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25.もう一度口を開けて?
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「す……すみません。あの茘枝を食べたら美味しかったので、両親と妹に食べさせたいな、と思ったら急に……」
もちろんファルリンの咄嗟についた嘘である。確かに故郷に居る家族に食べさせたいとは思ったが、泣くほどのことではない。しかしまったくの嘘でもないため、メフルダードはファルリンの言い訳を信じたようだ。
不当な差別を受けたのではないか、と心配したメフルダードは胸をなで下ろして、ファルリンの隣に座った。
「故郷に帰りたいのか?」
「元気で陛下にお仕えしていることを、直接伝えられたら、とは思います」
「そうか」
メフルダードは思うところでもあるのか、沈黙してしまった。ファルリンは暗くなった雰囲気を追い払おうと、茘枝を手に取り皮を剥いた。白く瑞々しい果肉をメフルダードの唇に押しつける。
(このぐらい……良いですよね?)
メフルダードへの想いを自覚して、いずれは手放さなければならない想いだとしても、少しぐらいの触れあいは許されるのではないか、とファルリンは思った。
「はい、あーんしてください」
メフルダードは、下から覗き込むように見つめてくるファルリンに面食らったような表情をしたが、口を開けて茘枝を口に含む。甘く薫り高い茘枝を口にしてメフルダードは、満足そうに微笑んだ。
「どんどん剥いてください」
メフルダードは、ファルリンの手から茘枝を食べることに躊躇がないようで、もっと剥けと指示を出す。ファルリンも言われるがまま、茘枝の皮を剥いて、メフルダードに食べさせる。
何度目かメフルダードに茘枝を食べさせて、ふとファルリンはあることに気がついた。
(これ、まるで隼に餌を与えているときと同じだわ)
砂漠に住む者が狩りをするときのお供は、隼である。狩りをする前に、防具をつけた腕に隼を止まらせ、手渡しで生肉を食べさせる。得物を仕留めたときも同じように、腕に隼を止まらせ餌を与える。
ファルリンがメフルダードの口元に果実を近づけると、ぱかっと大きな口を開けるメフルダードの姿が隼と重なる。
「休み明けの巡回当番の相手は誰だか知っていますか?」
「まだ発表になったのを確認していません」
「僕です」
メフルダードがファルリンを見透かすようにじっと見つめている。
(もしかして、様子のおかしかった私のことを心配して?)
「嫌なら当番を交代しますが……」
「嫌ではありません」
ファルリンは、メフルダードの言葉に被せるように言った。
ジャハーンダール自身、ファルリンが自分のことを嫌がっているとはこれっぽっちも思っていないが、ファルリンの本音を引き出すための演技だ。
意味も無くジャハーンダール自身を避けていた理由を吐いてもらわなければならない。
「ここのところずっと避けていて申し訳ありませんでした」
「理由はなんでしょう?」
「り……理由ですか?!」
ファルリンは、慌てふためいて視線をあちこちに動かす。正直に答えたくないと思っているのが、ジャハーンダールの手に取るようにわかる。
(メフルダードの事が好きだと自覚したので恥ずかしくなって逃げていました、なんて言えない)
ファルリンはなんと答えて良いか判らず、だけれど恥ずかしそうにほほを若干染めて、メフルダードを潤んだ瞳で見上げた。
ジャハーンダールは、普段はあまり見せないファルリンの年頃の少女らしい表情に鼓動が高鳴る。
(これ、絶対俺のことが好きだな)
ジャハーンダールは確信を持って、心の中で言い切る。ただ、貴族の少女達から同じような想いを向けられた時と違うのは、思わず顔がにやけそうになり堪えるのが大変というのと、体中が熱いということだ。
ファルリンが顔を赤くしているのと同じように、ジャハーンダールも頬をわずかに赤くしていた。
「ま、まあいいでしょう。明日、二人で近くの街まで巡回です。行けますよね?」
「もちろんです」
ファルリンは、世界で一番幸せそうに、そして嬉しそうに笑った。
(メフルダードに頼られるのは、とても嬉しい)
メフルダードの言葉に浮かれたように返事を返すファルリンをみて、ジャハーンダールの心は揺れる。
(俺の言葉でそんなに喜ぶなんて、愛やつめ)
ジャハーンダールは上機嫌でファルリンと太陽が地平線に沈み、暗くなるまで四阿で過ごした。
翌朝、ファルリンは遠出用の支度をして王宮の正門で待っていた。メフルダードと供に近くの街の巡回に行くのだ。
巡回の仕事は第一から第三まである騎士団の仕事だが、王都への魔獣の襲撃の備えや王都から遠くにある街まで巡回コースが広がるなどして人手不足のため、近衛騎士団が近くの街までの巡回を行っている。
メフルダードと二人で初めての遠出である。仕事とはいえ浮かれないわけがない。メフルダードを待っている時間でさえ、楽しい。
やがて同じように遠出の支度をしたメフルダードがのんびりと歩いてやってきた。二人で厩舎から駱駝を借りて王宮の門を出た。
ファルリンの初めての巡回警備の仕事の始まりだった。
もちろんファルリンの咄嗟についた嘘である。確かに故郷に居る家族に食べさせたいとは思ったが、泣くほどのことではない。しかしまったくの嘘でもないため、メフルダードはファルリンの言い訳を信じたようだ。
不当な差別を受けたのではないか、と心配したメフルダードは胸をなで下ろして、ファルリンの隣に座った。
「故郷に帰りたいのか?」
「元気で陛下にお仕えしていることを、直接伝えられたら、とは思います」
「そうか」
メフルダードは思うところでもあるのか、沈黙してしまった。ファルリンは暗くなった雰囲気を追い払おうと、茘枝を手に取り皮を剥いた。白く瑞々しい果肉をメフルダードの唇に押しつける。
(このぐらい……良いですよね?)
