上 下
29 / 30
緑の紅玉

29.名字の頭文字はQ

しおりを挟む
 詳しい調査結果は、レイがマリアにメールをすることになった。宝石部分の樹脂の成分とかどうやって作られたのか、とか。
 レイはそういう情報の分析が得意みたい。
 
 よかった。ずっと話を聞いていたらあれ以上におぞましい何かを聞かされそうだ。
 
「彼は、キューザックという苗字で諜報部員なの」
 
 マリアと二人で並んで通りを歩く。レイの家を後にして、あの宝石を手に入れた肉屋へ行くところだ。意味ありげにマリアが私を見る。
 
 諜報部員、苗字の頭文字がQってことはもしかして。
 
「え? Qなの? 」
 
 Q課という部署がスパイ映画で出てくるけど、あれは需品係将校の頭文字で登場人物の頭文字ではない。いや、でもMは苗字の頭文字からきているようなことを示唆していた。
 ジェームズのこともあるし、単なる偶然で私のことを揶揄っている可能性も捨てきれない。
 
 私は真実を見抜こうとマリアをじっくり見るけれど、彫像のように整った顔があるだけだった。顔色ひとつ変えない。
 
「そんなに見られると、流石の私でも穴が開くんじゃないかと思う」
 
 横目で私を見て言った。言っている割には全く恥じらっていないし、マリアはあまり感情の起伏がなさそうだ。
 
 
 私やマリア、スミスさんが利用している肉屋はコヴェント・ガーデンにある。お得意さんというわけではないけれど、スーパーで買うよりもお肉が美味しいから大抵はここで購入している。
 行列ができるお店というわけではないが、繁盛はしていて学生アルバイトが数名働いている。肉の部位も豊富に揃っていてほとんどのお客さんは肉の塊で買っていく。
 間口は狭くて奥に細長い昔ながらのお店だ。街の人気のお肉屋さんのイメージそのものだが、今日は少し様子が違った。
 お店の前には警察の車両が停車している。お店は臨時休業のようでシャッターが降りている。張り紙がお店の入り口に貼られていた。
 
「何か、あったのかな」
 
 マリアと二人で不思議そうに顔を見合わせる。流石のマリアもこの状況で何が肉屋で起きているのかわからないみたいだ。  
 
 
 肉屋の裏手にある従業員用の出入り口から出て来たのは、スコットランド・ヤードの警部であるエイドリアン・セイヤーズ警部だ。他にも何人か一緒にいるので肉屋の主人に聞き込みをしていたのかもしれない。
 
「マリア、ナオ、なぜここに」
 
 マリアは狼狽えたように声をかけてきたセイヤーズ警部を見逃さなかった。
 
「あら、ここは良く利用している近所のお店だわ。エイドリアンこそ、事件かしら」
 
 殊更、マリアは「近所」という言葉を強調した。近所なのだからここにいてもおかしくないというのだ。それではないセイヤーズ警部がいることの方がこの肉屋で何かがあったことを知らせていた。
 
「どうせ夕刊に載るから言っておく。ここの店のバイトが殺された。俺たちは聞き込みにきたんだ」
 
「強盗ではなく怨恨での殺人?」
 
 マリアは素早く周囲に目を走らせてセイヤーズ警部を見た。私も同じように周囲をキョロキョロしたけれど肉屋が閉まっているのを不思議そうに見て、次にマリアの美貌に驚いて立ち去っていく通行人ぐらいしかいない。

「お得意の推理ってやつか」
 
「あなた自身が語ったことよ。殺人現場がここなら規制線を張るはず。聞き込みをしたと言っていたから、バイトの就業態度や人となり、人脈などを洗いにきたのでは? とね」
 
 セイヤーズ警部は返事こそしなかったが、深いため息をついていたのでほぼ正解なのだろう。
 
「亡くなったのが昨日の夜から今朝ということであれば、多少の情報提供ができるわ。ナオが」
 
 マリアが突然私に話を振った。セイヤーズ警部からの強い視線を感じて私はたじろいだ。
 
「ナオは昨日の夕方この肉屋で七面鳥を買ったわ」
 
「……わかった。マリアの部屋に招待されよう」
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

処理中です...