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3.おはよう王様
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ファルリンに声をかけたのは、ファルリンの父親と同年代か少し年上の男性だ。ファルリンは、安易に頷いたりせず、男性に運んでいる荷物や、一緒に行動するメンバーを尋ねる。
ファルリンは同行しても問題なさそうだと判断し、彼らの一行に加わった。
ファルリンに声をかけたのは、小規模の隊商を率いているペイマーンだ。彼は、香辛料を主に扱っている。今回は、香辛料と旅人の護衛を行い王都スールマーズを目指している。
「今日は、このままここで一泊し、明日王都を目指す」
「わかりました。ペイマーンさん」
王都スールマーズにある王宮では、ちょっとした騒ぎが起きていた。王宮にある王様専用の後宮で、女神が大暴れしているのである。
女神とは、女神のように美しい女性という比喩では無く文字通り女神である。
ヤシャール王国では数多の神が信じられているが、そのうちの一柱、豊穣と水、財産、土地の女神のアナーヒターは、数年前から後宮の住人である。
最初、女神アナーヒターが降臨したときには、年嵩の重臣達がジャハーンダールの正妃にしようと女神を後宮へと招き入れた。まったくその気のない神の血を引く王様と、人間は自分を讃え、信仰心を捧げて当たり前と思っている女神では、夫婦になどなれなかった。
しかし、女神を追い返す方法など、重臣達にはわかるはずもなく、結局、アナーヒターを後宮に押し込めた後、すべてを神殿に丸投げした。
突然、丸投げされた神殿を統括する神官長は、寝耳に水の出来事であった。重臣達に体よく扱われたことに気がついたアナーヒターは、怒り心頭で今年の作物の収穫に対して、天罰を下そうとしているところであった。間一髪で、神官長の説得と祈りが通じ天罰は、主に重臣達の髪の毛に下った。綺麗に揃って、禿げ散らかしたのである。
そんな大騒ぎを起こした女神であったが、最近は神官長のこまめな祈りと、捧げ物によって落ち着いていた。そんな矢先、女神が後宮の入り口で侵入者を吊し上げたのだった。
「……で、吊し上げて気は済んだのか?アナーヒターよ」
ジャハーンダールは、まだ夜も明けきらぬうちに「火急の事態」としてたたき起こされていた。かろうじて、貫頭衣やスカーフなどは身につけているが、王としての威厳を示すための黄金で出来たピアスやブレスレットはしていない。
てっきり、魔獣がついに城壁を乗り越えて攻めてきたのかと思い、鎧を着るためにアクセサリーは身につけなかったのだ。
「私の気が済むわけ無いでしょ!あんたが人を殺すなっていうから、これだけで済ませてやってんのよ」
女神アナーヒターは美しかった。さまざまな絵画や彫刻のモチーフになっている人気の高い女神だが、そのどれよりも美しい造形で、完璧である。髪は漆黒のように黒く、豊かで緩やかな線を描き腰の辺りまで伸びている。肌は滑らかで健康的な褐色の肌をしている。目の形はアーモンドの形をしていて、瞳は尖晶石のように黒く煌めいていた。鼻筋はすっとまっすぐに通り、唇はバラ色でぽってりとしている。伸びやかな四肢は、牝鹿を思わせるようで、今は神官長が捧げ物として贈呈した神官が着る貫頭衣を着ていた。体の線があまりでない造りだが、それでもスタイルの良さをうかがわせる。
そんな最上級の美女が間近に詰め寄っても、ジャハーンダールは顔色をぴくりとも変えなかった。王宮に勤める従者達の一部で、「女嫌いではないのか」と噂になるほどだ。
「何が起こったか最初から聞いておこう」
「私が部屋で休んでいたら、結界を破って侵入してくるバカがいたから捕まえたのよ」
アナーヒターが見上げる。つられてジャハーンダールも見上げると、アナーヒターの視線の先に、文字通り後宮の入り口の柱に、男性が釣り下げられていた。手足を拘束され、体をロープでぐるぐる巻きにされ吊されている。
「後宮だから、余計な男は来ないと思っていたのに、まさか夜這いに来るとは思わなかったわ」
「夜這いでは無い!」
吊されている男性が叫んだ。どうやら意識はあるようだ。
「夜這いでは無いのなら、なんだ。俺の後宮に足を踏み入れたのだから、死刑は免れないが」
「悪の根源を絶つためだ!自称女神が王の後宮に居座るから、魔獣が増え、田畑が荒れ、他の女達が後宮入りしないのだ」
「まるで私が追い出して居るみたいじゃない。追い出してないわよ。誰も来ないんだもの」
「俺の後宮に女がいなくてもお前は困らないんじゃ無いのか?……どこかで聞いたことある声だと思ったら、お前、財務書記長の子飼いの者か」
ジャハーンダールは、吊されている男が誰だか分かってため息をついた。財務書記長は、さんざん娘を正妃にとしつこく勧めてくるので、辟易していたのだ。自分たちの一族が政権を手に入れたいのだろう。そこで、勝手に意図を汲んだ子飼いの者が、女神を殺しに来たようだ。もしくは、そうみえるように財務書記長が指示したのだ。
「お前が処刑されるのは、変えようのない罪だが財務書記長との交渉材料にはなりそうだな」
ジャハーンダールは、従者達に指示をだした。財務書記長への連絡と、この釣り下げられている男を連行するための人手の要請だ。
「このまま暫く吊しておくが、これ以上痛めつけるなよ」
「わかったわ。でも、そんなことじゃ神の怒りは静まらないわよ」
「望みを言え」
