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第3章

1話―キャンプといえばカレーでしょう。

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 魔物に襲われた街の調査と周辺地域の群れの殲滅の為に派遣された調査チームは、王都を出発すると次の街で早速馬車から乗馬へと乗り換えた。
 これで機動性が増し、いくらか時短になる筈だ。
 目的地の『イーリス』までは馬で五日程の道のりだった。


 とはいえ、私は乗馬が出来ない。
 ここはソラか?  と思っていたら、なんとびっくりルーベルさんから「乗りますか?」なんてお声が掛かった。
 誰もが予想外だったらしく、異を唱える人はいなかった。
 ルーベルさん曰く、無駄な論争と時間を省く為だそうです。

「…すいません。お世話になります」

「前と後ろ、どちらが良いですか?」

「ルーベルさんの邪魔にならない方でお願いします」

「戦闘になった場合は降りるので、特に変わらないですが前に乗った場合、降りるまで貴女の体を後ろから拘束することになります」

 言い方。
 つまりは後ろから抱き締められる形になると言うことか。
 馬、降りるまでずっと。
 ちらりとアルクさんの方を伺うが、ハワード様とお話していて目は合わなかった。

「後ろでも良いですか?」

「ええ。かまいませんよ」

 手を借りてルーベルさんの馬へ跨がる。
 流石、騎士団長。片手で私の体を浮かせます。線が細い人なだけに、どこにそんな筋力が?  と不思議に思う。
 後ろは後ろで自分から背中にしがみつかなければならない訳で……。
 それはそれで緊張しますね。

「しっかり掴まっていてくださいね。落ちても拾いませんから」

 真面目な顔して眼鏡をキラリと光らせるルーベルさん。
 本気なのか冗談なのか、いまいち判断に迷いますが。



「倦怠期ですか?」

 皆から少し離れて馬を走らせながら、唐突に聞かれた。
 何のことかと言えば、きっとアルクさんとの事だろう。
 倦怠期以前の問題な気がするけど……
 ここは話を合わせた方がいいのかな?
 なんせ婚約者という話になっている。

「私にもよくわからないんです。私がはっきりしないせいだと思うんですけど」

 違和感は気のせいではなかったようだ。ルーベルさんが気付く程には、アルクさんの様子はおかしかったらしい。
 この人の観察眼は尋常でなさそうな気もしないでもないが。

「私、男性とお付き合いした経験がなくて、こんな時どうしたらいいのか……」

 ルーベルさんの後頭部を見つめる。
 時々ちらりと見える眼鏡と流し目が素敵です。不敵な笑みと眼鏡、その奥の笑っていない目が全体的に冷たい印象をもたらすが、実際とは違う。
 仲間思いで、部下思いで、君主に忠実な熱い方だと私は勝手に思っている。
 そしてやはり容姿が大変美しい。
 と言うことはおモテになる筈で、是非ともそのご意見を参考にさせて頂きたい。

「さて、アルクの気持ちはアルクにしかわかりませんからね。彼はバカではないし、上に立つ人間なりに考えてしまう事はあるのでしょう。いっそはっきり言いたい事を言い合って、話した方がいいのでは?」

「やっぱりそうですよね」

「まぁ、私にはよくわからない分野ですので、あまり参考になさらない方がいいと思いますが」

「ルーベルさんは結婚は?」

「しませんよ。面倒くさい」

 えっ!?

「女性の貴女を前に言うことではないかもしれませんが、女が絡むと色々面倒くさいじゃないですか。私は独りが性に合っているようですし」

 ホント、一応、私、女なんですけど。

「結婚願望ないんですね?  変人扱いされませんか?」

「されますが、関係ありませんね。私の人生なので」

「いっそ清々しいですね!  もう気持ちいいです!!」

 ルーベルさんの切れ長な目が此方へ視線を送ってくる。

「えみさんは?  結婚、したくないのですか?」

 改めて聞かれて考える。

「んー、死ぬ前にはしたいけど、今すぐどうこうは、正直ないんですよね。それよりも、美味しいレシピ沢山考えて作って食べる方が今はずっと大事だし幸せです!!」

 真剣に考えて話したのに、ルーベルさんに声を出して笑われてしまった。
 こんな風に笑っている所を初めて見たかもしれない。

「貴女らしいと言ったら怒られますかね?  貴女の方がよっぽど変人ですよ」

「やっぱりそうですよね?  シャルくんにも、エリィにも『おかしい』って言われちゃいました」

 私の考え方は、この世界とどこかずれているらしい。

「いいんじゃないですか?   貴女には普通が当てはまらないようですし」

 絶対誉められてはいないな。


 そんな他愛もない話をしながら、穏やかに馬を走らせる。
 因みに第一師団長のウォルフェンさんには小さくてとても可愛らしい奥様がいるらしい。
 ルーベルさんが真剣な顔で「あれは正に美女とオーガですよ」なんて言うもんだから、爆笑してしまった。


