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第3章

4話―今度は精霊まみれの少女がおりました。

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 ガキン、バキィ

 何やら物騒な音が響いておりますが。
 三回目の野営地にて、シャルくんとルーベルさんが実戦形式の訓練中です。

 アルクさんもそうでしたが、隊長さんって容赦ないですよね?  命を守る為の訓練だから手なんか抜かないのだろうけど、それにしても見てるこっちがハラハラしてしまう。

 今も、シャルくん軽くボコられてます。
 素人の私にそう見えるだけかもですが、ルーベルさんの木刀が湾曲して見えます。剣筋がおかしな事になってます。
 シャルくんも受けてはいるけど、三回に一回は体に直撃してますね。
 アザだらけになりそうとか思うけど、シャルくんは魔法で防御壁を常に展開しているとかで、対したダメージにはならないのだそうです。
 にしても、音を聞くだけで体、震えますけど。
 そして彼らは平然と言うのです。
「大丈夫。慣れてるから」と。

 そして、彼方ではハワード様の放つ水の矢をレンくんが避けたり弾いたりしている。
 ハワード様にとっては魔力についての持久力、装填速度の向上、瞬時に矢に込める魔力に強弱をつける訓練なんかになるようだ。
 レンくんはレンくんで訓練になっているらしいけど、ソラの説明が難しくてもう覚えておりません。
 私の目には矢自体見えませんが、この人達の動体視力ってどんな構造しているのでしょう?

 そして、此方には地面に倒れ込むように転がる十人の騎士の皆さんと、優雅にお茶を嗜むアルクさんが。
 先程まで訓練してたのですが、この様子だとどうやら強制終了したようですね。
 皆さん起き上がれますか?  と心配になる程全員はぁはぁ言ってますけども。
 アルクさんの汗ひとつかかず、息ひとつ乱さず、美しく優雅にカップを口に運ぶ様はもう芸術です。

 男の子は元気一杯ですねー(棒読み)

 ここでひとつ、新たな真実が明らかになった。
 普通の人って『聖剣』触れないらしい。
 諸々の事情を考慮しても、私が一番普通だと思っていたのに、女神様の魔力を宿した聖剣に触れるのは女神様の魔力を有する人間だけなのだそうだ。
 さっきシャルくんに聖剣預かってと言われたのだが、食事の準備中だったし、近くにいた騎士さんにお願いしたらそれら事実を教えてくれた。
 因みにその騎士さんが触ろうとすると、手が聖剣をすり抜けておりました。
 別の騎士さんは「え?  岩持ち上げてんの?」って突っ込んじゃうくらい重そうな顔して、結局持てませんでした。
 私が持ってもずっしり重たくて、とても振り回せそうにはない。
 そう言ったら、それはただ単に私に剣を振るうだけの筋力がないだけらしい。

 先に言ってよ。

 道理で、儀式の時に私が手にしてざわざわした訳だ。
 教会乗り込んだ時なんて、最終的には全員平伏してたからね!
 やっとその意味がわかった。
 同時に、自身が普通でないと再認識させられてダメージ半端ないですが。


 そんな元気いっぱいの男の子達を余所に、私はといえば晩御飯の準備の最中だ。
 連日こんな風にボロボロになるまで訓練するので、メニューを考えるのも大変だ。
 ただ疲労回復や滋養強壮に考慮した結果、翌日には皆さん体がぴんぴんしてるようなので、ある程度の効果は見られるようだ。
 魔力もしっかり回復出来ているみたいだし、私の役割のひとつはきちんと果たせているみたいでほっとする。
 精霊達は、あれから見た目に変化はないものの、魔力の質はぐんぐん上がっているとソラが言っていた。
 取り敢えずは今のままでいいのかな。
 正解がわからん。

 因みに今夜のキャンプもとい、野営飯は魚介を使ったパエリアと、焼き肉のタレで作るジャージャー麺、スパイスを利かせたケイジャンシュリンプに、サラダ。
 あとはワサビちゃん特製の疲労回復ハーブティーにおやつで焼きリンゴだ。
 主食多めだけど、体を酷使する彼等には丁度良いらしい。

