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最終章

28話——やってみないとわかりません!!

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「私が四聖獣全員の契約者になります。条件は私の得意な料理です。四聖獣のみんなに勇者の代理をして貰いたいの」

 テーブルから少し離れた場所で寝そべっていたソラは、何も言わずに黄金色の瞳を此方へ向けている。

「そんなの無茶だ!!」

 最初に声を上げたのはシャルくんだった。

「確かにえみは巫女だが、四聖獣全てと契約出来る程の魔力を秘めているとは考え難い」

 ハワード様の意見にルーベルさんも頷く。隣にいたアルクさんが私の両肩を掴んだ。悲痛な表情が目に入り胸がギュッと締め付けられる。

「そんな事させられる訳が無い。どんな負荷があるか分からないんだぞ? 承認出来ない!」

 心配掛けてしまうのは分かってる。でも今は他に方法が浮かばないのだ。
 それに、私なら多分出来ると思ってる。いや、私にしか出来ないだろうと。
 アルクさんへ笑みを向け、その眼差しを今度はワサビちゃんへ向けた。

「私、貴女の事許してませんから」

「「「え……」」」
「「「……」」」

 シャルくんを含め、全員の顔がフリーズしている。正確には面白そうに口元を歪めるルクスと、無表情のまま一切変わらないマフィアス以外だが。
 それって、言っちゃって大丈夫なやつ? って顔してますね。

「………」

 女神さまは何を思っているのか読み取る事の出来ない表情のまま、此方を見つめていた。

「貴女が望むのは変革ですよね?」

 私とルクスを引き合わせたのは、女神さま自身がこの理不尽な世界を変えたいと望んでいたから。
 巫女が異世界から召喚されるのも、多分同じ理由なのではないかと思った。

「変えたいのは私も同じです。だから、貴女の望みを叶える手伝いをします。その代わり私の願いを三つ叶えて貰います」

「私を脅すつもりですか?」

 静まり返った部屋に凛と響くその声に、みんなの背筋がピシリと伸びる。まるでソラが魔力のこもったプレッシャーを掛けてきているかの様な、あの感じを思わせる。

「いいえ。これは取り引きです。私を転生させる時、貴女はこの世界について何も説明しなかった。その事にも心底ムカついてます。けど、私の願いを叶えてくれるなら、目を瞑ると言ってるんです!」

 それ…脅すって言わない……? 大丈夫…?
 えみ…もしかしてキレてる……?

 静かな部屋に沈黙が降りている。
 今聞こえた気がしたのは誰かの心の声のようですね。ついに、私にも人の心が読める力がついたようです!

 そうですとも!!
 私、キレてます!!

「………」

 何を写しているのか分からない瞳が真っ直ぐに此方へ向けられている。その目を睨み付けるように見つめ返す。
 表情豊かなワサビちゃんからはとても想像のつかない無機質な表情に、目の前のこの人が全くの別人なのだと思い知る。無意識に拳に力がこもった。

「やっぱり、そんなの駄目だ! 無謀すぎる!」

 沈黙を破ったのはシャルくんだ。

「第一四聖獣全ての契約者など…実際出来るのか?」

 素朴な疑問を口にするハワード様へ向かい、私は私の専用アイテムを取り出す。

「シャルくんの魔力を私が引き継ぎます。このポーチがあれば出来ると思うんです」

 私が望む物を出し入れ出来るこのポーチなら。
 元々私の中に眠る魔力も、このアイテムを介して使われる。これが女神さまの魔力で出来ているのなら、女神さまの魔力で作られたシャルくんの魔力をしまう事くらい出来る筈だ。
 というかやって貰わなければ困る。

「オレの魔力を…?」
「確かにシャガール殿の魔力は底が知れませんが…」
「そんな事したら…シャルくんはどうなるの?」

 不安そうなマーレの言葉に、何かに気が付いた様子の女神さまが口を開く。

「…もしや…それが一つ目の願いですか?」

「そうです。シャルくんを人間にしてください」

「「「「「!!?」」」」」

 私はシャルくんが大好きだ。
 周りを元気にさせちゃうところとか、美味しそうにご飯食べてくれるところとか、天使で天然なところとか、努力家なところとか…、まだまだ沢山あるけど、私と同じくらい皆んなだってシャルくんが大好きだと思う。
 そして失ってはいけない人。
 この世界の為に犠牲になるなんて、そんな道、絶対に選んで欲しくない。
 せっかく出会えた仲間と、家族と、ずっと一緒に笑って過ごして、同じように歳をとっていって欲しい。

「彼の魔力を引き継いで四聖獣と契約出来れば、ルクスとのパワーバランスは取れると思います!」

「………」

 黙ったままの女神さまから、視線をソラへと向けた。

「ソラ。私はこの状況を解決出来なければルクスに殺されるの」

「なっ!!」
「「!!」」

「私の命の危険がある場合、ソラはソラの力を使うって、そう言ったよね?」

 ソラがフスンと鼻を鳴らした。
「……言ったのぅ」

 ソラが言っていたのとは状況が違うのだとは分かってる。

「だけどお願い。ソラの好きな物作るから、力を貸して」

 一度伏せられた黄金色の瞳が再び私を捉える。

「……スペアリブを所望する」

「ソラ…!!」

「まぁ…やる事はさして変わらぬでな」

 ソラのまさかの了承を受けて、ハワード様が腰を浮かせた。

「他の四聖獣達は!?」

「………スペアリブは食したいそうだ」

 ソラの返答に浮いた腰を再び落ち着ける。
 上手くいくかもしれない? などとブツブツ言っている。

「他の願いを伺っても?」

 ルーベルさんに問われ、私は再び女神さまへ視線を移した。

「ワサビちゃんをエルフにして欲しいんです」

「…何故です?」

「私のレシピと意思を正しく伝えられる存在が必要だからです」

 その為には風魔法は勿論、火の扱いも出来なければならない。
 風の精霊のままでは『風』の枠を越えられない。不可侵の掟のせいで、風の精霊は例え人工の火であっても扱いを許されないのだ。
 それにエルフなら人間にも受け入れられやすいだろうし、料理人にだってなれる。ずっと一緒に料理が出来るのだ。

