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第2章

7話―私は私に出来ることをするだけです。

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「えみ。君は遠征に参加させられることに納得してるのか?  ピクニックとは訳が違うんだぞ」

 アルクさんの声に怒りが混じる。
 私が遊びに行くと勘違いしてると思っているのか。

「納得はしていませんが、漠然とそうなるんだろうなとは思ってました」

「何故?   黒の巫女とはいえ、魔力の特殊さから言って君は一般市民と変わらない」

「あーはい。わかってます。足手まといにならないように気を付けます!」

 私には戦闘は出来ない。だから、邪魔にならないように、ましてや人質なんかにならないように注意を払わなければ!
 アルクさんはあっけにとられたような顔をしていたが、我にかえって慌てたように首をふる。

「いや、違う。そういうことではなくて、戦いの最前線へ行くんだぞ?」

「はい。わかってますよ」

「わかってない!!」

 アルクさんが声を荒げる。
 怒ってる。けど、その怒りは私へと向けられたものではないと思えた。

「わかってない!   どれ程危険なことか!  相手は魔族だ。どんな手を使ってくるかわからない。最悪死ぬかもしれないんだぞ」

 ああ、心配してくれてる。
 大事に思ってくれてる。
 素直にそう思えて、自然と頬がゆるんだ。

「君はいつもそうだ。危険があるとわかっているのに、必ず首を縦に振る。嫌だと言わない。何故だ?」

 何故と言われても……

「君が嫌だと言えば上層部は考え直すかもしれない。頼むから、行きたくないと、そう言ってくれ」

 アルクさんの私を握る手に力がこもる。
 温かいな。
 この手は私を守ってくれる手だ。
 そう思うと心がほっこりした。
 何でも頑張れそうな気がするのだ。

「私なら大丈夫です。一緒に行かせてください」

「え?」

「私、本当に取り柄がなくて。……唯一出来ることってご飯を作ることくらいなんですよね。それが役に立つならそれくらいします。自分に出来る事があるのに、何もしないで待ってるだけは嫌です。こちらの世界に来て、身寄りのない私を引き取ってお世話してもらってますから。私は出来ることをしてお返ししたいです」

 アルクさんは珍しくあんぐりしている。

「私にはソラとワサビちゃんがいますし、あんまり危ないって実感がないんですよね。それに、アルクさんが一緒なんですよね?   だから何も心配はしてないです。アルクさんの事、ちゃんと信じてますよ」

 怖いことは怖いけど、心配してないのは本当だ。
 それを素直に言っただけなのに、アルクさんが固まってしまった。
 あれ?   私、何かおかしなこと言ったのかな?

「あの……?」

「えみ。君って人は」

 あれあれ?   と思っている間に、何故かアルクさんの腕の中にいた。
 硬い胸板としっかりした腕に閉じ込められて、身動きがとれないな。
 なんだろう?   ちょっと危険な匂いがする!!  ……やっちまったな。

「えみの事は私が必ず守るから。危ない目には絶対に合わせない!   約束するよ」

「はっ、はい。よろしくお願いします」

「えみ」

 熱の孕んだ声が頭に直接響く。それだけで身体が沸騰しそうだ。

「この世界にえみを連れてきてくれたこと、女神に感謝しよう」

「え?」

 至近距離で視線が絡まる。

「君が…愛しい……心の底から」

「……っ……」

 ものすごい勢いで心臓が暴れてる。

「えみには他の誰でもない、私の隣で笑っていて欲しい。残りの生涯を共に生きて行きたい。えみの他には考えられない」

 まただ。恥ずかしいのに、ドキドキして苦しいのに、目が離せられない。
 それって、プロポーズですか…?

「頼むからいいと言って」

「わたし…は……」

 強い光を宿した瞳がゆっくりゆっくり近づいてくる。

「えみ……」

 色気が…フェロモンが凄まじい!
 思わずはいと言いそうになるのをかろうじて堪えた。

「ダメ、です……」
 鼻先が触れそうなところでアルクさんが止まった。

「今の私では……アルクさんに釣り合わないから……」

「どういう意味?」

 彼の真剣な眼差しが、その真摯な想いが胸を締め付ける。

「アルクさんの気持ちはとても嬉しいんです。今までそんな風に言ってくれた人がいなかったから」

「いたら全て切り伏せてやる」

 怖いこと言わないで欲しいです!
 本当にやりそうで震えますから。

「でも、私にはアルクさんの気持ちに答えられるだけの覚悟がまだないんです。このままずっと甘えてるだけは嫌なんです!」

 視線が絡まる。
 近すぎてドキドキが収まらないけど、伝えなければと思った。

「私のワガママです。でもちゃんと答えが出るまで時間をください。…お願いします」

 アルクさんは観念したようにはにかんだ。

「えみらしいね。そういうところも好きだよ」

 再びアルクさんの腕のなかに閉じ込められた。
 ドキドキするけど、とても落ち着く。

「待ってる。ここまで来たんだ。いくらでも待つよ。必ず振り向かせて見せるがね」

 すごい自信ですね。
 でもアルクさんのその色気なら落とされる自信あります。

「ありがとうございます」

「えみが首を縦にふってくれたら、今すぐ全てを奪うのに」

「えええ!?」

 なんですと??  聞き捨てなりませんね!まさかの貞操奪います宣言ですか?
 そうですよね?
 逃げ腰の私などお構い無しに、アルクさんの大きな手が背中を腰を妖しく撫でてくる。
 奥の方から熱が呼び覚まされるかのように全身が熱い。
 もう心臓が破裂しそうだ。

「欲しいな……今すぐにでも――」

 真っ直ぐに注がれる視線に乗せられたフェロモンに頭がくらくらした。
 鼻先が触れそうになってぎゅっと目を瞑ると、おでこにキスをされた。

「待つと言ってしまったからな。…やめておこう」

 拘束が解かれ、首から頬をなぞるように触れていた手が離れていく。
 心臓の音はまだまだうるさい。 

「また明日。おやすみ」
「おやすみなさい」

 穏やかな微笑みを向けられてそれだけ返した。

 扉の向こうへ消えていく背中を見つめる。

 頼れる皆がいるから頑張れる。
 ご飯を作ることで誰かの助けになるのなら私は自分が出来ることをしたい。
 役に立てるようにもっと頑張ろう。
 そう決意してベッドへ入り瞼を閉じたが、激しい心臓のせいでなかなか眠気はやってこなかった。
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