分を認めさせればいい。フィンなら飛翔種の中でも大型の奴に勝てるだろうな」
二人は楽しそうに話しているが、何の話だ、何の。まさかとは思うが、オルテガは竜を捕まえにでも行くつもりか。
「おい、大きいのはいらないぞ」
「……そうか」
なんでそこで残念そうにするんだ。マジで捕まえに行くつもりだったのか。いやまあ確かにマイドラゴンは非常に魅力的ではあるし、ドラゴンに乗ったオルテガなんて絶対にかっこいいに決まっているんだが、長期的に飼育しようと思ったら絶対コストがエグい。第一、どこで飼うんだ。
「伝書竜だったら人工繁殖しているから自分用に欲しいならそっちを飼うといいだろう。調教も飼育も然程難しくないからリアでもすぐ扱えるようになる。派遣する者から教わると良い」
グラシアールの提案に俺は驚いた。この大陸にはいくつも国があるが、その中でも魔物を使役するのはラソワだけだ。
何かしら秘匿された方法があってラソワの者しか使役出来ないのだと思っていたし、俺的にはそこまでしてくれなくても祝夏の宴まで竜を使役出来る者が借りられればそれだけで十分だったんだが……。
いや、やっぱりマイドラゴンは非常に魅力的だ!
「いいのか? 竜の飼育法なんて秘伝だろうに」
「そういうわけではないんだがなぁ。魔物と共に生きるというのはどうにも他の国の連中には受け入れ難いらしい」
寂しそうに笑いながらグラシアールは窓の方へと見遣る。つられて外を見れば、彼の愛竜である黒竜が湖に顔を突っ込んで水を飲んでいた。
この世界で魔物というのは食糧であり、素材でありながらも同時に忌まわしきものだ。
基本的には魔力を孕んだ魔石を体内に有した獣を魔物と呼んでいる。彼等は恵みを齎す反面、破壊と惨劇も齎す。定期的に爆発的に増えては人々を襲うのだ。発生条件はいまだにはっきりしないが、ある程度の周期があるので備えさえすれば、被害も抑えられる。しかし、恐ろしいのは突発的な大量発生だ。
何の備えもない所に突如湧き上がり押し寄せる餓えた魔物の群れ。何が起こるかなんて簡単に想像出来るだろう。
「確かに魔物は恐ろしいものだ。だが、付き合い方さえ理解すればこれ程頼りになる友はいない」
「突発的な大量発生にも何かしらの条件があるのか?」
「他の獣や人と同じだ。喰われる者が増えれば、喰う者もまた増える。弱き者を喰い尽くした喰う者の矛先が次に人に向く、それだけだ。良く観察してみると良い。何か原因がある筈だ」
ふむ、いうなれば食物連鎖みたいなものだろうか。その辺の話をじっくり聞いてみたいものだ。もしかすると、次に起こる大量発生を抑えられるかもしれない。
この世界での主な宗教である女神信仰の中で、魔物は悪しき者として描かれる事が多いせいか、大半の人は魔物の存在を好まない。ちなみにその神話というのはこんな感じだ。
その昔、人が生まれたばかりの頃、地の底に棲む悪魔が人を疎み一掃しようと大地に魔物を放った。
抵抗する術もなく蹂躙される人々を憐れんだ女神は人々に武器と魔法を与え、その御業によって悪魔に封印を施し、魔物達を弱らせて人々が狩れるようにした。
封印された悪魔は怒り、その封印の綻びから時折魔物を大量発生させては人を襲うようになった……みたいな話だ。余談だが、この神話から派生してステラの事も絡んでくる聖女伝説が存在している。
この大陸に暮らす者の大半は幼い頃からこの神話を聞かされて育つし、実際に魔物の襲撃を見聞きするうちに魔物は畏怖の対象になる。そのせいか、魔物に対する心象は良くないのが普通だ。
その反面、魔物が齎す恵みは膨大だ。食糧はもちろんその体内に宿す魔石は様々な物の動力源として利用されているし、毛皮や牙だって色々な物を作るための材料として使われる。
ふと思ったんだが、魔物が他の野生動物と同じというならば、女神の話は魔物を利用する為に創られた都合の良い神話なのかもしれない。この辺の感覚は「俺」だから思う事なんだろう。日本人特有のあのカオスな宗教観でしか見えないものもある。
グラシアールから聞ける話は貴重だ。セイアッドや他のローライツ国民とは全く違う感性で魔物を見て接している彼等ラソワの生き方は女神信仰をする者からすれば疎ましいものかもしれない。
だが、「私」達が盲目的に信じてきた女神の姿の裏にこそ、色々な事の答えがあるような気がした。
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