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第2章

14話―緩急差が激しすぎて、頭も体もついていけません。

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「あーー疲れたーー」

 儀式を無事に終えた私は、ワサビちゃんとソラと共に、王宮の自室へ戻っていた。

「ワサビもですぅー」

 二人で大きな椅子の背もたれへ、だらしなく身を投げ出す。
 着替えをと言われたが、限界だから休ませて欲しいと、なかば強引にひきこもってきた。

「先程まで女神の声を聞き、儀式を執り行っていた者とは思えぬ格好だの」

 そんなこと言われても、疲れたんだもん!
 あんなたくさんの人から視線で全身を串刺しにされた気分だ。
 ただでさえ、好奇の目に晒されるのは慣れてない。嫌でも神経がすり減るのだ。

「……あれ、やっぱり女神様だったの?」

「他に誰がいようか」

「ソラも聞いてたの?」

「精霊には聞こえている。人間ではえみと覚醒者のみだ」

 シャルくんは勇者となったことから『覚醒する者』から『覚醒者』となったようだ。

 名前で呼んでくれないかなー

「シャルくんの精霊を上位精霊に進化させろって言ってたけど、どうやるの?」

「さてな」

 ソラがわからないんじゃお手上げなのでは? 

「あやつが何を考えておるのか我にはわからぬ」

「ソラにもわからないんだ」

「世界のことわりは女神のみぞ知るところだ」

 そうなのか。
 女神様は私やシャルくんに何をさせようとしているのだろう。
 さっぱりわからない。
 とにかく今は精霊の進化の方法だ。

「ワサビはえみ様のご飯をいっぱい食べたら大きくなれました!  イグニス達もそうすれば良いのでは?」

「「確かに」」

 ソラとハモった。

「でも、イグニス達に必要なのは、シャルくんの魔素でしょ?  ご飯食べてもらうのはかまわないけど、私の魔素あげることにならないの?」

「なるな。が、別に問題はない。契約さえ果たされれば、魔素をどれだけ取り込もうが制限などない」

 そういうものか。
 そういう事なら『ご飯食べてもらおう作戦』は、やってみる価値はありそうだ。
 シャルくんとも話してみよう。
 そう思っていると、部屋の扉がノックされた。
 もうメイドさん達来ちゃったかぁと思っていたら、入って来たのはまさかのアルクさんだった。
 それはもうだらしなくだらだらしていた私は、突然のアルクさん出現に慌ててその場へ起立し、気をつけをした。

「アルクさん!  どうし…――」

 彼は真っ直ぐこちらへ向かってくると、そのままがっしりとホールドされた。
 気をつけの姿勢だった私は見事なまでに綺麗に彼の胸へと収まったことでしょう。

「なっ……ど、どうしたんですか!?」

 急な事に驚きすぎて心臓が大暴れしている。締め付けられて息苦しい。
 ワサビちゃんは両手で自分の目元を覆っている。中指と薬指の間がしっかり空いているし、ついでにお口もあんぐり開いていたが。
 アルクさんは何も言わないまま、私をホールドしている。

「……アルクさん……?   何か、ありました?」

「…ごめん。……少し、このままで」

 迷った挙げ句、彼の背中に腕を回した。右手で軽くさすってみる。
 そのまましばし時が流れた。


「ごめん。急に……」

 ようやく苦しさからは解放された。体はまだ密着したままだったが。
 至近距離で見つめられて狼狽えた。

「どうしたんですか?  …何か、あったんですか…?」

「いや……違うんだ。…私の男としての器が小さいだけだ……」

 おっしゃっている意味がよくわからないのですが。
 アルクさんが私を椅子へ座らせてくれた。彼は私の正面で床に膝をついている。左手が握られ、彼の指が私の手のリングへ触れている。

「シャガールに、えみを取られてしまう気がして、不安になった」

「え?」

「えみが、本当に黒の巫女なのだと思い知らされて、私など手の届かないひとに思えてしまった」

 そんな!  そう思っていたのは私の方なのに!!