 味見と称して既に焼きリンゴを三つ程平らげたワサビちゃんが、地面にへばりついている騎士の皆さんに、冷たいハーブティーを配って歩いている。
 笑顔が可愛くて良く気が付くワサビちゃんは、若い騎士の間で密かに人気があるらしい。レンくんがこっそり教えてくれた。
 アルクさんの部下の皆さんにワサビちゃんを泣かすような輩はいないと思うが、なんとなく心配になってしまうのは、母性からだろうか。
 出産どころか結婚もしていないけれど。
 なんならワサビちゃん、精霊だけれども。

 毎回騎士の皆さんがしっかり石で即席コンロを組んでくれるので、とてもありがたい。
 流石野営慣れしているだけあって手際も良い。
 ワサビちゃんがいてくれるから、下処理もする事ないし、私のやることと言ったら本当に作るだけ。
 そして訓練を眺める。
 後はソラのブラッシングと、皆さんとおしゃべり。
 最近はワサビちゃんが夜でも起きていられる時間が長くなってきたので、晩御飯後の自由時間で、騎士の皆さんに囲まれている事が多い。

 この間なんて、

「ワサビちゃんはどんな男がタイプ?」

 なんて聞かれているところをたまたま目撃した。たまたまですよ。
 そしたら、ワサビちゃんは

「優しくて、頼もしくて、ホルケウ様より強い方がいいです」

 なんて萌え萌えの笑顔でぶちかましていた。
 それ、地上には存在しないね。
 そもそも精霊だから、基準がおかしいのは仕方ない。…のか?
 騎士くんが可哀想すぎて、そっとその場を離れました。

 そんな事を思い出してニヤけていると、レンくんとシャルくんがやってくる。

「えみ、何笑ってんの?」

 シャルくんがこちらを覗きこんでくる。

「ちょっと思い出し笑い」

「思い出し笑いって行き遅れの始まりらしいぞ」

 レンくんがグサリと胸を貫通する言葉の棘を投げ付けてくる。
 こっちの世界のおばあちゃんの知恵袋的な事だろうか?

「何それ!?  すっごい理不尽!!」

「実際そうなんだから気にすることないって!」

 シャルくんが止めを刺してくる。
 確かにそうだけれど。

「……すっごい不本意」

 釈然としない。
 この二人、いつの間にか息ぴったりになっている。
 その事は嬉しかったが。

 ……釈然としない。


 その後は魔物の群れに出会すこともなく、王都を出発して四日目の夕方。
 私達は無事に目的地『イーリス』へ到着した。
 予定よりも一日早い到着だった。
 南門は普通通りの街並みだったが、北門へ向かうとそれは一変した。
 森が隣接するそちら側では建物の幾つかは崩れ、瓦礫の山が築かれている。
 防衛の要である門はほぼ修繕が終わっているようだったが、民家や商家は途中だったり未だ手付かずだったりと思うように復興が進んでいない印象だ。

「……酷い」
 その日何が起こったのか……想像するのも恐ろしかった。
 シャルくんは自分の村が襲われた時の事を思い出しているのか、怖い顔で黙っている。

「それでもこれだけの被害でよく収まったな」

「この辺りまでで被害が食い止められていますね。何か理由があるのでしょうか」

 ハワード様もルーベルさんも解せないといった様子だ。

「とにかくウォルフェンさんと合流しましょう」

 アルクさんの言葉に皆が頷き、騎士団が拠点にしているという宿屋へ向かった。


 久しぶりに会ったウォルフェンさんはやっぱり大きくてムキムキで豪快だ。

「またお会い出来て嬉しい」

 と、握られた手がじんじんしている。
 奥さん小さくて美人らしいけど、本当かな?  握り潰されてしまいそうだけど、無事かなぁ?
 そんな余計な心配を余所に、団長様方とハワード様、シャルくん、レンくんがテーブルを囲んだ。
 宿屋の食堂が一気に華やかになる。
 絶美な様に女将と並んで感嘆のため息をついてしまう。

「美しいねぇ……」
「本当に……」

 スマホが使えたなら、軽く二十枚は写真撮ってる。
 マジ尊い。
 ソラが盛大に溜め息をついているが聞こえない。


「お待たせしましたぁー」

 元気な声と共に、奥から大きなトレーで飲み物を運ぶ少女が現れた。

「「「!!??」」」

 その姿に全員が固まる。
 正確には、魔力持ち全員が固まる。
 営業スマイルでひとりひとりにグラスを配るその少女は、見事なまでに精霊まみれだった。
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