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22 賠償金に希望の光
しおりを挟むついに、学園へ行く日が来た。
媚薬を盛られた翌日に学園にも行っているがが、あれは休日。
ハワードには会ったが、オリヴァーの豹変ぶりはバレていなかったはずだ。
だが、もうどうにもならない。
シェリィは遠い目をしながら、学園の中を歩いていた。
オリヴァーももちろん一緒、というか隣にいる。
それもどう考えても友人知人ではありえない距離感で、シェリィと手を繋いで歩いている。
最初は抵抗した。
そもそも一緒の馬車で学園に行くのを拒否したし、学園内でも接しないようにお願いしたし、指輪を外したいとも頼んだ。
オリヴァーは媚薬でおかしいとはいえ、学園の生徒は正気だ。
黒歴史の目撃者はできるだけ少なくするのが、互いの未来のためである。
だが、それらをことごとく却下された結果、手を繋いで歩いていた。
これはお姫様抱っこでの移動を断った末の妥協案なのだが、よく考えると前提条件がおかしい。
虚ろな眼差しで歩きながらも、シェリィの耳には生徒達の囁きが届く。
「オリヴァー様、ご乱心」「ロット男爵令嬢に弱みを握られたに違いない」というあたりは、ある意味で真実なのでまだいい。
さすがに指輪に気付かれて「オリヴァー様の瞳の色の宝石を身に着けるなんて図々しい」「研究馬鹿は指輪をはめる指の意味も知らないのか」と馬鹿にしているのも、問題ない。
だが「二人は恋仲だったのか」「私のオリヴァー様によくも手を出してくれたわね」あたりは、なかなかの危険度だ。
何と言ってもオリヴァーは由緒正しいリーヴィス公爵家の嫡男であり、容姿端麗で成績優秀という、独身女性垂涎のお相手。
これでオリヴァーが「シェリィの媚薬で正気を失った」と言おうものなら、魔法院やリーヴィス公爵よりも先に女性達がシェリィを葬りにくることだろう。
そもそもポーラの嫉妬で起きた事件だし、ポーラから事情を聞きたい。
できれば不慮の事故なのだとポーラが証人になってくれると、シェリィの生存率も上がる。
ところが学園に到着してすぐ講師に確認したところ、ポーラは出席していないらしい。
何でもここ最近はずっと休んでいるらしいが、貴族令嬢は親の領地視察に同行して長期欠席も珍しくない。
つまり、いつ話ができるかわからないということになる。
シェリィは深いため息をついた。
ポーラと話ができないのなら、まずはオリヴァーをどうにかするのが急務だ。
ようやく方針が決まると、シェリィは人目のない廊下の柱の影で立ち止まった。
「オリヴァー様、私にも色々用事があります。ちょっと離れてください。あと普通にしてください」
「普通って?」
「今まで私には喧嘩腰でしたよね? 突然対応を変えたら皆びっくりしてしまいます。ごく普通の知人くらいの距離感にしてください」
オリヴァーの表情は不満そうではあるけれど、否定の言葉は帰ってこない。
シェリィと一緒に歩いていたのだから、当然生徒達の声はオリヴァーにも届いている。
そのせいで無理強いはできないのだろう。
「じゃあ、対価をくれ」
「おかしくありません?」
苦渋の選択という感じで訴えられたが、意味がわからない。
「可愛いシェリィと離れるんだぞ。それも野郎共が沢山いる学園の中で。心配だし、つらい」
「男子生徒は全員、私に興味関心なんてこれっぽっちもありません。ご安心ください」
「シェリィは自分の可愛らしさをわかっていないんだ」
「オリヴァー様も自分がおかしいと気付いていないのです」
このままでは平行線だし、時間がもったいない。
シェリィはため息をつくと、背伸びをしてオリヴァーの頬に口づける。
こういうのは良くないとわかっているけれど、今は仕方がない。
どうにか納得してもらってオリヴァーと別れると、そのまま自分の研究室に入った。
