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33 シェリィは俺の婚約者
しおりを挟む「――シェリィに何の用だ」
「オリヴァー様!」
女性達の背後に現れた鉄紺の髪の美少年の姿に、歓喜の声が上がる。
だが、その冷えた黒真珠の眼差しを向けられた女性達はびくりと肩を震わせ、オリヴァーに通り道を譲るように一歩後退った。
少し離れた位置で見守り係の男性がしきりに頭を下げているし、シェリィがポーラ達に囲まれたのを見てオリヴァーを呼びに行ってくれたのかもしれない。
ありがたいような、かえってややこしいことになったような。
オリヴァーはシェリィの前までやってくると少し屈んで手を伸ばす。
「シェリィ、遅くなってごめん。大丈夫か?」
先ほどとはまったく違う、優しくて穏やかな声。
まるで何時間も待たせたかのように、申し訳なさそうに心配そうにシェリィの頬を撫でた。
その手つきは優しくて、大きな手に触れられるのは心地良くて。
ただの謝罪とわかっていてもドキドキしてしまう。
「お話をしていただけです」
ときめいていることを悟られたくなくて視線を逸らすと、オリヴァーは嬉しそうに目を細め、そのままそっと額に唇を落とした。
「オ、オリヴァー様ぁ!?」
同時に悲鳴が上がり、ポーラと女性達が目を見開いて口をパクパクさせている。
地面に打ち上げられた魚と張り合えそうなその忙しない動きに、シェリィは自身の過ちにようやく気が付いた。
ああ、そうか。
どうやら、いつの間にかスキンシップへの抵抗が薄らいでいたらしい。
そもそもオリヴァーは浮いた噂もないつれない美少年なのだから、人前でキスなんてするはずもないのだ。
今更ではあるが、少しでも距離を取ろうとオリヴァーの胸を押す。
すると大人しく少し離れてくれたかと思えば、オリヴァーは不満そうな眼差しをポーラ達に向けた。
「……話、ね」
ふん、と鼻で笑う様と低い声に、ポーラ達だけでなくシェリィも一緒に少し震える。
あれ。
オリヴァーはシェリィには喧嘩腰だけど、基本的には紳士だったと思うのだが。
汚らわしいものを見たと言わんばかりの態度で睨みつけるこの少年は、一体誰なのだ。
「何故、そんな女を構うのです。オリヴァー様は騙されているのですわ!」
必死な様子で訴えるポーラは、まるで悲劇のヒロインだ。
しかも言っていることはあながち間違っていないので、耳が痛い。
「何を言うのかと思えば、馬鹿らしい」
吐き捨てるようにそう言うと、オリヴァーはそのままシェリィに手を伸ばしてそっと抱き上げる。
壊れそうな宝物を持ち上げるかのような、静かで慎重な動き。
おろして、と言うはずだったのに、シェリィを見下ろす瞳があまりにも優しくて言葉に詰まる。
ああ、ずるい。
本当はシェリィに向けられるのは険しい眼差しと冷たい声だとわかっているのに、目の前のこの微笑みには抗えない。
何も言えずにいるシェリィを見て満足そうに微笑むと、オリヴァーは一転して冷たい視線をポーラ達に投げつけた。
「――シェリィは俺の婚約者だ。今後、目に余るようなら容赦はしないから。そのつもりで」
「えっ!?」
「ああ!」
衝撃の告白内容に息をのむポーラ達と、暴露されてしまった事実に頭を抱えるシェリィの悲鳴が重なる。
婚約したことさえバレなければ、気の迷いで何とか押し通せたかもしれないのに。
これでオリヴァーの黒歴史は取り返しのつかないものになり、同時にシェリィへの恨みも一段階上昇が確定した。
……やっぱり、地方に引っ込んだ方が世のためオリヴァーのためかもしれない。
呆然としている間にオリヴァーは会場から出てしまい、抱っこで入退場という完璧なラブラブ婚約者の動きに、もう呻き声しか出ない。
死んだような目のシェリィを抱きかかえたまま、オリヴァーは馬車に乗り込む。
とりあえず、人目のない安全地帯に戻れた。
色々疲れたので早く帰りたい、眠りたい、現実逃避したい。
だが、椅子に座ったオリヴァーはシェリィを傍らにおろすと、すぐさまぎゅっと抱きしめた。
「すぐに助けられなくてごめん。怪我はないか? あいつらに何を言われた?」
「オリヴァー様は悪くありませんし、本当に平気です」
物理的な攻撃はされていないし、訴えられたこともほぼ事実。
最終目標は結局よくわからなかったが、彼女達がオリヴァーに好意を抱いていることは間違いないのだから、シェリィが一方的に被害者というわけでもない。
「それよりも、呼び出された用事はどうなりました? 私のせいで中途半端なんてことはありませんよね?」
宰相の命令を妨害したなら一大事なので、今すぐオリヴァーだけでも戻ってもらわないと困る。
オリヴァーの胸を押して少し距離を取ると、嘘を見逃すまいと真珠の瞳をじっと見つめる。
「ああ、それはすぐに片付けたから大丈夫。遅くなったのは別件で、バントック伯爵に捕まった」
「バントック……ポーラ様の父親の?」
社交の場である以上、次期公爵であるオリヴァーに話しかける人も多いだろう。
とはいえ、タイミングがタイミングなので何の話か察してしまい、思わずうつむく。
これでは気になりますと言っているようなものだと気付いたものの、今更視線を合わせるのも気まずい。
「……気になる?」
「べ、別に私は……」
反射的に顔を上げてしまい、当然のようにオリヴァーとばっちり目が合う。
いっそからかってくれればいいのに、黒真珠の瞳を優しく細めたかと思うと、オリヴァーはそっとシェリィの頭を撫でた。
「要は縁談だな。ポーラ・バントック伯爵令嬢との婚約を打診されたから、きっぱり断ってきた。俺にはシェリィという最愛の婚約者がいるし、妾を持つつもりもないので他の女性は不要、ってね」
「伯爵相手に妾にまで言及しなくても」
「あんまりしつこいし、言外に正妻でなくても構わないと言ってきたからな。ああいう相手は放っておくと付け上がるから最初が肝心だ」
正妻でなくても構わないという父親もどうなのだと思うが、ポーラには兄姉がいたはずだし、公爵家と縁を持てるのなら十分価値があるという打算かもしれない。
ポーラがどこまで承知しているのかはわからないが、どちらにしても失礼な話だ。
「他の女性に目を向けることはないから、心配しないでいいよ」
「でも、その……例えば隣国の王女との縁談が持ち上がったりするかもしれません」
ああ、何て可愛くない物言いだろう。
自分でも嫌になるけれど、オリヴァーの好意を素直に受け取るわけにはいかないのだという口実が欲しい。
そうでなければ、きっと流されてしまうから。
「ああ、そういう話も以前にあったな。でも俺には心に決めた人がいるからと断っている」
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