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45.無自覚の溺愛

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「どうしたんだい?ジャハーンダール王?」

 ヘダーヤトが訳知り顔で、形だけの問いかけをする。ジャハーンダールの心の内は乳兄弟であるヘダーヤトからすれば、推測はたやすい。
 どうせ、ファルリンのことをそういう意味で好きだとようやく気がついたのだろう。
 今までは、「近臣として取り立てたら役立ちそうだ」という面でしかファルリンを見ていないと思っていたに違いない。
 第三者からみれば、ジャハーンダールの行動は好きな人に対する態度なのは見え見えだった。

「あ……いや、その……」

 ジャハーンダールは、今更ながら自分の私室のベッドにファルリンを寝かせていることに照れているのである。ファルリンに何もしていないのだが、周囲はおそらくそうは思っていないだろう。

「ファルリンに対しては、ちゃんと態度を示す。マハスティにも白黒つけないとな」

「その件のマハスティはどこへ?」

「さあな。領地に帰ったんじゃ無いのか?」

 幼馴染みだというのにジャハーンダールはあっさりとした返事だった。ファルリンへの執着の高さが窺える。
 マハスティは、アパオシャを退治した頃から王宮に姿を見せなくなった。大人しく領地に帰ったものだとジャハーンダールは思っていた。
 アパオシャを退治した後、甘えてくるマハスティよりも重傷で倒れたファルリンを選んだのだ。誰しもがマハスティが失恋をして王宮に来ないのだと疑っていなかった。

「僕としては、なんでマハスティがジャハーンダールと結婚できると信じていたのか不思議だよ」

 ヘダーヤトは、テーブルに置いてあるミントティーを口に含んだ。ミントの爽やかな香りが口の中に広がる。
 ジャハーンダールは興味深そうに、先を促した。

「代々この国の国王は政略結婚をしてきた。正妃には政治的価値の高い人物、ハーレムには王の好みの女性を揃える」

 ヘダーヤトはティーカップを包み込むように持った。
「正妃には被征服民の首長の娘や同盟国の首長の娘が選ばれる。前者は被征服民が自分たちのかつての支配者の血縁が、征服者の王と結びつくことで同じ国民であるという意識を持たせることになるし、後者の場合は同盟の強化となる」

 ジャハーンダールもカタユーンもヘダーヤトの話を神妙な面持ちで聞いている。

「王族同士の結婚は王族同士でやるものだ。マハスティはいくら建国以来の名家の娘だからと言って、王であるジャハーンダールの正妃には慣れない。ハーレムの一員にはなれるかもしれないけれどね」

 ヘダーヤトはここで言葉を切って、ジャハーンダールに向かって、にやりと笑った。ヘダーヤトの含みのある笑いに、ジャハーンダールの顔が引きつる。

「僕は陛下とファルリンが結婚することは賛成だよ。ファルリンは被征服民である砂漠に住む者バティーヤの族長の娘……かつては王家の一族だ。王であるジャハーンダールが結婚するに相応しい」

「珍しいなお前が、俺の結婚について踏みこんでくるのは」

「忠実な臣下としては、そろそろお世継ぎも気になる年齢なんですよ」

 ジャハーンダールは、そうかと言ったきり黙ってしまった。何か思案しているようだった。





 ファルリンの日常はすぐに戻ってきた。ファルリンが起き上がれるようになった日に近衛騎士用の宿舎に戻ったのだ。ジャハーンダールのふかふかの上等なベッドから離れるのは惜しい気もしたが、豪華すぎる部屋は落ち着かなかった。
 起き上がれるようになってからは、どんどん回復する速度が上がっていった。まだ、通常の訓練には戻れていないが、リハビリを兼ねて簡単な運動をしている。
 夕暮れ時、ファルリンは何気なくいつもの回廊から中庭を眺めた。四阿に人影があった。自分たちが利用していた頃は、他人が使っていることは見なかったが、やはり人気の場所なのかも知れない。そう思って、ファルリンが自分の部屋に戻ろうとしたとき、四阿に居る人影が見覚えのあるものだと気がついて、立ち止まった。
 ファルリンは、息をのんだ。鼓動が高くなるのがわかる。
 意を決して、中庭の四阿に向かった。

 四阿にいる人物は、本を読んでいるようだ。地味な魔術師のローブを着て、黒髪、褐色の肌というこの国では珍しくない色の取り合わせ。だけれど、ファルリンは彼のことを見間違えるはずは無かった。

「どうして、ここに?」

 ファルリンの問いかけに、顔を伏せて本を読んでいた人物が顔をあげた。

「この格好の方が目立たないからな」

 メフルダードの格好をしたジャハーンダールがファルリンに向かってウィンクをした。
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