上 下
10 / 54

10.本物?偽者?

しおりを挟む
 カタユーンはファルリンが湯から上がったことを確認してすぐにジャハーンダールへ報告に向かった。

 王は、執務室で度重なる魔獣の被害の報告書を読んでいた。羊皮紙を机の上に置いて、カタユーンへと視線を向ける。
 さすがに彼は、宮廷魔術師の服から、いつもの貫頭衣カンドーラに着替えていた。

「ほう、やはり王の妃マレカ・マリカを持っていたか」

「一人の人物に二つの王の痣マレカ・シアールを宿すなど、今までには無かった事です」

「無かったことがあったからと言って、不都合なことはあるまい。あったものが無くなると不便になることはあるがな」

「彼女を、妃にされますか?」

「そうだな……いや、相手の出方を待とう」

「彼女の出方をですか?」

「そうだ。これで王の妃マレカ・マリカを笠に着て王宮内をめちゃくちゃにされては困るからな」

「承知しました」

 カタユーンは、一礼して王の執務室から退室した。

「あれが、王の妃マレカ・マリカか」

 ジャハーンダールの脳裏に、素朴で純情そうなターバンを巻いた赤毛の少女の姿が浮かぶ。「王の盾マレカ・デルウ」の持ち主でもあるので、あの細そうな体で、普通の兵士以上の活躍をするのだ。とてもそうはみえない。




 ファルリンは、今まで着ていた服から王宮であてがわれた服に着替えていた。とても単純な造りの貫頭衣カンドーラで貴族の娘に着せたら、本人が怒り狂いそうなほど質素である。ハマムで全身を磨かれ、自分の体から石けんの良い匂いがして、ファルリンは嬉しくなった。長い髪の毛は、編み込まれてまとめ上げられているが、複雑な編み方なので、自分で再現はできそうにない。
 最初に来た大広間に戻ると、みんなに指示を出していた役人と、十人程度の女性しかいなかった。あんなに大勢居た人が、ほとんどいないのである。
 ハマムの使用人達が、試験者たちのハマムでのお世話をする傍らで、彼女たちの体にある王の痣マレカ・シアールが染料で描かれたものかどうか判断していたのだ。
 大概の染料は洗い流せば落ちてしまうので、彼女たちは言い逃れの出来ない状況で、偽物と認めるしか無かったのだ。
 ここに残ったのは、染料では無い王の痣マレカ・シアールの持ち主たちである。

 その中の令嬢達で、他の者たちに自分がいかに相応しいかをアピールしていた少女が、広間にやってきたファルリンに目を付けた。

「貴女、恥をかく前に辞退なさい」

 突然話しかけられた上に、話している内容をすぐに理解できなかったファルリンは、目を瞬かせた。

「なぜ、私が恥をかくのでしょう?」

「どんな方法を使ったかしらないけれど、王の痣マレカ・シアールなんて偽物なんでしょ?」

 ファルリンと対峙している少女は、夜空のような豊かな黒髪に、空色の瞳がつり目がちで気の強そうな顔立ちだ。身につけている物はすべて高級品で、貫頭衣カンドーラには小さな宝石がたくさん縫い付けてある。
 ファルリンは気がついていないが、高位貴族の娘で、名を月の人マハスティという。

「偽物ではありません」

 何を根拠にそんなことを言うのだろうと、ファルリンは首をかしげる。

 (金星アルゾフラの神に誓って、この王の痣マレカ・シアールは偽物ではないのに)

「強情ね。いいわ、陛下の前で恥をかけば良いんだわ!」

「陛下?」

「知らないの!このあと陛下が直々に、私が王妃になると宣言してくれるのよ」

 ファルリンは、マハスティの答えになんと返して良いのかわからなかった。確か、王の痣マレカ・シアールの話をしていたはずなのに、どうして突然、王妃の話に飛躍したのだろう、と不思議に思っていた。

「王妃になられるのですか?」

「そうよ!私の王の妃マレカ・マリカをみて、陛下はこういうのよ『おお!美しき乙女、どうか私の王妃になってください』って」

 少女の舞台演劇のような言い方に、ファルリンは笑いそうになった。

(そんなプロポーズする王様なんて、嫌だ)

 ただ、他に気になることがある。目の前のマハスティは王の妃マレカ・マリカを持っていると宣言していた。そうすると、自分の王の妃マレカ・マリカは一体何なのだろう。
 人前で使ったことは無いが、王の妃マレカ・マリカの力も使えることは確認している。

「さて、二つ目の試験の準備が整ったので始めます」

 役人が、広間に居る者たちに声をかけた。

「まだ、試験をやるの!私が王妃でいいじゃない」

 ファルリンに自分が王妃になると、蕩々と語っていたマハスティが役人に詰め寄る。役人は、この少女が高位貴族の令嬢と知っているので、色々となだめすかして試験を受けさせようとしていた。

「では、始めますよ」

 役人の合図で、大広間の床が光り出す。魔法陣が大広間の床に描かれ、それが白色に光り輝いているのだ。ファルリンは、床に描かれた魔法陣の緻密な模様を面白そうにじっと見ている。

「あ、あ……!私の髪光っている!選ばれたって事よね!!」

 先ほどから大騒ぎしているマハスティの髪が乳白色に輝いている。女性を褒め称える言葉として最上とされている「月」が名前として入っているマハスティは、相当な自信家である。ファルリンは、自分の髪を指で摘まんでみたが、光っていない。
 辺りを見回すと、ファルリン以外の少女の髪の毛が乳白色に光っている。

「ほうらごらんなさい、やっぱり貴女偽物なんじゃないの!」

 乳白色に光っている髪を見せびらかすように撫で上げながら、マハスティはファルリンをバカにし、高笑いをした。他の少女達も、ただ一人、髪の光らないファルリンを嘲笑している。

「それは、早計なんじゃないかな」

 魔法陣の中心に、突如として一人の青年が現れた。先ほど、ファルリンを呪われていないか調べてくれた宮廷魔術師のヘダーヤトだった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...