一人になったのは久しぶりで、解放感と疲労から扉にもたれて深く息を吐く。
「のんびり休みたいところですが、まずは今後のことを考えないといけません」
シェリィは窓を開け放して空気を入れ替え、椅子に座り腕を組んだ。
「媚薬が切れて事が明るみに出れば、オリヴァー様は激怒するでしょう。公爵令息に危害を加えたわけですし、結果的に婚約詐欺。魔法院内定取り消しは仕方がないですね」
シェリィは止めたし、オリヴァーが勝手に飲んだ。
だが媚薬の製作者がシェリィである以上、無罪というわけにはいかない。
多少理不尽ではあるが、もうそこは諦めるしかないだろう。
「誠心誠意謝って……問題は賠償金ですね」
こういう場合に一体いくら支払うのか見当もつかないが、どう考えても安くないはずだ。
「お金を稼ぐために仕事をしないと。魔法院は無理でも、地方でひっそりと研究を続けるくらいなら許されるでしょうか……」
すると、呟きに応えるように扉をノックする音が聞こえる。
オリヴァーにしては早すぎると思いつつも警戒しながら扉を開けると、そこに立っていたのは沢山の本や書類を抱えたハワードだった。
「シェリィさん、前に言っていた資料を届けに来ました」
「ありがとうございます。ちょうど私も返したい本が」
何冊かの本を交換するが、その動きで風が起こり、ハワードの本の上に乗っていた書類がひらりと床に落ちてしまう。
すぐに拾って返すが、その手を見てハワードが少し目を瞠った。
「シェリィさん、その指輪は……」
「これは、ええと、どうしようもない事故とでも言いますか」
上手い説明が思い浮かばないので、とにかく話題を変えたい。
「と、ところで、その紙に書いてある地方の研究員募集というのは何でしょう?」
「ああ、先生に頼まれた掲示物です。やはり研究に従事する者は魔法院を筆頭に王都に集まりがちですから。どうしても地方は人手不足らしいですよ」
ハワードが教えてくれたのは地方も地方、王都から半月はかかりそうな僻地だ。
そのあまりの遠さに、シェリィの紫水晶の瞳がきらりと輝いた。
「これ、募集条件はどうなっていますか? 私でもいけます?」
「必要な試験や免許はすべて問題ありませんが……上位貴族の推薦が必要だと言っていました。まあ地方の割には衣食住完備で破格の待遇ですし、身元の保証を求めるのもわかります」
「ええ……」
シェリィの父は男爵なので上位のくくりには入らない。
親族にも該当者はいないし、何よりリーヴィス公爵家に睨まれてしまえばシェリィに関わりたくはないだろう。
光明が差したと思ったのに、ぬか喜びか。
がっくりと肩を落とすと、ハワードが不思議そうに首を傾げる。
「シェリィさんは魔法院の内定をもらっているので、魔法院で働くのでは?」
「ええと。ちょっと事情があって、魔法院に行けなくなるかもしれません。だから他の就職先を探しておこうかと思って。でも上位貴族の推薦なんて伝手がないので、諦めます」
「よければ、父に頼んでみましょうか?」
「えっ、いいのですか!?」
ハワードの父親はカッター侯爵。
間違いなく上位貴族だし、リーヴィス公爵家が直接圧をかけなければ何とかなるかもしれない。
「ええ。むしろ父の事業で薬の製作や研究の人員を募集しているので、そちらに誘われるかもしれませんが」
侯爵家の事業となれば、相応の規模のはず。
もしかすると今の研究を続けるだけの機材も揃っているかもしれない。
「是非、お話を聞きたいです」
「では父に相談してみます。今度二人で話をしましょう」
「ありがとうございます!」
シェリィはハワードに手を差し出すと、握手をする。
期待と希望で力がこもってしまい、ぎゅっと握りしめる形だ。
「……何をしているんだ」
冷えた声に顔を向ければ、そこには鉄紺の髪の美少年が立っていた。
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