上 下
13 / 30
エメラルドの習作

13.美少年の正体

しおりを挟む
「おい、人間」

白皙の美少年が、腕を組み、仁王立ちした状態で私に呼びかけた。金髪は豪奢な冠のようにきらきら輝いているし、肌は白く透き通るようなきめの細やかさで、頬に触るとぷにぷにしていそうだ。紫色の瞳に、どこかで見たことあるかも?と思ったが、思い出せない。均整の取れた体付きは青年と少年の間で、アンバランスな魅力があった。

でも、私はこの年頃の少年から、人間と呼びかけられるような知り合いはいない。

「さきほどは、よくもまるっと洗ってくれたな」

ぷりぷりと彼は、お怒りのようだ。私は少年をまるっと洗い上げたことはない。
そう、少年を洗ったはずは無いが……さきほど、トカゲは洗った。

「だから、言ったでしょう。エーミルはティーンで雄だと」

 マリアが、中々部屋に入ってこない私の様子を見に来て言った。私は手にしていたスーパーの袋を床に落とした。


 え……なんですって……?

 私は思考が停止した。

「マリア、僕は、この馬鹿な人間を丸洗いするぞ!」

 美少年が私に近づいてきて、ひょいと抱え上げる。お姫様だっこのような優雅な物では無い。俵を担ぐような抱え方だ。筋肉はついていそうな体型だったが、成人の女性を片手で持ち上げるような怪力には見えない。

「どんなに屈辱だったか……お前も味わうといい!」

 彼は、部屋から出て三階への階段を登ろうとする。このままだと、私の部屋のバスルームに直行されてしまう。

「やだ、やだ……待って!無理無理!」

 私は必死に抗議するが、彼はまったく意に返さない。マッチョというわけではないのに、肩の上で暴れる私にびくともしないなんて、おかしい。

「エーミル、それぐらいにしてあげて。女性相手に大人げないわ」
「僕を丸洗いしたんだぞ」
「そんなだから、百年以上生きているのに、ティーンの姿にしかなれないのよ」

 マリアの馬鹿にしたような言い方に、美少年は押し黙った。しぶしぶ、私を床に降ろしてくれる。

 やっぱり、この美少年、トカゲもどきなの?

「誇り高きドラゴン族を弄んだことは許そう。寛容な僕に感謝するんだな!」

 エーミルは、相変わらずぷりぷり怒っていたが、そのアメジスト色の瞳が苛烈に煌めいていて、とても綺麗だ。

 ドラゴン族だって自分で言っているし。

 エーミルは、ツンツンした態度のままリビングルームへと戻っていった。私は、床に落としてしまったスーパーの袋を拾い上げた。
 中身は無事だ。

 私はキッチンへ向かってランチの支度を始めた。冷蔵庫からタマネギをだしてオニオンスープ用に輪切り。セロリアックはサラダ用にくし切り。セロリは茎の部分を薄切りにする。リンゴは皮を付けたまま、芯を取って角切りにする。サラダ用のセロリアック、セロリリンゴはボウルに入れて、レモンとオリーブオイル、白ワインビネガーで作ったドレッシングであえて、冷蔵庫に一旦しまう。

 次に、燻製ソーセージと燻製ハムを一口サイズに切る。フライパンにバターを溶かして、みじん切りのにんにくと、ソーセージ、ハム、刻んだエシャロットを炒める。エシャロットが柔らかくなったら、じゃがいも、人参、ビーツ、赤ワイン、ビーフブイヨンの元を加える。
 弱火で、15分ぐらいジャガイモが柔らかくなるまで煮る。
 その間に、オニオンスープ用に鍋にバターを溶かし、タマネギをじっくり炒め始める。
 色が変わり始めたら、塩をふって水を注ぎ入れる。
 オーブンの予熱を開始する。パイ皿にフライパンで炒めた肉と野菜を移し入れて、煮汁はコーンスターチでとろみを付けて、パイ皿に入れる。冷凍パイ生地をのばして、蓋をする。ナイフでパイ皿からはみ出た生地を切り落とす。
 温まったオーブンにパイ皿を入れて、15分焼く。
 サラダに使う燻製の鱈を、小鍋で牛乳と胡椒、ナツメグで柔らかくなるまで煮る。煮上がったら、フォークでほぐして、冷えてきたら冷蔵庫に仕舞っていたサラダと和える。
 タマネギのスープは、味を見て、塩と胡椒を追加する。

 もうすぐ、パイが焼き上がる。良い香りがキッチンに広がる。

 サラダをお皿に盛り付け、刻んだチャイブを振りかけ、ポーチドエッグを乗せる。オニオンスープは、カフェラテボウルに注いだ。
 焼き上がったパイは、食卓で取り分けることにしよう。

 私は三人分の料理をテーブルに並べた。マリアとエーミルが席に着く。

 今日のランチは、燻製ソーセージとハムのパイ、オニオンスープ、鱈とセロリのサラダ。あと、一日経って堅くなったフランスパン。

「美味しそう。ナオって料理上手なのね」

 マリアが並べられた食事を見て、感心したように言った。目を細めて猫のように微笑む。

「俺の分は?」

 ミトンが、一目散に私に駆け寄ってきて体をすり寄せる。なかなか触らせてくれないのに、こういう甘えたことはしてくるから、可愛い。

「ミトンには、冷蔵庫に入っているササミとササミスープあげておいて」

 マリアがまだキッチンにいた私に、伝える。冷蔵庫をあけて、ミトン用とラベリングされた保存容器から、ササミと、スープをミトン専用の食器に空けた。

「こんなに贅沢な物食べてるのね」
「グルメよ。ペットフードは食べないから」

 私はダイニングルームにある、ミトンの首の高さに合わせた、えさ置き場に食器を置くとミトンは夢中になって食べ始めた。

「僕たちも食べよう。……ナオの料理は人間にしては美味しそうだ」

 あれ?ちょっとは機嫌なおったのかな……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

処理中です...