上 下
62 / 126
第3章

8話―皆で『うどん』を堪能致しましょう。

しおりを挟む
 炊き出し当日。


 私は朝から食堂へ陣取り、お稲荷さんのおあげへ俵形に生成した酢飯を詰めていた。
 傍らにはレンくんの姿があり、彼もお稲荷さん作りを手伝ってくれている。


 地域や家庭によって五目ご飯を入れたり、でんぶや錦糸玉子が飾られたりと様々だが、我が家のお稲荷さんはシンプルイズベスト。いつも白いご飯に甘めのお酢を混ぜた酢飯のお稲荷さんだった。
 母の作るお稲荷さんが本当に美味しくて、行事の時やお弁当なんかにもよく作って貰ったのを記憶している。
 私の大好きな味の一つだ。


 ワサビちゃんはというと、かき揚げ用の野菜のカットを既に済ませ、天ぷら用の衣の作成中だ。我が家は衣にマヨネーズを混ぜて作っている。そうすると、天ぷらがサックり揚がるのだと母が教えてくれた。


 マーレはシャルくんと共に、昨日作ってくれたうどんの麺を茹でている。
 厨房に設置されている大釜にぐらぐらと沸くお湯の中で、白くて細い麺が踊っている。
 シャルくんはうどん作りが楽しかったようで、今日もマーレに引っ付いてあれやこれやと手伝っているようだ。


 会場の設営は、団長様方の指揮の元進んでいる事でしょう。
 女将さんもそちらで『つゆ』の準備をしてくれている。


 結局あれから全然アルクさんと話が出来ていない。
 何となくタイミングが合わずにずるずるとスレ違ったまま。
 無意識に溜め息を吐き出すとレンくんの心配そうな声が掛かった。

「えみ、疲れてるか?」

「え?   あ、違うの。…ごめんね」

 手元へ視線を戻すと再びレンくんから声が掛かった。

「アルクさんの事?」

 俯いていた顔を上げると、エメラルドグリーンが真っ直ぐにこちらへ向けられていた。
 手をぎゅっと握り締める。

「…レンくん、私――」

「わかってる。…えみ見てればわかるよ」

「ちゃんと言ってなくてごめんなさい。レンくんの気持ちは凄く嬉しい。……でもそれには応えられない、です」

 今の精一杯を伝える。

「うん。わかった。…俺は、友達として応援する」

 以前よりもずっと表情が豊かになったレンくんは、今はとても穏やかな笑顔を見せてくれている。
 そう言ってくれた事が本当に嬉しかった。

「…ありがとう」

 丁度、かき揚げの準備を終えたワサビちゃんがお稲荷さん作りに加わる。
 麺を茹で終えたマーレとシャルくんもいつの間にか合流し、皆で大量のお稲荷さんを作り上げた。


 お昼の鐘が鳴り響く広場では、たくさんの人達が器を片手に、膝にお稲荷さんの乗った皿を乗せ、皆で作った料理を堪能してくれている。
 予想していた以上に人が集まり、たくさん作ったお稲荷さんは瞬く間に品切れてしまった。
 麺も危ういと思っていたら、広場に隣接する食堂の店主さん達から「使ってくれ」とうどん麺の提供がなされた。
 それらは有り難く頂戴し、彼らにもうどんを堪能して頂く。
 きつねうどんも人気だったが、ワサビちゃん特製のさっくりかき揚げが乗った、かき揚げうどんも大人気だった。
 ハワード様の予想通り、噂が噂を呼び、『勇者』や『ホルケウ』効果もあり、炊き出しは大盛況だった。



 北門に近い広場の端で設置された簡易椅子に腰掛けたハワードとルーベルが、隣接する森へと視線を向けていた。

「大分苛立っているな」

 ハワードのニヤリな笑みが皮肉を含む。

「ホルケウ殿の牽制のお陰で、奴等は手出しが出来なくなりましたからね。誘き寄せるなら好機ではないかと」

 ルーベルが右手で眼鏡を持ち上げる。
 北門の上、見張り台に登っているウォルフェンとアルクからは殺気を含む魔力を伴うプレッシャーが、森からざわざわと溢れ出ているとの報告もあった。
 魔力の持たないウォルフェンですら肌を刺すような空気に異変を読み取る。
 それ程に露骨なもののようだ。
 狩りたくてウズウズしている事だろう。