メフルダードへの想いを自覚して、いずれは手放さなければならない想いだとしても、少しぐらいの触れあいは許されるのではないか、とファルリンは思った。
「はい、あーんしてください」
メフルダードは、下から覗き込むように見つめてくるファルリンに面食らったような表情をしたが、口を開けて茘枝を口に含む。甘く薫り高い茘枝を口にしてメフルダードは、満足そうに微笑んだ。
「どんどん剥いてください」
メフルダードは、ファルリンの手から茘枝を食べることに躊躇がないようで、もっと剥けと指示を出す。ファルリンも言われるがまま、茘枝の皮を剥いて、メフルダードに食べさせる。
何度目かメフルダードに茘枝を食べさせて、ふとファルリンはあることに気がついた。
(これ、まるで隼に餌を与えているときと同じだわ)
砂漠に住む者が狩りをするときのお供は、隼である。狩りをする前に、防具をつけた腕に隼を止まらせ、手渡しで生肉を食べさせる。得物を仕留めたときも同じように、腕に隼を止まらせ餌を与える。
ファルリンがメフルダードの口元に果実を近づけると、ぱかっと大きな口を開けるメフルダードの姿が隼と重なる。
「休み明けの巡回当番の相手は誰だか知っていますか?」
「まだ発表になったのを確認していません」
「僕です」
メフルダードがファルリンを見透かすようにじっと見つめている。
(もしかして、様子のおかしかった私のことを心配して?)
「嫌なら当番を交代しますが……」
「嫌ではありません」
ファルリンは、メフルダードの言葉に被せるように言った。
ジャハーンダール自身、ファルリンが自分のことを嫌がっているとはこれっぽっちも思っていないが、ファルリンの本音を引き出すための演技だ。
意味も無くジャハーンダール自身を避けていた理由を吐いてもらわなければならない。
「ここのところずっと避けていて申し訳ありませんでした」
「理由はなんでしょう?」
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ジャハーンダールは、普段はあまり見せないファルリンの年頃の少女らしい表情に鼓動が高鳴る。
(これ、絶対俺のことが好きだな)
ジャハーンダールは確信を持って、心の中で言い切る。ただ、貴族の少女達から同じような想いを向けられた時と違うのは、思わず顔がにやけそうになり堪えるのが大変というのと、体中が熱いということだ。
ファルリンが顔を赤くしているのと同じように、ジャハーンダールも頬をわずかに赤くしていた。
「ま、まあいいでしょう。明日、二人で近くの街まで巡回です。行けますよね?」
「もちろんです」
ファルリンは、世界で一番幸せそうに、そして嬉しそうに笑った。
(メフルダードに頼られるのは、とても嬉しい)
メフルダードの言葉に浮かれたように返事を返すファルリンをみて、ジャハーンダールの心は揺れる。
(俺の言葉でそんなに喜ぶなんて、愛やつめ)
ジャハーンダールは上機嫌でファルリンと太陽が地平線に沈み、暗くなるまで四阿で過ごした。
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メフルダードと二人で初めての遠出である。仕事とはいえ浮かれないわけがない。メフルダードを待っている時間でさえ、楽しい。
やがて同じように遠出の支度をしたメフルダードがのんびりと歩いてやってきた。二人で厩舎から駱駝を借りて王宮の門を出た。
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