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40 プロポーズのお相手は
しおりを挟むさすがに一度伝えた言葉なので、オリヴァーもそこまで驚かない。
だがこのまますんなりと受け入れてもらえるほど、甘くもなかった。
「結論から言うと、嫌だ。断る。絶対に認めない」
一切の隙を与えぬ返答は予想できたとはいえ、やはり厄介だ。
「ちゃんと、一から説明します」
順序立てて経緯を伝えれば、きっとわかってくれる。
全容を把握したのはつい先ほどのことだけれど、上手く説明して納得してもらう外ない。
「ポーラ様に依頼をされて媚薬を作りました。身体的な興奮作用に加えて、「目が合った異性への好意が増す」という魔法効果も追加しています」
オリヴァーの表情は曇っているけれど、話は聞いてくれるらしい。
無視して無理矢理言うことを聞かせることだってできるのに、それをしないのはオリヴァーの優しさだ。
「新婚のお姉さん夫婦のためと言われたけど、それが嘘でした。ポーラ様に媚薬を盛られて、急いで自分の研究室に逃げ込もうとして、部屋を間違えたのです」
「それで俺の研究室に来たのか。不幸中の幸いだな。ハワードの部屋ならやばかった」
「細かい流れはわかりませんが、媚薬を盛られた私を助ける形で抱く予定だった、とハワード様は言っていました」
オリヴァーは盛大に舌打ちするが、よく考えると前提条件を説明し忘れている。
「ええとですね。信じられないと思いますが、ハワード様は私のことを好きだったらしくて」
「ああ。だからって許されることじゃない。八つ裂きにしても足りない」
怒ってくれるのは嬉しいが、ハワードの好意をあっさり受け入れているのは不思議だ。
シェリィは決してモテる方ではないし、学園で男子生徒達も「女性としては見られない」と話していたのに。
もしかして媚薬に呑まれてシェリィへの好意がこじれた結果、人類皆シェリィが好きと勘違いが進んでいるのかもしれない。
病状は深刻で頭が痛いが、今は説明が先だ。
「それでオリヴァー様も媚薬を飲みましたが、内服薬の効果なんてもっても数日です。魔法効果だって司祭の祈りを受けても消えない上に、時間経過でも変化がないなんていくらなんでもおかしい話です」
「そりゃあそうだ。媚薬なんて特に、適切な対応をすればさっさと効果が抜けるものだしな」
適切な対応とやらが何を示しているのかを考えてしまい、煩悩を打ち払うために咳払いをする。
「オリヴァー様には長年好きな人がいて、プロポーズするつもりだったと聞きました。そこに媚薬のせいで私にプロポーズしたから、好意が混線してすっきり治らなくなっていると思うのです」
「……は?」
呆気にとられる、とはこういう顔を言うのだろう。
オリヴァーは口を開けたまま微動だにしない。
「……おまえ、まだ媚薬のせいで俺がシェリィに好意を持ったと信じていたのか?」
「信じるも何も、事実ですので。だからあの夜のことは責任を取ろうとしなくていいのです。むしろ私の方が謝罪して賠償しないといけないくらいで……一括は厳しいので、分割でお願いしてもいいですか?」
「いや、賠償ってなんだよ⁉ そりゃあ、始まりがアレだったのは申し訳ないけど。シェリィのことが好きなのは本当だし、俺は後悔なんてしていない」
さらっと分割払いを提案してみたが、それ以前の問題だ。
やはり問題は根深い。
「大体、何でそんなに頑なに俺の好意は媚薬のせいだと思うんだ?」
「だって……オリヴァー様は私のこと、嫌いですから」
純然たる事実。
それでも自分で口にするとダメージが大きく、そんなつもりはないのにしょんぼりとうなだれてしまう。
「こんなことになってしまいましたが、オリヴァー様には好きな人と幸せになってほしいのです」
「……だから、婚約解消? シェリィはそれでいいのか? 俺のことが嫌いか?」
てっきり媚薬の効果で怒るか呆れると思ったのに、その声は穏やかだ。
感情が読み取れず不安になって顔を上げると、オリヴァーは真剣な表情でまっすぐにシェリィを見つめている。
嫌いだ、と言うべきなのだろう。
婚約を解消してもう二度と会わない、と。
だがその視線に射抜かれたシェリィは、何も答えることができない。
「嫌いじゃないんだな?」
オリヴァーはそう言うと、あっという間にシェリィを抱き上げて膝の上に乗せる形でベッドに再び座った。
「え、ちょっと」
意味不明の行動に抗議の声を上げるが、オリヴァーに頬を撫でられ、言葉に詰まる。
「嫌いなら、今言って」
ゆっくりとその顔が近付き、吐息がかかり、唇がかすめていく。
駄目だ、きちんと拒否しないと。
オリヴァーのために、これ以上の触れ合いは止めなければ。
ドキドキと早まる鼓動を無視して言葉を発しようと口を開くが、待っていましたとばかりにオリヴァーの唇がそれを塞ぐ。
「ん……」
何度も何度も、角度を変えてキスされるけれど、唇が触れる以上のことはない。
それがもどかしくて、そう思う自分が恥ずかしくて。
呼吸を乱しながらも、どうにかオリヴァーの顔を手で押しのけた。
「始まりがアレだったし、ゆっくり進めていけばいいと思っていたが……まさか俺がシェリィを嫌っていると思われていたとは」
「だって、ずっと私には喧嘩腰だったでしょう」
「それについては説明しただろう? 素直になれなかったって」
呆れた様子で諭されるが、納得できない。
「でも、それは媚薬の魔法効果のせいで」
「魔法は好意が増す効果なんだろう? 仮に俺がシェリィのことを嫌いなら、何の効果も出ないはずだ」
それはそうなのだが、やっぱり辻褄が合わない。
「きっとプロポーズしようとしていたせいで混線して……」
「俺が長年好きだったのは、プロポーズしようとしていた相手は――シェリィだ」
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