「行くか」

「そうですね」

 二人が椅子から立ち上がる。
 ルーベルが手を上げて合図を送れば、見張り台から団長二人が降りて来る。

「ウォルは街を頼む」

「はっ」

 ハワードの命にウォルフェンは再び見張り台へと上がった。


 うどん作りを続けていた私達の元へアルクさんの部下がやってくる。
 シャルくんとレンくんと少し言葉を交わすと直ぐに戻って行った。
 なんだろうと思っていたら、シャルくんが私とマーレの元へ寄ってきた。

「ちょっと行ってくる」

「え?  どこに?」

 指差す先は例の森だ。
 討伐に行くという事だろうと直ぐにわかった。

「私も――」

 行くと言う前にレンくんに止められた。

「えみは留守番。ここ、頼む」

 ――奴等の狙いはマーレだった

 ハワード様からそう聞かされた。マーレには勿論言っていない。
 今、私に出来るのは、ここに残ってマーレと街の皆を不安にさせない事。
 悔しいけど、それが最善だと思う。

「わかった。気をつけてね!!」

「大丈夫」

「誰に言ってる?」

 余裕の笑みを向けられて、不安が少し和らぐ。
 北門で待つ三人に合流し、街の外へ向かう彼等の背中が見えなくなるまで、私はその場へ佇んでいた。


 陽が傾き、用意していた麺が全て無くなり、片付け作業をしていると、突如地響きと共に下から突き上げるような大きな揺れに見舞われる。

「きゃぁ!!」

 バランスを崩しその場へ膝を付いた。

「何?  地震!?」

 揺れは直ぐに収まったが、何も知らないマーレや街の人達にざわめきが起こった。
 魔物の群れに襲われた彼等には、さぞ不安な事だろう。

「ソラ!」

 何とかならないかとそちらを見れば、やれやれと言わんばかりに立ち上がり、お座りの体制になる。

「仕方ないのう」

 瞬く間に薄いピンク色の幕が街全体を覆い、森の方に見えていた黒い光や黄色い光が見えなくなった。
 ソラの結界だ。

 あれはシャルくんの精霊達の光だ。
 成る程、シャルくんの躍動する揺れだった訳だ。

 一人納得していると、ソラの口から溜め息が漏れた。

「あやつには加減を覚えさせねばなるまい」

 その台詞には全く同感だった。



 陽が沈み、空がオレンジや紫、藍色と美しいグラデーションに彩られた頃、それはいきなり起こった。
 いち早く反応したのはソラとワサビちゃんだった。
 マーレの様子がおかしい。
 その場に踞り、動かなくなってしまった。

「マーレ?   どうしたの?   大丈夫?」

 近付くと、苦しそうに息をしている。

「…体が……熱い……」

 マーレの体から、白く湯気のような魔力が立ち上がっていく。

「これって……」

「覚醒したな」

 ワサビちゃんの手を借りて、二人で広場からマーレの体を移動した。
 宿の少し先、路地の入り口へと移動する。
 シャルくんやレンくんの時のように、魔力を含む暴風が吹き荒れる訳では無かったのは幸いだった。

「ソラ、どうすればいい?」

 オロオロする私にソラは至って冷静だ。

「どうもこうも、コントロールするしかない」

 マーレは苦しそうに荒く息を繰り返す。
 彼女の側に付いていた三人の精霊は不安そうに回りをふよふよしている。
 こういった現象が初めてのようだ。彼等にもどうすれば良いのかわからない様子だった。

「どうしよう……どうしたら……」

 マーレの体が熱い。高熱でも出したかのようだ。立ち上がる湯気のような魔力もどんどん増えていく。

 途方に暮れていると、上から声が降ってくる。

「えみ。変わるぞ」

 その声にはっと振り返ると、そこにはシャルくんの姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

聖女の仕事なめんな~聖女の仕事に顔は関係ないんで~

猿喰 森繁
ファンタジー
※完結したので、再度アップします。 毎日、ぶっ倒れるまで、聖女の仕事をしている私。 それをよりにもよって、のんきに暮らしている妹のほうが、聖女にふさわしいと王子から言われた。 いやいやいや… …なにいってんだ。こいつ。 いきなり、なぜ妹の方が、聖女にふさわしいということになるんだ…。 え?可愛いから?笑顔で、皆を癒してくれる? は?仕事なめてんの?聖女の仕事は、命がかかってるんだよ! 確かに外見は重要だが、聖女に求められている必須項目ではない。 それも分からない王子とその取り巻きによって、国を追い出されてしまう。 妹の方が確かに聖女としての資質は高い。 でも、それは訓練をすればの話だ。 まぁ、私は遠く離れた異国の地でうまくやるんで、そっちもうまくいくといいですね。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...