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16 お金持ち、怖い

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「青いドレスは薔薇色の髪が引き立つな。少し大人っぽい雰囲気でシェリィの魅力をよく引き出している。そうだな、胸元のレースは銀糸の入ったものにしよう。白い肌によく映えるはずだ」

「淡い黄色も似合っているよ。ああ、まるで春の女神のように華やかで美しい。少しうなじが見えるように髪を上げて……いや、それだと色香に惑う連中が増えるか。加減が難しいな」

「シェリィの瞳と同じ紫色もいいな。先ほどの紫水晶アメジストを花芯に使った花を散らすか、あるいは金糸で編み上げた花飾りにするべきか。シェリィの瞳の輝きは宝石を凌駕するから、それに見合うものとなると……」

 何着もドレスを着替えるシェリィを見ては謎の賛辞と指示を発し続けていたオリヴァーは、深刻な表情でため息と共に額に手を当ててうつむいた。


「ああ……何を着ても可愛らしいなんて、困った」
「困ったのはこちらです! 今日は採寸だと言ったのに、何で着せ替え人形みたいなことになっているのですか⁉」

 採寸したら帰れるのだと思って店員と共に別室に移動したら、何故かドレスを着せられ、オリヴァーが絶賛しての繰り返し。
 緊張と混乱でされるがままだったけれど、これはさすがにおかしい。

「心配いらないよ。今着ているのはあくまでも仮のもの。シェリィのサイズと美しさに合わせて仕立て直すから」
「そうではなくて。……大体、こんなにたくさん着ても選びきれませんよ」

「選ぶ必要はないよ。全部シェリィのものだから」
「へ?」

「当面はこれで凌いで、しっかりとシェリィに合わせたドレスは別で仕立てる。……少し待たせるが、悪いな」
「全部って、今までのドレス全部ですか?」

 正確な数は数えていないけれど、軽く十着は超えていたはず。
 その上で更にドレスを仕立てるというのか。
 当然と言わんばかりにうなずくオリヴァーを見て、シェリィは心底呆れた。

 これが桁違いのお金持ち、生きる世界が違う。
 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


「さあ、次に行こうか」

 ご機嫌な様子のオリヴァーの一言でようやく店を後にしたが、この数時間でいくらお金を使ったのかは考えたくない。

 馬車に乗るなりため息をつくシェリィの肩を、オリヴァーが優しく叩く。
 誰のせいだと言ってやりたいが、柔らかく微笑まれれば文句もしぼんでしまうのだから、ずるい。
 八つ当たり気味な感情を持て余して窓に目を向けるが、車窓を流れる景色は邸とは違う方向に向かっている。


「あの、帰るのでは?」
「まさか。デートだと言っただろう。ついでに買い物をしただけで、これからが本番」

 ついでの買い物で、王室御用達の高級店を貸し切ってあの量を購入するのか。
 ……怖い、お金持ち怖い。

 若干怯えるシェリィを乗せた馬車は、ほどなくして停まる。
 馬車の窓から外を覗けば、目の前には大きな建物がそびえていた。

 石造りの柱が何本も並ぶ様は印象的で、柱の上部は緩やかな弧を描いて繋がっている。
 神話の動物の彫刻は繊細で、まるで本当の生き物が訪れた者を見守っているかのようだ。
 時と共に色を変える緑青と色褪せない金が使われた屋根は、年月の重みを感じさせる。
 周囲とは一線を画す威厳すら放つこの建物を、シェリィもよく知っていた。


「劇場……ということは、お芝居を観るのですか?」

 王都で最大のこの劇場に、シェリィは一度だけ来たことがある。
 休日はひたすら研究に没頭しているシェリィだが、たまたま体調を崩した友人がもったいないからとチケットをくれたのだ。

 人気の恋物語の上演ということでかなりの人でごった返していて、席への移動も大変だった覚えがある。
 しかも運悪く隣の席の女性が感極まっていちいち声を上げるタイプだったので、台詞があまり聞き取れなかった。
 それでも華やかな音楽や演者の衣装は素晴らしく、お芝居も悪くないなと考えを改めさせられた。

 実を言うとその後に一度チケットを取ろうとしたことがあるのだが、人気の演目は上演が決まった時点でほぼ完売らしいと聞き、諦めていた。

「ああ。確か人気の恋物語だと言っていたな。今日がちょうど最終日らしい」
 オリヴァーの視線の先には上演スケジュールの掲示板があり、そこに書かれていたのはシェリィが一度だけ観たあのお芝居のタイトルだった。

「ああ! このお芝居、もう一度観たかったのです!」
 まさかこんな偶然が起こるとは。
 興奮のあまり手を組んで目を輝かせるシェリィにオリヴァーは一瞬頬を緩めるが、その顔が少し曇った。


「一度、観たのか」
 明らかに不機嫌な声音に、シェリィはハッとして慌てて手を振る。

「前回は隣の席が気になって台詞に集中できなかったので、凄く嬉しいです。ありがとうございます」
 わざわざ連れてきてくれた相手に対して「観たことがある」だなんて、失礼な発言だった。
 オリヴァーは何も悪くないし嬉しいのだと必死で伝えるけれど、更に眉間に皺が増えている。

「す、すみません。気分が悪いですよね。でも本当に楽しみなのです」
「……誰だ」

「え?」
 低い声の小さな呟きにシェリィが首を傾げると、オリヴァーは息を吐いた。

「台詞に集中できないくらい、気になる相手だったんだろう」
 確かに気になる、というか気が散る女性客だったが、それがどうしたのだろう。

「シェリィはそいつのこと……好きなのか?」
「好きも何も、初対面で……え? ……もしかして、男性と観劇したと思っているのですか?」
「違うのか?」

 互いに驚いて見つめ合い、暫しの沈黙が流れる。
 オリヴァーはシェリィと男性が観劇したと思っている。
 その上でこの話の流れということは、つまり。

「嫉妬……したのですか?」

 導き出された答えを口に出すと、オリヴァーの黒真珠の瞳が揺れた。
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