84 / 126
第3章
29話——今更ですが、貴族を舐めてはなりません……
しおりを挟むコンコン
ノックの音が聞こえた気がして目を開けた。
朝は早い時間だ。隣にはぐっすり眠っているワサビちゃんの可愛い寝顔。
静寂に誘われて、再び瞼を閉じようかと言うところで、朝から元気な声が扉越しに聞こえてきた。
「えみ!! 朝よ!! さっさと起きて!! 今日は忙しいんだから」
言いながら入ってくるのはメアリとメリッサだ。
ノックの意味……
半分寝ている私の体をベッドから引き摺り下ろすと、強制的に別室へ連行される。
一体何が始まるのかと黙っていれば、問答無用で洗顔され、念入りに化粧水をはたかれ、髪を結われ、夜着をひん剥かれ、これまた念入りにマッサージと香油を塗ったくられた。
更に強制的に袖を通された他所行きのドレスは、レースとフリルがふんだんにあしらわれ、繊細な刺繍があちこちに施された真っ白なフワフワドレスだ。
鏡に映し出された自分がまるで別人で、思わず二度見しましたけれども。
何で朝っぱらからドレス着てんの?
しかもフリっフリの白いドレス?
これ着るの私で合ってます?
しかも、なんか頭にベール乗ってんな。
もう嫌な予感しかしないよ……
そうして乗せられたのは屋根のないオープンタイプの簡易馬車だ。
執事数人に見送られ、大きな美しい庭園の真ん中をゆっくり走っていく。
門を出るとお屋敷から少し離れた、だだっ広い平地へ進んで行く。中央付近には、何やら沢山の人で人だかりが出来ている様に見える。
一体何だろうかと思っていると、近付くにつれその近辺が、華やかに飾り付けされているのが分かる。
一体いつの間に準備したのか、幾つもの長テーブルが連なって人々をぐるりと囲み、その全てに真っ白なクロスが敷かれている。
彩りの花、豪華な食事、たくさんのグラスに、こちらも様々な飲み物が美しく置かれて、簡易的では済まされない、立派な立食パーティー会場が出来上がっていたのである。
「これは一体……どうゆう……」
困惑しながら馬車から降りると、名前を呼ばれてそちらへ視線を移す。
「え? 神父様!?」
此方へ笑顔で近付いてくるのは、昨日別れたばかりのシャルくんのお父さん、もとい、神父様だ。
「本日はお招きありがとう。今日の装いもまた素敵ですね」
「あっ、ありがとうございます…? お招きって…」
更なる困惑に笑顔を強張らせていると、再び名前を呼ばれる。
「えみ!!」
其方を見ると、駆けてくるのはここにいる筈のない人物だ。
「ええ!? エリィ!? 何でここに…」
「あら、お招き頂いたのよ? 私だけで無くて」
その後ろにはやっぱりニヤリな笑顔のハワード様が。
そして、なんとルーベルさんとプラーミァさんまで。
そしてそして、まさかのローガンさんまで。
「え? え?」
状況が飲み込めないまま、唖然としていると、奥の人混みから聞き馴染みのある声が聞こえた。
「アルクさん!! こっちです」
「えみ、来ましたよ!」
シャルくんとレンくんに呼ばれて、奥から顔を出したのは、真っ白なタキシードに身を包んだアルクさんだ。
「………」
はぁ
遂に…遂に…光の精霊が降臨した模様です。
神々しくて、眩し過ぎて目を開けていられません。どうしましょう。
完璧に鼻血もんですね。
今出血したら止められない自信ありますが!!
「えみ。今日の姿も美しいね」
そのセリフ、そっくりそのままお返ししたいです。
いつもの十倍眩しい笑顔を向けられて、一瞬意識が飛びましたけれども。
「あの…これ…どう言う事でしょうか…」
フラつきながらも何とか言葉を発すると、困った様にアルクさんが笑った。
「いや、私も何がなんだか…」
聞けばアルクさんも朝早くに叩き起こされ、何が何だか分からないまま身支度されて此処にいるようだ。
「神父様がいらっしゃるって事は、まさか結婚式…?」
まだ婚約だっつってんのに?