「最後の一つは、このポーチを私以外でも使えるようにして欲しいのです。正確には、私の意思とレシピを正しく受け継ぐものが使えるように」

 レシピは全てノートに起こす。
 意思を正しく受け継ぐ者ならば、ポーチを悪用する筈が無い。そう信じたい。
 そうなっていってくれるよう、伝えていかなければならない。
 背中に、体に、ずっしりと圧を感じる。
 目に見えない何かが上からのしかかってきているようだ。俯きそうになるのを、膝を折ってしまいたくなるのを、必死に堪えて前を向く。

「私の意思とレシピは、私が責任を持って伝えていきます!」

 ぐっと肩を抱き寄せられた。
 何故だろうか、涙が出そうになった。思わず隣を見上げる。

「いや、私達が、だ。えみにだけ背負わせたりはしない」

「アルクさん…」

 そうだ。
 私は一人じゃない。

「皆んなで一緒にご飯を食べましょう? 女神さまも来てください。他の四聖獣も呼びましょう。それから——」

 女神さまの隣へと視線をずらしていく。

「ルクスも一緒に。皆んなでやるならBBQが楽しくていいかもしれません!」

 これが私の出した答えだ。
 結局、これしか出来ないから、こうなっちゃうんだよね。



「では、国が主催の行事にするよう働き掛ける事にしよう」

「ハワード様!」

 BBQを国中のお祭りに!?
 なんて素敵なお話しでしょうか。新しい歴史の始まりを皆んなでお祝い出来たなら、どんなに素敵な事でしょう。絶対に実現させたいです!

 女神さまの眼差しがシャルくんへと向けられる。憂いを含む表情がシャルくんのブルーアイに映り込む。

「シャガール。貴方はそれで良いのですか?」

「オレ、は……」

 責務を果たさなければならない。そう教わってきた。勇者としての責務を。
 魔王を倒し、世界に平和を取り戻す。
 でも、それは正しい調和では無かったと知った。
 シャルナンドが選んだ道を自分も行く。その事に迷いは無い。

 同じ歴史が繰り返さない事を願う

 そう言ってひとり生を閉じていった彼の声が表情が、ずっと心の奥に燻り続けていたのもまた事実だった。
 もしも他に方法があるのなら。
 もしもオレが皆んなと共にある事が許されるのならば。

 …オレは…それを選んでも良いのだろうか…


 膝の上で硬く握られた拳に、一回り小さな白い手が重なった。
 視界に捉えその主へと顔を上げる。
 今にも泣き出しそうな顔で目尻を下げてふわりと笑みを向けるのは、同じ歳の似たような境遇を持つマーレだった。

「私はまだまだシャルくんとやりたい事沢山あるよ! 教えて貰ってない魔法だってあるし、買い物したり、お茶したり、話したい事だって沢山あるんだから」

「マーレ…」

「私だってそうだよ! 作ってないおやつなんか沢山あるからね! 味見していっぱい食べてくれる人がいないと作りがいが無いわ!」

「えみ…」

「オレも、ど突くのに遠慮しなくていい相手がいないと困る」

「…嬉しくねーよ」

 ニヤリと笑うレンへ似たような笑みを返す。
 そして改めて目の前に座る女神の姿を見た。

「オレは…許されるのなら、人として生きたい」


 静かに成り行きを見守り、僅かに視線を落としていたプラーミァの肩に、そっとルーベルが手を置いた。
 見上げた先にあるのは心配そうに僅かに眉を寄せる彼の端正な姿だ。
 ふっと表情を崩し、小さく頷くと口角を上げてみせる。
 今直ぐ納得は出来ない。けれど、おそらく今考えうる中で最善の策。それに意を唱える事などありはしない。
 口にするでも無くそう伝える彼女の意思を、ルーベルもまた正しく理解した。答える代わりに、彼女の肩に置いた手にほんの少し力を込めたのだった。



「上手くいかなかったら?」

 ざわめきを打ち消すように、ルクスの声が響いた。

「それが上手くいかなかったらどうするのだ? 大人しく殺されて、我の餌となるのか?」

 どうしてそうわざと敵意を集めるような言い方しか出来ないのか。挑発的な笑みまで浮かべて。
 ま、性分なのでしょうけど。

「その時はまた皆んなで考えましょう?」

「は?」

「何千年も耐えて来たのでしょう? 一回くらい上手くいかなくたって、どうと言う事も無いでしょう?」

 真顔で固まるルクスの隣でマフィアスが小さく溜め息をついている。

「私が魔族と人族の架け橋になります!」

 ニヤリとルクスの口元が歪な弧を描く。
 が、その表情に悍ましさは見られない。

「…呑気な話だな」

 小さく呟くように零された言葉に了承を見た私は、再び女神さまへと視線を向けた。

「どうでしょうか」

 一度目を閉じた女神さまは小さく息を吐き出すと瞼を開く。

「……良いでしょう。貴女の願い、叶えます」


 こうして勇者と魔王の戦いは、千年前とは違う決着を迎えたのだった。
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