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23 俺のこと、少しは好き?
しおりを挟む……あれ、これは良くないのでは?
今、シェリィはハワードと握手している。
正確に言えば、興奮したシェリィがハワードの手を包み込むように握っていた。
オリヴァーの視線は完全にその手に向かっているし、どう見ても嫉妬しているとしか思えない。
シェリィが慌てて手を放すと、ハワードは両手で本を抱え直した。
「それでは、シェリィさん。また今度……二人きりで」
「あ、ええ。ありがとうございます」
ハワードの笑顔に手を振って見送ると、険しい表情のままのオリヴァーがその手をつかみ、そのまま研究室の中に入る。
「……ちょっと、ごめん」
「きゃっ⁉」
扉が閉まるや否や、オリヴァーはシェリィの手を引き、そのまま腕の中に収める。
抱きしめられているのだが、何というか甘さよりも必死さが前に出ているというか。
まるでシェリィの姿を隠すような、あるいは閉じ込めるような動きだ。
「普通ってきついな。シェリィに触れている男がいても見逃すとか、拷問だろ……」
ため息と共にぎゅうぎゅうと抱きしめてくるのだが、それでも力加減はしてくれているらしく苦しくはない。
「ごめん、シェリィ。もっと格好良く対応したかったけど、無理だ」
今度は少し腕を緩めたかと思うと、何度もシェリィの頭を撫で始めた。
それがシェリィに触れたいというよりもオリヴァーの心を落ち着かせるためなのだとわかってしまい、何だか胸の奥がふわふわする。
「……人前では控えてほしいですが、嫉妬されるのはちょっと嬉しいかもしれません」
もちろん、これは媚薬の効果だから、本当は嫌われているのだが。
「え?」
「あ!」
オリヴァーの間の抜けた声を聞いて、ハッと我に返る。
今、もしかして心の声が漏れていたのか!?
「あの。そ、そういう意味ではなくて」
じゃあどういう意味なのだと自分でも思うけれど、動揺しすぎて上手い言葉が出てこない。
「わかる」
「そう、わかる……わかる?」
妙な返答が引っかかって顔を上げると、オリヴァーは少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
「嫉妬って、相手を気にしていないと出てこない感情だからな。他の女性に声をかけたらシェリィが嫉妬してくれないかな、と思ったことは何度もある」
確かに、どうでもいい相手が誰といちゃついていようとも、どうでもいい。
つまり嫉妬している時点で関心があるという証明であり、それを嬉しいと思うのは紛れもない好意の一つの形なのだろう。
……相手にバレるのは恥ずかしいけれど。
「でも無反応だったらきついし、何よりシェリィ以外に近付く時間がもったいない。万が一にも誤解されたら終わりだしな。……その結果、気を引きたくて余計なことを言うようになったが」
ばつが悪そうに語る表情も口調も、とても自然だ。
まるで本当にあったことのように話しているが、媚薬は記憶すら捻じ曲げるのだろうか。
「愚かだったと思う。素直にシェリィに好きだと伝えればよかったんだ。シェリィも嫉妬が嬉しいのなら……俺のこと、少しは好き?」
首を傾げながら顔を覗き込まれ、目の前で黒真珠の瞳が輝く。
――好きに決まっている。
危うくこぼれそうになる本音をぐっと飲みこむと、シェリィは思い切り顔を背けた。
「ふ、普通です!」
必死に叫んだけれど、顔は熱いし、どう見ても好きだと言ったようなものだ。
それはオリヴァーにも伝わっているらしく、微かな笑い声が耳に届いて恥ずかしい。
「嫌われていなければいいよ。これから、じっくりと想いを伝えていくから」
耳元でささやかれる言葉は、その音も言葉もシェリィには甘過ぎる。
媚薬の効果は一体いつまで続くのだろう。
このままだとドキドキで死んでしまうかもしれない。
どうにか正気を保とうと必死に拳を握り締めるシェリィの頭を、オリヴァーの大きな手が優しく撫で続けた。
そして数日後、シェリィは部屋を出てリーヴィス邸の廊下を進んでいた。
今日はオリヴァーが外出していて不在という、大チャンス。
これを逃す手はない、と通りすがりの使用人に声をかける。
「私、自分の家に帰ろうと思います」
その一言に使用人の笑顔は凍り付く。
手にしていた花瓶がするりと滑り落ち、割れた花瓶の破片と水が飛び散り、その音を凌駕する叫び声が邸内にこだました。
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