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20.変化の兆し

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 ファルリンは、顔を赤くしたまま回廊を慌ただしく歩いて行く。
 西日が差し込む回廊で、人の顔色は分かりにくくなっているが、ファルリンの顔の赤さは誤魔化せない。

(恥ずかしい……!でも、本当のことだし)

 回廊の角を曲がって、向かい側からカタユーンがやってきた。王宮での仕事を終え、隣接して建てられている神殿へと帰るのだろう。頬を赤くして挙動不審なファルリンに、訝しげに声をかけた。

「どうしましたか、ファルリン」

「あ、カタユーン」

 ファルリンは、カタユーンに気がつかなかったようで、驚いて足を止めた。

「いえ、なんでもありません」

(まさか、メフルダードのことを考えていたとか言えない)

「そういえば、先ほどメフルダードが貴女を探していましたよ。それは、もう、不機嫌な様子で」

「私、メフルダードの事なんて考えていませんから!」

 ファルリンはさらに慌てた様子で、カタユーンに答えるとその場から逃げ出すように駆けだした。カタユーンはその様子を黙って見届けて、ファルリンの後ろ姿に向けて呟いた。

「そんなに慌てるほど、メフルダードの事を考えていたのですね」






 意識をすればするほど、ファルリンは深みにはまるタイプであったようで、あれから四阿でメフルダードと会っても以前のように話すことができなくなっていた。どことなく、ぎこちなくなってしまうのである。ファルリンの様子がおかしいことも、ジャハーンダールは気がついてはいるが、話しかけようとするとファルリンはメフルダードから顔ごと視線をそらすし、うまいこと逃げ出してしまうのである。
 流石のジャハーンダールもこれには対処のしようがなく、ほとぼりが冷めるまでファルリンと距離をおくことにした。

 メフルダードを頼れなくなったファルリンは、ピルーズを頼る機会が増えていった。


「今度の休み、城下へ降りてみないか」

 訓練の休憩中に、ピルーズがファルリンに声をかけた。ファルリンは近衛騎士になってからずっと、休みはメフルダードとの特訓に割り当てられていたため、城下に降りたことがない。

「城下に降りても良いのですか?」

 てっきり近衛騎士というのは、休暇中であっても王宮の外に出ず自主訓練をしているものだと、ファルリンは思っていた。

「え?降りたことないの?」

 ファルリンの返答に、ピルーズは面食らった表情をした。

「はい。てっきり近衛騎士は王宮から出ずに自主訓練していると思っていました」

「いままでの休暇は何をしていたの?」

「その……メフルダードが座学の復習を手伝ってくれていまして……」

「そのメフルダードは、今度の休暇になんて?」

 ピルーズの質問に、ファルリンは気まずそうに視線をそらしながら答えた。

「えっと……その……今は、ちょっと気まずくて」

「へぇ」

 ピルーズは、ファルリンの回答に頷いた後、なにかぼそっと呟いたようであったが、ファルリンには聞き取れなかった。

「城下を案内するよ。せっかく休みなんだから、楽しもう」

「ありがとうございます。当日、どこへ集合ですか?」

 ファルリンの訊き方が、演習の場所を聞くようなそぶりだったのでピルーズは少しだけ可笑しくなった。口の端をにやり、とあげてファルリンに答える。

「部屋まで迎えに行くよ」

「はい、よろしくお願いいたします」

 まるで、先輩騎士から指導してもらった新米騎士のような返事をファルリンはした。ちょうど休憩時間が終わり、ファルリンは元の位置へと戻っていく。

「一応、デートの誘いのつもりだったんだけどな」

 ピルーズの呟きは、隣で休憩をしていたモラードがひろった。

「あれは、絶対に気がついてないぞ」

 年頃の男女で休みの日に城下に遊びに行くというのに、ファルリンはまったくその気を見せなかった。訓練の延長だとでも思っていそうなそぶりだ。

「ああいうの、落としがいがあるよね」

 ピルーズはファルリンの後を追いかけていった。
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