「山のような宝石」
「……あとで神官長に届けさせよう」
ジャハーンダールは再びため息をついた。また自分の宝物庫をひとつ開けなければならないようだった。
ファルリンは同行しても問題なさそうだと判断し、彼らの一行に加わった。
ファルリンに声をかけたのは、小規模の隊商を率いているペイマーンだ。彼は、香辛料を主に扱っている。今回は、香辛料と旅人の護衛を行い王都スールマーズを目指している。
「今日は、このままここで一泊し、明日王都を目指す」
「わかりました。ペイマーンさん」
王都スールマーズにある王宮では、ちょっとした騒ぎが起きていた。王宮にある王様専用の後宮で、女神が大暴れしているのである。
女神とは、女神のように美しい女性という比喩では無く文字通り女神である。
ヤシャール王国では数多の神が信じられているが、そのうちの一柱、豊穣と水、財産、土地の女神のアナーヒターは、数年前から後宮の住人である。
最初、女神アナーヒターが降臨したときには、年嵩の重臣達がジャハーンダールの正妃にしようと女神を後宮へと招き入れた。まったくその気のない神の血を引く王様と、人間は自分を讃え、信仰心を捧げて当たり前と思っている女神では、夫婦になどなれなかった。
しかし、女神を追い返す方法など、重臣達にはわかるはずもなく、結局、アナーヒターを後宮に押し込めた後、すべてを神殿に丸投げした。
突然、丸投げされた神殿を統括する神官長は、寝耳に水の出来事であった。重臣達に体よく扱われたことに気がついたアナーヒターは、怒り心頭で今年の作物の収穫に対して、天罰を下そうとしているところであった。間一髪で、神官長の説得と祈りが通じ天罰は、主に重臣達の髪の毛に下った。綺麗に揃って、禿げ散らかしたのである。
そんな大騒ぎを起こした女神であったが、最近は神官長のこまめな祈りと、捧げ物によって落ち着いていた。そんな矢先、女神が後宮の入り口で侵入者を吊し上げたのだった。
「……で、吊し上げて気は済んだのか?アナーヒターよ」
ジャハーンダールは、まだ夜も明けきらぬうちに「火急の事態」としてたたき起こされていた。かろうじて、貫頭衣やスカーフなどは身につけているが、王としての威厳を示すための黄金で出来たピアスやブレスレットはしていない。
てっきり、魔獣がついに城壁を乗り越えて攻めてきたのかと思い、鎧を着るためにアクセサリーは身につけなかったのだ。
「私の気が済むわけ無いでしょ!あんたが人を殺すなっていうから、これだけで済ませてやってんのよ」
女神アナーヒターは美しかった。さまざまな絵画や彫刻のモチーフになっている人気の高い女神だが、そのどれよりも美しい造形で、完璧である。髪は漆黒のように黒く、豊かで緩やかな線を描き腰の辺りまで伸びている。肌は滑らかで健康的な褐色の肌をしている。目の形はアーモンドの形をしていて、瞳は尖晶石のように黒く煌めいていた。鼻筋はすっとまっすぐに通り、唇はバラ色でぽってりとしている。伸びやかな四肢は、牝鹿を思わせるようで、今は神官長が捧げ物として贈呈した神官が着る貫頭衣を着ていた。体の線があまりでない造りだが、それでもスタイルの良さをうかがわせる。
そんな最上級の美女が間近に詰め寄っても、ジャハーンダールは顔色をぴくりとも変えなかった。王宮に勤める従者達の一部で、「女嫌いではないのか」と噂になるほどだ。
「何が起こったか最初から聞いておこう」
「私が部屋で休んでいたら、結界を破って侵入してくるバカがいたから捕まえたのよ」
アナーヒターが見上げる。つられてジャハーンダールも見上げると、アナーヒターの視線の先に、文字通り後宮の入り口の柱に、男性が釣り下げられていた。手足を拘束され、体をロープでぐるぐる巻きにされ吊されている。
「後宮だから、余計な男は来ないと思っていたのに、まさか夜這いに来るとは思わなかったわ」
「夜這いでは無い!」
吊されている男性が叫んだ。どうやら意識はあるようだ。
「夜這いでは無いのなら、なんだ。俺の後宮に足を踏み入れたのだから、死刑は免れないが」
「悪の根源を絶つためだ!自称女神が王の後宮に居座るから、魔獣が増え、田畑が荒れ、他の女達が後宮入りしないのだ」
「まるで私が追い出して居るみたいじゃない。追い出してないわよ。誰も来ないんだもの」
「俺の後宮に女がいなくてもお前は困らないんじゃ無いのか?……どこかで聞いたことある声だと思ったら、お前、財務書記長の子飼いの者か」
ジャハーンダールは、吊されている男が誰だか分かってため息をついた。財務書記長は、さんざん娘を正妃にとしつこく勧めてくるので、辟易していたのだ。自分たちの一族が政権を手に入れたいのだろう。そこで、勝手に意図を汲んだ子飼いの者が、女神を殺しに来たようだ。もしくは、そうみえるように財務書記長が指示したのだ。
「お前が処刑されるのは、変えようのない罪だが財務書記長との交渉材料にはなりそうだな」
ジャハーンダールは、従者達に指示をだした。財務書記長への連絡と、この釣り下げられている男を連行するための人手の要請だ。
「このまま暫く吊しておくが、これ以上痛めつけるなよ」
「わかったわ。でも、そんなことじゃ神の怒りは静まらないわよ」
「望みを言え」
「山のような宝石」
「……あとで神官長に届けさせよう」
ジャハーンダールは再びため息をついた。また自分の宝物庫をひとつ開けなければならないようだった。
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