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最終章

31話——寝坊助はやっぱり治らないようです。

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 目覚めると、そこはベッドの上だった。

「あれ……? 何で? 契約の儀は……?」

 起き上がるなり違和感を口にした私に、側にいたメアリとメリッサが駆け寄ってくる。

「えみ!!」
「目が覚めたのね……良かった……」

 二人の表情は不安そうに歪んでいる。
 どうやらまた心配をかけるような事態に陥っていたらしい。

「やっと起きたか」
「ふむ。本当に寝坊助だったようだ」

 呆れた声色でため息をついているのはソラだ。側に寄って来るといつもの用にお座りの姿になっている。
 ソラの隣にやって来たのはライオネルだ。ソラが大型犬のような姿をしているのに対し、ライオネルは大型のヤマネコのような姿だ。雄々しい立派な立髪は今は鳴りを潜めている。モフモフ大好きな私にしてみれば残念の一言だ。
 ライオネルがここに居ると言うことは、極秘会談の後に行われたシャルくんの人間への転生と、私と四聖獣との契約が無事に執り行えたという事だ。いまいち記憶にないのは、契約の直後に眠りについてしまったから、らしい。

「三日も眠ったままだったのよ?」

「ええ!?」

「体は大丈夫? どこも痛くない?」

 そう言われてあちこち動かしてみるが問題ないみたい。なんなら規則正しい生活をして睡眠時間もしっかり取って、スッキリ起きられた時のような清々しささえある。……そりゃ三日も寝てればそうかもしれない。

「だから心配ないと何度も言ったであろう」

 フスンと鼻を鳴らしてソラが伏せの姿勢になる。逆に隣にいたライオネルが腰を上げるとすぐ側まで寄って来た。

「今まで女神の恩恵を介して使用していた魔力の一部が直接えみの体に取り込まれた故、体が順応するために少し時間が必要だっただけだ」

 ライオネルが鼻をひくひくさせながら私の手や腕、肩へと顔を近付けてくる。ライオンの姿を知っているからか、恐怖は無いが無意識に体が緊張した。

「ふむ。きちんと馴染んでおるようだし、問題なかろう」

 凛々しい瞳はそのままに、姿が大きな猫。手や腕を掠めるヒゲがくすぐったい。ソラ同様僅かに発光している美しい毛並みに目を奪われる。触りたい衝動に抗えず、そっと首元に手を伸ばす。触れると少々硬めの短毛の上をするりと手のひらが滑っていく。ライオネルは嫌がるでもなく、好きなように触らせてくれている。

「にしても、三日は寝過ぎだがな」

 どうやら寝坊助は治らないみたいだ……。
 そういや魔王城で目覚めた時もマフィアスに寝坊助って言われたなぁ……。

「ミィルとエヴォルは?」

 残りの二人の姿が見えないなと、キョロキョロしながら口にすると、「城だ」とソラが答えてくれた。

「銅像のもでるとやらになってくるそうだ」

 四聖獣との契約の際、私は新たにレーヴェとヴァーダ、ディムシャーフに名を与えた。
 先達の巫女、ちあきの話を聞いた時から、レーヴェは『ライオネル』に決まった。そう伝えた時のあの無表情が何故か瞼に焼き付いている。
 ヴァーダに付けた名は『ミィル』。この国の言葉で平和の意味がある。
 ディムシャーフには『エヴォル』と付けた。改革の意味がある。
 もちろん私の独断で付けた名では無い。王宮と教会とも協議した結果である。今後の国を象徴するような名前で、と言われてプレッシャーしか感じず、双方に助力を申し出た次第だ。
 まさか昔飼ってた犬の名前で呼びやすいからとか、そんな理由で天下の四聖獣の名前を決められる訳が無い。
『ソラ』の意味は? とか、キラキラした眼差しで聞かれて冷や汗しかなかったが。なんかそれらしい理由つけて誤魔化した記憶が……。
 ライオネルに関しては、もうちあきのセイなんで。
 でも、レーヴェはその名前がしっくりきてるみたい。半分諦めたとも言えなくもないが。

 二人が城に呼ばれていると言うことは、建国祭の準備も順調に進んでいるようだ。
 BBQを盛大にやると言うことと、シャルくんの聖騎士団団長就任の発表、新たにこの国の守り神として巫女と契約した四聖獣のお披露目が主な内容として決まっている。夜には盛大に花火も打ち上がる予定で本当に楽しみだ。
 ソラの言う銅像というのは、街人が集う広場を改装する計画があり、この際だから守り神のオブジェを置きましょうと言う話が持ち上がったのだそうだ。新たな時代の節目と言うこともあって、人々の心の拠り所となる聖獣達の存在を目で見える形で残すことに決まったのだ。建国祭に間に合わせるはずだから、今急ピッチで制作に取り掛かっていることでしょう。



「えみが目覚めたと言うことは、夕食は期待出来そうだな」

 ソラのふさふさの尻尾がフサリフサリと大きく揺れている。
 ……威厳とは?

「スペアリブを所望する」

 ライオネルの細くて長い尻尾もブワっブワっと揺れている。
 ……猫科の尻尾ってそんな感情豊かだっけ?

