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16.小さな花のような笑顔

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「それで成果のほどは?」

 ジャハーンダールは、宮廷魔術師の服装のままヘダーヤトと並んで城壁を歩く。頭から被っている日差し避けの頭巾チャフィイエが、風に靡く。遠くで城壁の見張りの交代をしている以外、あたりに人影はない。太陽が天空の真上付近まで来ているため、気温は40度近い。城下の人々は、作業をやめて昼寝をしている時間だ。

「魔法は成功した。あれだけ強力な魔法が使えるなら、魔獣対策の幅が広がりそうだよ」

 ヘダーヤトは、立ち止まって城壁の外を見た。そこには広大な砂漠が地平線まで広がっている。生きとし生けるものはいないと言われている砂漠に、獣の群れが見えた。
 魔獣の群れだ。

「あの群れは、ここ最近城壁に突撃を繰り返してきて困っていたのだけれど、今日は、ほら少し距離を置いている」

 いつもは城壁からの遠距離武器が届かない距離で、魔獣の群れがうろうろしているが、今はそれより倍以上の遠方に群れている。四つ足の生き物だが、虎でもなくライオンでもない。浅黒い毛色に、黄金のたてがみ、血の色をした瞳の四つ足の生き物だ。彼らは、少し前々では個別に突撃を繰り返していたが、ある日突然群れとなり、だれかの指示に従うように統制の取れた攻撃を繰り返すようになった。

「ひとまず魔法で成果があがったというところか。根本的な対策がとれないと、そのうち手遅れになる」

 ジャハーンダールもヘダーヤトの隣で足を止め、魔獣を睥睨する。女神アナーヒターが降臨をした前後から、王都は魔獣に狙われるようになった。それまでは、年に数回しかなかった魔獣の被害が、ひと月ごとになり、一週間ごとになり、ついに毎日何かしらの被害が出るようになった。
 以前、大規模な兵団を組み近隣の捜索をしたが、魔獣の住処を見つけることはできなかった。

「あれは一体、なんなのだろうな」

 ジャハーンダールの問いかけに、ヘダーヤトは答えられない。王宮に眠る書庫を片端から漁っているが、あの魔獣が一体何なのか、どこにも記述がないのだ。以前には住んでいなかった魔獣が、突然現れたのだ。

「神話の時代ならいざ知らず、神々は天上から降りてこないものだと思っていたが」

 ジャハーンダールは眉をひそめた。ある日突然空から女神が降ってきた、というのは物語の始まりとしては劇的で、冒険の始まりを彷彿とさせるものだが、現実は、やっかい事の始まりであった。

「僕の考えだけれど、誰かが女神降臨儀式をしたんじゃないかな。そして成功したとは思っていない」

「現に、成功しているがな」

「女神降臨なんて誰もやらない儀式を成功させたのに、誰にも吹聴しないわけないだろう」

「それも一理あるか……儀式を行えそうなのは、まず、お前と」

「僕じゃないよ」

「分かっている。神聖魔法はそういうことができそうか?」

「できなくはないと思っている。神様の力を借りているわけだし。でも、カタユーンは王の痣マレカ・シアールを持っていない」

王の痣マレカ・シアールがないと難しいか?」

「カタユーンの場合はね。彼女は、そんなに強力な神聖魔法の使い手ではないよ」

 神殿における第一位の位である神官長であるが、求められている資質は、神聖魔法が使えるというだけではない。神事を滞りなく実行できる能力や、悩める人に寄り添い、時に慰める力、大勢の神官達をまとめる才能。それらをバランス良く持っていたのが、地方の神殿で神官を務めていたカタユーンであった。

「そうなると国中に調査の手を伸ばすしかないな」

 魔獣の群れが王都からさらに離れたのを確認して、ジャハーンダールは、元来た道を戻り始めた。ヘダーヤトもその後に続いた。




 近衛騎士は、訓練ばかりしているわけではない。王族の側に侍るので、美しい所作、高い教養を求められる。当然のように座学があった。
 ファルリンは、読み書きができる程度であったので座学は苦手である。そもそも学校という組織に所属したことがなかった。
 座学で学ぶのは、主に戦場での身の振る舞い方、指揮の仕方など戦術に関することだ。他にも王族に対する敬礼の仕方と、その他貴族に対する敬礼の仕方の違いや、儀式の時に着る貫頭衣カンドーラの違いなどもあった。

「座学が苦手だったんだね」

 同じ王の痣マレカ・シアールを宿しているよしみか、座学では隣の席にピルーズが座っていた。

「ふん、所詮は田舎者か」

 ピルーズの前にはモラードが座っていた。席順は自由のはずだがファルリンは、囲まれてしまっている感じがした。
 モラードの頭をピルーズが軽く叩く。

「そうやってバカにするから、女子から嫌われるんだよ」

「なっ……そんなことはないぞ!」

「この間、神官の……」

「わーわーっどこでそれを聞いた!俺は、断られていない!!」

「そっかぁ、デートに誘ったのに断れちゃったのか、可哀想だね」

 まったく可哀想に思っていない口調でピルーズが言った。
 族長の娘であっても、男性と変わらず放牧の仕事をしていたファルリンにとって、同年代の男の子と話をする機会はあまり無かった。
 軽妙なやりとりに思わず、ファルリンの顔がほころぶ。

(笑うと、可愛い……!)

 ピルーズは、小さな花が咲いたような笑顔を見せるファルリンに、胸が高鳴るのを感じた。
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