 それから特に何事もなく馬を進め、日が傾きかけた頃、小川の近く少し開けた場所でキャンプもとい野宿することが決まった。
 遊びに来ている訳ではないが、大学生の時に友達とキャンプしたことを思い出し、ついウキウキしてしまう。
 その時に皆で作ったのはカレーだった。飯ごうでご飯を炊いたり、やいのやいの言いながらの料理は本当に楽しくて、出来上がったカレーはとても美味しかった。


 野菜を大きめにカットして、じゃがいもはまるごと鍋へ放り込んだ。
 野菜のカットはワサビちゃんが手伝ってくれる。もはやカットさせてワサビちゃんの右に出るものはいないだろう。
 お肉もカレー用の豚肉ではなく、ブロックベーコンをぶつ切りにして入れた。
 ここから良い塩味と旨味が出る筈だ。
 水と無塩のトマトジュースで煮込み、隠し味にインスタントコーヒーを加える。
 最後にルーを溶かせば、『あの夏の思い出カレー』の出来上がりだ。
 勿論飯ごう炊きの白米も忘れない。底に出来るお焦げがまたたまらない。
 食欲旺盛な猛者達しかいないせいで、大鍋は瞬く間に空になった。
 シャルくんの精霊達を上位精霊へ進化させるという任務もあるため、多目に作ったにもかかわらずだ。
 スパイスと辛味の効いたカレーは大好評で、あの香りで食欲がそそられてしまうのは、異世界こちらでも一緒のようだった。
 外で皆で食べる食事は楽しいし、美味しい。
 これから戦いに行くのを忘れ、一時の幸せを噛み締めるのだった。


 これも訓練になるからと、結界はシャルくんが張ってくれた。
 これで低級の魔物は寄せ付けないし、上級種が現れてもすぐにわかるのだという。
 一定量の魔力を消耗しながら結界を維持するのは、持久力を上げる訓練になるのだそうだ。
 寝てる間も維持し続けるなんて、疲れが取れないのでは?  と思っていたら、起きている間、常に防御壁を展開しているシャルくんにとっては造作もない事らしいです。
 勇者様、流石です。

「こいつは全てにおいて規格外すぎて生意気」
 なんて悪態をついているレンくんに対し
「ちょっとコツ教えただけで防御壁作れちゃう奴に言われたくねぇ」
 なんて言い返しているシャルくん。そのうちプロレス始まってるけど、まぁ仲が良いのは良い事ですよね。男の子だし。
 ソラへ丁寧にブラッシングをしながら、徐々にエスカレートしていくプロレスごっこを生暖かい目で見守ることにした。



 部下とルーベルと共に馬の世話をしながら、アルクはシャガールとレンと戯れるえみを遠くから見ていた。
 自分が渡した首飾りを付けていた彼女に、その意味を問い質したかったが、それは叶っていない。柄にもなく躊躇ってしまっのだ。
 理由は幾つかある。

「倦怠期ですか?」

 えみにもした質問を、ルーベルはアルクにもぶつけた。

「…それ以前の問題です」

「というと?」

 この人には偽れないだろうと、アルクは重い口を開いた。

「元々私の一方的な想いだけで、無理矢理押し進めた婚約ですから。…本来えみが立つべきは、シャガールの隣なのです」

「えみさんがそう言ったのですか?」

「え…」

 顔を上げると、ルーベルの眼差しが真っ直ぐこちらへ向けられている。

「彼女が無理矢理婚約させられたと?  自分の居場所は勇者殿の隣だと、そう言ったのですか?」

「……いえ」

「アルクらしくないですね。いつもの貴方なら、冷静に周りを分析し、隙を見逃さず攻撃に転ずる事を躊躇したりしないのに」

「……ルーベルさん、まさかあなたまで……?」

「どうでしょうね?  ……ただ……少し興味は沸きました」

 ニヤリな笑みを残し、後をよろしくとその場を後にしたルーベル。
 足が向いているのはあの三人の方だった。
 残されたアルクは信じられないものを見るような目を、ただただルーベルの背中に送ることしか出来なかった。
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