「えっまた? ……あの量作れとかイヤだけど」

 実はもう既に一度、彼らにスペアリブを作らされ……振る舞っている。しかも極秘会談の直後に。
 あの日、朝からソラの姿が見えなかったのは、まさかのボア狩りに行っていたからだったのだ。
 会談に使われたお屋敷を出て、なんか城の野外訓練場に連れて行かれたなと思ったら、美しく捌かれて山積みになったボアの肉塊が鎮座していて、軽い目眩を覚えたよね。まさか第二回があるとは思っていなかったからね。ワサビちゃんや城のコックさん達が手伝ってくれてバッチリ美味しく出来ましたけれども。ただでさえ食いしん坊を満足させるのは大変なのに、それが三人も増えたのだ。色々察して欲しい。



『起きたようだね』

 半眼でソラとライオネルを見ていると、突如頭に直接響くように声が聞こえた。そうかと思えば、ソラ達の後ろに魔法陣が発現した。
 転移のかしらと眺めていると、現れたのはミィルとエヴォルだ。

「よう寝坊助。具合はどうだ?」

 愛らしい子熊の姿になったエヴォルが、見た目とは程遠い渋めの低音ボイスで案じてくれている。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 パタパタと羽ばたきの音を立てながら真っ白なカナリアの姿で私の肩に乗るのはミィル。こちらの見た目に反して色気のある艶っぽい声にもまだ慣れていない。

「無理はしなくていいが、えみのご飯は食べたいところだね」

 なんか食いしん坊四人も揃っちまったなぁ……。
 まぁ作るのは苦では無いし、それが条件だからもう仕方がないんだけど。

「しゃーない! 元気になったし、スペアリブ作りますか!!」

 ベッドから起きあがろうとしたところで、今度は部屋の外が騒がしい。
 何だろうかと思っていたら、勢いよく扉が開かれた。

「えみ!!」

「アルクさん!?」

 血相を変えて入って来たのは騎士様仕様のアルクさんだった。ベッドへ腰掛けるように座っていた私の元へ駆けてくると、床に膝をついて覗き込んでくる。右手を包み込むように握られて体温が急上昇していく。

「目が覚めたと聞いて飛んで来たんだ。起きて平気なのか? 体は? 痛いところはないか?」

 不安そうに向けられる眼差しに、胸の奥がきゅっと疼いた。申し訳ない気持ちも勿論あったが、わざわざ抜け出してまで会いに来てくれた嬉しさで胸がいっぱいになる。

「ご心配をおかけしました。何ともありませんので大丈夫ですよ」

 自然と弛んだ頬に安堵したようにアルクさんの表情も柔らかく崩れていく。予期せぬ至近距離でのアイドルスマイルに悶死させられそうだ。
 ヤバい……鼻血でそ……

「仕事抜け出して来て良かったのですか?」

 だらし無くニヤケそうになる頬を引き締めて疑問を口にすると、「ハワード様の了承済みだ」と、入り口から声が聞こえた。

「シャルくん!」

 そこに立っていたのは真っ白な聖騎士団の制服を纏ったシャルくんだ。相変わらずの王子っぷり。王子では無いけれども。

「丁度二人とハワード様と五人で建国祭の打ち合わせ中だったんだよ」

 そう言って視線をやる先には子熊とカナリア。
 なるほど、シャルくんの転移魔法陣で本当に飛んで来たらしい。
 流石にハワード様は職務中との事。いつ現れるかと扉をガン見している私に、シャルくんが笑いながら教えてくれた。

 シャルくんは無事に人間へと転生を遂げている。今、私が四聖獣の契約者でいられるのは、彼の魔力を引き継いだからだ。
 前までは無尽蔵に湧き出ていた魔力も、人となった事で限界があるものなのだと学んだらしい。魔力なくなると力入んなくなるんだなぁと笑っていたのは記憶に新しいところだ。とはいえ、それ以外は今までと変わらず日常を過ごせているようだ。

「すぐ戻らなければならないが、本当に大丈夫か?」

 すまなそうに眉尻を下げる彼の手に、そっと自分の左手を重ねた。

「はい。無理はしませんから、ハワード様まで押しかけて来る前にお戻りください」

 ハワード様の忍者っぷりを知っているアルクさんは、可笑しそうにクスクスと喉を鳴らした。

「ふふ……分かった」

 握ったままの手の甲に触れるだけのキスをして「早く帰るから」と、シャルくんの魔法陣で戻って行った。

「えみ、顔が赤いぞ? 熱でも上がったか?」

 天然なのか、それとも分かってて言っているのか。いまいち分からないライオネルに心配ないと伝え、今度こそベッドから抜け出すと、三日振りにお屋敷の厨房へと向かった。
 行く先々で出会った使用人の皆さんから心配の声をかけてもらい恐縮しながらも、メアリとメリッサの力も借りて大喰らい四人分のスペアリブとアルクさんの夕食、それから女子会用のおやつを作った。
 この人たちの肉を捌くための解体師を王宮から派遣してくれないかなぁなんて考えながら。
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