「いいえ!! 婚約を祝う為のパーティーよ!!」
そう声高々にやって来たのは、おそらく首謀者のナシュリーさんだ。後ろにはハンナさんとメアリ、メリッサの双子メイドが控えている。
顔からして全員共犯だ。間違いない。
「結婚式はアルカン領上げて行いマス!!!」
あーもう鼻息荒い。
ヤル気満々っぽいけど、うそだろおい…
父! 止めてくれるって言ってたじゃん!!
懇願の眼差しを向けるが、残念なことにアーワルドさんから片手でごめんのジェスチャーが返ってくる。
「こうなったら誰にも止められない様だね」
アルクさんまで溜め息混じりのお手上げ宣言。
帰って来たのが昨日なのに、一晩でこの用意周到さ。そして、それを実現してしまう経済力と人望。
貴族の(ナシュリーさんの)行動力、完全に舐めてましたね。
私はとんでもないお家に嫁に来てしまったのではなかろうか……。
今更ながら背筋に冷たいモノが流れ、ひとり体を震わせるのだった。
パーティーと言っても、婚約している事はもうその場にいる全員が周知の事実だった為、皆んなで談笑しながら食事やお酒を楽しむといったラフな物だった。
指輪はアルクさんが用意すると言って譲らなかったので、練習と称して誓いのキスを切望された。
無理です! っていう心の声は強制的に心に留められ、アルクさんに両手を握られる。
こんなに薄い手袋じゃバレてしまうのではと、ドキドキする程手汗がヤバい。
練習なんで。どうか練習なんで!!
必死の心の声が届いたらしく、オデコにちゅっで済みました。
こんな大勢の前でぶっ倒れるとかごめんですから!
私のチキンハートが全ての元凶だけれども!!
……本番が今から恐ろしいです……
目の前で穏やかに微笑むアルクさんが当たり前すぎて、その周りで「おめでとう」と嬉しそうに祝ってくれる皆んなの姿が当たり前過ぎて、この時、私達は大切な事を忘れていた。
今が戦いの最中のほんのひと時であるという事を。
ほんの一瞬。
何の気無しに外した視線の先。
そこにある筈が無いと思い込んでしまっていた自分を律してやりたい。
「…あ……っえ……」
私の視界に入ったソレは、明らかな不自然。
周りに一切溶け込む事の無い『黒』が会場の外、少し離れたその場で真っ赤な双眸を光らせていたのだ。
1
お気に入りに追加
3,147
あなたにおすすめの小説
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~
御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~
あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨!
世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生!
十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。
その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。
彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。
しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。
彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する!
芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕!
たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ!
米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
階段落ちたら異世界に落ちてました!
織原深雪
ファンタジー
どこにでも居る普通の女子高生、鈴木まどか17歳。
その日も普通に学校に行くべく電車に乗って学校の最寄り駅で下りて階段を登っていたはずでした。
混むのが嫌いなので少し待ってから階段を登っていたのに何の因果かふざけながら登っていた男子高校生の鞄が激突してきて階段から落ちるハメに。
ちょっと!!
と思いながら衝撃に備えて目を瞑る。
いくら待っても衝撃が来ず次に目を開けたらよく分かんないけど、空を落下してる所でした。
意外にも冷静ですって?内心慌ててますよ?
これ、このままぺちゃんこでサヨナラですか?とか思ってました。
そしたら地上の方から何だか分かんない植物が伸びてきて手足と胴に巻きついたと思ったら優しく運ばれました。
はてさて、運ばれた先に待ってたものは・・・
ベリーズカフェ投稿作です。
各話は約500文字と少なめです。
毎日更新して行きます。
コピペは完了しておりますので。
作者の性格によりざっくりほのぼのしております。
一応人型で進行しておりますが、獣人が出てくる恋愛ファンタジーです。
合わない方は読むの辞めましょう。
お楽しみ頂けると嬉しいです。
大丈夫な気がするけれども一応のR18からR15に変更しています。
トータル約6万字程の中編?くらいの長さです。
予約投稿設定完了。
完結予定日9月2日です。
毎日4話更新です。
ちょっとファンタジー大賞に応募してみたいと思ってカテゴリー変えてみました。
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる