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5.王の痣の意味

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 ファルリンの両手から光が溢れ出る。その光は薄く板状に伸び簡易の光の盾となった。盗賊が剣を振り下ろし、ファルリンの光の盾がはじき返す。
 隙の出来た盗賊に、護衛の一人が槍で刺して再起不能にした。

「すごい!今の何?魔法?」

 ジャックが興奮した様子でファルリンに詰め寄る。ファルリンは、さきほどの盗賊が最後の一人であったことを確認して、光の盾を消した。

「なんでしょう?私が生まれたときから使える力です」

 ファルリンも、これが王の痣マレカ・シアールの力であることは分かっているが、魔術師達が使う古代魔法とも、神官達が使う神聖魔法とも系統が異なっている。異国人であるジャックに、何の力なのか説明するのは難しい。

「貴女は、王の盾マレカ・デルウであったのか」

 ペイマーンがすっかり畏まった様子で、ファルリンと対峙した。護衛達もファルリンの力が何を元にしているのか気がついているらしく、表情が硬い。

王の盾マレカ・デルウ?」

 ジャックが不思議そうにペイマーンへ聞き返した。

「この国には、彼女のように希なる力を持って生まれた者が居る。彼女の力の特性は王の盾マレカ・デルウと呼ばれるに相応しいものだ」

 ペイマーンが異国人であるジャックにもわかりやすいように説明をする。ジャックは、なにやら凄い力だ、ということは理解できたようだ。

「そんなに凄いの?じゃあ、この紀行文のネタにしていい?」

 ジャックは、懐から手のひら二つ分のサイズの羊皮紙の束を取り出す。そこにはびっしりと文字や絵が描かれていた。彼が旅をして、見て知ったことをを書き記しているのだ。ファルリンは、彼の書いている文字は読めなかったが、余白の殆ど無い様に感心した。

「えっと、その書いても良いですけど、私はまだ一人前の王の盾マレカ・デルウではありません」

「一人前の王の盾マレカ・デルウ?不思議な力を示す言葉だと思ったんだけど?」

王の盾マレカ・デルウとは力と、そして身分を表す言葉です」

 ファルリン達は、再び隊列を組み直し旅を続ける。ファルリンとジャックは横に並んで駱駝に乗っている。

「この不思議な力は、王より授かったものと考えられているので、力の特性に合わせた身分が用意されています」

「へぇ。ファルリンは、運動能力高そうだし、王様に仕える騎士とかになるのかな?」

「そうなると思います。王を守り死んでいくのが王の盾マレカ・デルウの誇りである、というのが伝承ですから」

 ファルリンがヤシャール王国で一般的に知られている伝承について説明すると、ジャックが悲しそうな表情をしている。

「どうかされましたか?」

「それが伝説だとしても、ファルリンみたいな女の子が王様を守って死ぬのは悲しいことだなと思ったんだ」

「伝説です!必ずしも歴代の王の盾マレカ・デルウの人が王を守って亡くなったわけではありません」

 ファルリンは慌てて説明を追加した。ジャックはヤシャール語を話すことができるので、ファルリンはヤシャール語を母国語とする人たちと同じ感覚で話していた。やはり、ヤシャール語を母国語としないジャックには細かいニュアンスが伝わらないこともあるようだ。

「私は一人前になって、お役に立ちたいのです。それが、きっと私がこの力を持って生まれた意味になるでしょうから」




 王は、不機嫌であった。お触れに従い王の痣マレカ・シアールが宿ったとする者たちが王宮に集まってくるのは良い。しかし、大半が偽物の痣であったし、貴族の娘達が揃いも揃って王の妃マレカ・マリカだと言い張り、娘達がかしましく、いたる所で言い合いをしているのだ。仲裁するのも、我慢にも限界がある。王はブチギレる寸前であった。
 王の執務室にまで貴族の娘達が追いかけてくるので、対策を立てなければならない、とジャハーンダールは思っていた。

王の痣マレカ・シアールを持つ者を一カ所に集めよ。一斉に試験をし、ふるい落とす!」

 これから毎日、王の痣マレカ・シアールの持ち主が試験をする事とした。試験のカリキュラムの一番最初に入浴をさせる。ハマムで丁寧に洗い、染料で描かれた偽の痣を落とす。次に、入浴試験をパスした者たちを一カ所に集め、ヘダーヤトの魔法で、ありとあらゆる魔法を解除させる。これで大概は化けの皮がはがれる。残る者が居れば、王自らが判断をする、という流れになった。

「これで少しはマシになるであろう」

 王宮内を自由に闊歩するために、いつもの貫頭衣カンドーラをやめた。遠くから見ても「王様だ!」と分かってしまうのだ。配色が高貴な者しか着ない色になっているからだ。
 ジャハーンダールは、王宮内をうろうろしていても咎められず、怪しまれない者の衣装として宮廷魔術師の簡素なローブを纏うことにした。
 さきほど、ジャハーンダールは、王の執務室にやって来たヘダーヤトにローブ姿を見せたところ「胡散臭さは、末代までの語りぐさ!」とヘダーヤトに大笑いされた。

「ジャハーンダール様」

 神官長のカタユーンが、中庭の木陰でくつろいでいるジャハーンダールに近づいていった。ジャハーンダールの服装に気がつき、一瞬眉を寄せたが、いつものことかとすぐに真顔に戻った。

「どうした?女神が暴れ始めたか?」

「いえ、アナーヒター様は心安らかにお過ごしです。……先ほど王都の西側の砂漠地帯で、巨大な魔力反応があったと、神官達から報告が」

「ほう、どこぞのバカが古代魔法の実験でも始めたのか?」

「いえ、どうやら古代魔法ではなく王の痣マレカ・シアールの誰かが力を振るったのではないかとのことです」

「本当か?」

 ここ最近、王の痣マレカ・シアールだと言って王宮に来るのは偽物ばかりだったので、ジャハーンダールは興味を持ってカユターンへ聞き返す。

 カタユーンは、理知的な瞳を瞬かせて頷いた。彼女の栗色の髪が頬を滑る。

「それは、面白いことになりそうだぞ」

 ジャハーンダールは、いたずらっ子というには純粋さの足りない笑みを浮かべた。
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