上 下
12 / 54

12.新たな役目

しおりを挟む
 ジャハーンダールは、御簾の奥で大広間の成り行きを見下ろしていた。もともと、この大広間に作られた回廊の王族専用の部屋は、数代前の好色な国王が、夜会の最中に、愛人を呼んでいろいろやりたいという発案で作られたものだ。
 即位したときに、この部屋を取り壊そうと思ったが予算の関係でいままで残っていた。このような事態になるのなら、残しておいて正解であった。

 ファルリンの軽妙な動きを見てジャハーンダールは感心した。砂漠に住む者バディーヤは独自の文化を持ち、駱駝に乗ったら世界で一番早いと言われている。そういった基礎的な体作りと王の盾マレカ・デルウの力がうまく共鳴しあってファルリンの超人的な力を作り出しているのだろう、とジャハーンダールは推察した。

(しかし……本当に王の妃マレカ・マリカの持ち主であることを隠すとはな)

 カタユーンの報告と、ファルリンの手を握ったときの衝撃を鑑みても、ファルリンの王の妃マレカ・マリカは本物だろう。

 大広間で歓声が上がった。ファルリンが二人目の兵士をノックアウトしたのだ。そのときにみせた、真剣な表情に、ジャハーンダールは心が揺れる。

(まさか、俺の妃になるのが嫌なのか?そんな女この地上にいるのか……!)

 彼は、心がわずかに揺れてしまったがために、地味に傷ついていた。




 兵士の数は残り二人となった。さきほど兵士を倒したときに、兵士が持っていた槍をファルリンは奪い取っていた。ファルリンはその槍を構えて、前から斬りかかってきた兵士の剣をはじき飛ばす。
 兵士の手からすっぽ抜けた剣は、弧を描き王に媚びを売っていたマハスティのすぐ近くの床に刺さった。彼女からカエルがつぶれたような悲鳴があがった。

 ファルリンは、その声に思わず笑顔になる。

(脅かすつもりはなかったんだけど……何度も小汚いとか言ってたし。砂にまみれるのは、砂漠に住む者バディーヤの誇りだわ)

 自分で考えていた以上に、マハスティの言葉にイライラしていたようだ。無意識のうちにやり返してしまっていた。

 ファルリンはすかさず槍の柄で、剣をはじき飛ばした兵士の鳩尾を殴り飛ばし、床に転がす。残りの一人に槍の先端を突きつけて構えると、兵士は降参した。
王宮に勤める兵士四人を制圧するのに、ほんのつかの間の時間だった。

「良くやった。ファルリンよ、お前を王の盾マレカ・デルウとして迎えよう」

 ジャハーンダールは、高らかに宣言した。




 王の盾マレカ・デルウとして認められたファルリンには、王宮内に部屋が与えられた。国王の側近達が居住している建物で、王の執務室に行くのも近い。ファルリンは、今までテント生活をしてきたので、個人の部屋を与えられたのは、初めてですこし不思議な感じがした。自分の居る空間に、他の誰かがいないのだ。テント生活の時には、常に家族の誰かがいる。
 ファルリンにはとても広く感じる部屋だが、王宮内ではこれでも狭い部類の部屋と言われている。ファルリンは、生活する上で必要な小物を用意してもらった。
 王の盾マレカ・デルウといっても常に王を護衛するのではなく、近衛騎士団に所属し日々鍛錬を行うことになった。近衛騎士団には、揃いの貫頭衣カンドーラがありファルリンに合うサイズの服が支給された。

 ファルリンは、自分の部屋で近衛騎士団の服に着替える。貴族の女性が着ていたような貫頭衣カンドーラと違い飾り気のないデザインであったが、どんな高価な服よりもファルリンには、価値があった。
 彼女は、部屋の中央でくるりと回転する。貫頭衣カンドーラの裾が広がった。心がむずがゆくなり、ファルリンは、ひっそりと笑った。

(私、今日から、近衛騎士団の一員なんだ)
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...