「私は普通の女子ですよ?  そう言ってくれたのはアルクさんです」

 彼の不安げに揺れる瞳を見た。

「私、その言葉がとても嬉しかったんです。ずっと引っ掛かっていた事だったから」

「そう、か……」

「そうですよ!  それに、アルクさんこそです!  私にとってはアルクさんの方が手の届かない雲の上の人です」

「え?」

「そりゃそうですよ!  元々一般市民の私からしたら、王宮の騎士団長さんでイケメンで超貴族なんてハイスペック男子、普通はお近づきになれません!!  完全に役得です!」

 アルクさんはホッとしたようにクスクスと笑った。

「だからアルクさんが不安に思う事なんて何もありません!  今まで通りでいてください。じゃなきゃ枕濡らします!」

「それは困るな……」

 左手が引き寄せられると、彼の唇がリングへ触れた。
 その仕草に目を奪われた。
 不安げに揺れていた瞳は、強い光を取り戻している。

「えみが私の婚約者でいてくれると、そういう事だね」

「……へ……?」

「それを聞いて安心した」

 おもむろに立ち上がるとぐっと距離を詰められる。
 背もたれとアルクさんの間に閉じ込められて、獰猛な光を宿した瞳を見上げた。

「待つと言ってしまった事、今は少し後悔してるよ…」

「や……あの……」

 鼻先が触れそうなところまで彼が顔を寄せてくる。

「早く堕ちておいで……」

 フェロモンが凄まじい。
 意識が飛び掛けた時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


 アルクさんの動きがぴたりと止まり、ゆっくり離れていく。
 扉の前にはハインヘルトさんがもう既に立っていた。

 もう入って来てるじゃん!
 絶対内側叩いてたでしょう!!
 ノックの意味!?
 どこから見てたの!?
 いつからいたの!?
 私のプライベートって何ですか?


「お前……わざとだろう……?」

 アルクさんのこめかみには青筋が浮いている。

「何のことですか?」

 ハインヘルトさんは何でもないようにさらっと言う。

「ハワードといい、ハインヘルトといい、お前達グルだな絶対に」

 みるみる黒いオーラが放たれる。

「そのハワード様がお呼びです。教会の人間達が抗議に押し寄せております。事態を速やかに終息せよとのお達しです」

「自業自得だろうが!!  自分でやれ!」

「皇太子命令だそうです」

 イライラがこちらにもひしひしと伝わってくる。
 気持ち…わかります……。
 アルクさんは短く息を吐き出すと、こちらへ視線を移してくる。その表情は穏やかなものだった。

「ごめん。続きはまた今度ね……」

 そう言って握られたままだった左手の甲にキスを落として行ってしまった。
 暴れ狂っている心臓はまだうるさいままだ。


 ハインヘルトさんも一緒に行くのかと思ったら、真顔でこちらへ近付いて来た。

「なっ、何か!?」

「中断した会議のあった日の午後、翌日の会議に向けて団長様方とハワード様で短時間でしたが会議が開かれました。その際、アルク様はハワード様へ再度抗議されたのです」

 いきなり何の話ですか!?

「貴方を遠征メンバーから外して欲しいと。絶対に連れて行くのは反対だと、全員の前でそれはそれは驚くような剣幕でした。普段の彼からは想像もつかない姿です」

「…………」

「ハワード様は条件を出されました。ローガン様との一騎討ちで、一撃でも入れられたら、えみ様の件は考え直すと」

「え?」

「普通ならローガン様のお名前が出た時点で、全ての人間は戦意を喪失します。それほど恐ろしい方です」

「……じゃぁ……あの時、アルクさんがボロボロになって帰って来たのは……」

 アルクさんのお屋敷で偉い方々と一緒に『牛丼』を食べた夜、帰りが遅かった上に怪我までして帰って来た。


――すまない。私の力不足もあって取り消せそうにないんだ。


 あれは、私のメンバー入りを取り消す為に……?

「……あんなアルは初めて見ました。……愛されてますね」

 それだけ言い残し、ハインヘルトさんは部屋を出ていった。
 続いてメイドさん達が入ってくる。
 私は両手で頬を覆ったままその場に立ち尽くしていた。
 頭に上った熱はもうしばらく引きそうになかった。
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