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第2章

6話―そろそろ貞操の危機を感じますが。

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 いつもの帰宅時間になってもアルクさんが帰ってこない。
 昼間、お屋敷で食事をしてから様子がおかしかったし、気になる。
 時刻を確認すると、もう間もなくリビングの時計が0時になろうかというところだった。
 目の前にはアルクさんの夕食が置かれている。もちろん私が作ったものだ。
 メニューはこちらの世界の野菜を使った煮しめ(のようなもの)に、アルクさんが好きな角煮、小鉢と味噌汁といった和定食にした。
 いろいろと話したいこともあったから、帰りを待っていたのだけれど、お仕事忙しいんだな。
 こんな時間まで、しかもご飯作って待ってるなんて、本当に妻にでもなってしまった気分だ。
 また、明日にしようかと部屋に戻ろうと立ち上がったとき、外から馬の蹄の音がしてアルクさんが帰ってきた。

「えみ。こんな時間まで。まさか待っていたのか?」

 私の姿に驚いたようだったが、私がそれ以上にアルクさんの姿に驚いた。
 身体中が土まみれで、ところどころに擦り傷まであったのだ。

「アルクさん!!   怪我してるじゃないですか!!」

「あぁ…ちょっと訓練でね」

 アルクさんでも泥まみれになるくらいの激しい訓練って一体……。
 他の人が死んでしまうのでは??   と、心配を通り越して恐ろしくなる。
 そんな私の不安を他所に、ラップのかかった夕食を見て顔を綻ばせる。
 この世界にラップなど存在しない。もちろん日本の技術のたまものだ。

「もしかしてえみが?」

「あっ、はい。もし良かったらと思って」

「えみの味が恋しかったから嬉しいよ。少し話たいからシャワーを使ったら部屋に行く。それでいいかな」

「わかりました。では、食事も持って行きますね」

 という訳で、自室へ戻った。
 あれ?   よくよく考えたらこんな時間に男の人を部屋に入れるって不味くない?
 左手の薬指にはキラリと光るリングが。
 許可なく外していいものかわからなくて、結局つけたままになっている。
 周りには婚約してるって思わせてるし、既成事実があってもちっともおかしくないのでは??
 これっていよいよ貞操の危機じゃないですか?

 やばい!!   変な汗が!!

 部屋の中を無駄にうろうろしていると、控えめなノックがあった。
 狼狽えていると、シャワーを終えて爽やかさを身にまとったアルクさんがやってきた。

「待たせてすまなかった」

「いっいえ!   お仕事お疲れ様でしたっ!」

 アルクさんは冷めてしまったにもかかわらず、美味しいと言いながら完食してくれた。
 やっぱり角煮はお気に入りのようだ。
 食後に二人でお茶を飲み、一息ついたところで、アルクさんが口を開いた。

「何から聞きたい?」

 そう言われて、自分の左手を見つめた。

「では、婚約の件からお願いします」

 アルクさんは少し困ったように笑って頷いた。

「薄々気付いてるとは思うが、ツェヴァンニ大臣を中心に複数名の大臣たちに、えみを通してソラを利用しようという動きがあった」

 ツェヴァンニってあの口髭大臣のことね。

「私は休暇でアルカン領に帰っていた時からハワード宛に報告書をあげていたが、その時から不安視されていたことだった」

「そんなに前から」

 それだけ利用価値があるってことだよね。
 それはそうか。なんたってソラは地上最強だものね。

「団長以上から、都内に家を持つことを許されるが、同居出来る人間は限られるんだ。レンのように身元引き受け人か家族。または家族になることが決まっているもの。これに例外はない」

「なるほど。苦肉の策で婚約者というわけですね」

 アルクさんに左手をすくいとられる。

「苦肉の策?   それは違うな。私は本気だ」

 薬指をなでられて一気に心臓がうるさく鳴り出した。

「取らないでいてくれたこと、嬉しいよ」

 アルクさんの長い指がリングへ触れる。

「かっ…勝手に取るのはまずいかと思ったので……」

「えみのそういうところ、好きだよ。…本当に、素晴らしい…」

 いえいえ。日本ではこれを空気を読むというのです。

「これ以上えみとソラに、もちろんワサビにも窮屈な思いはさせたくなかった。城にいれば私やハワードの目の届かない所も多い。えみを危険な目にあわせる前にどうしてもこちらへ連れてきたかった。城ではどこで誰に話を聞かれるかもわからないし、相談も出来なかった。勝手なことをして申し訳ない」

 伏し目なあなたも絵になりますね。
 イケメンは何をしててもイケメンみたいです。

「いえ。アルクさんが考えもなしに何かをするとは思えなかったので、信じてました。話してくださってありがとうございます」

 アルクさんはどこかほっとした様に見えた。

「その…私の契約者の件はどうなりますか?」

「契約が成立している以上、どうすることも出来ないし、そこはハワードに任せて問題ない。えみは心配しなくていいよ」

「アルクさんやレンくんが怒られたりはしませんか?」

「大丈夫。安心して」

    良かった……

「昼間のハワード王子の言ってた事は冗談ですか?   大真面目ですか?」

 アルクさんは小さくため息をついた。

「残念だが大真面目だな。ああなると九十五パーセント実現する。……すまない。私の力不足もあって取り消せそうにないんだ」

「そうですか」

 まぁそうだろうとは思ってたので、これは確認のつもりだ。
 アルクさんに私の秘密のノートを見せた。もうすでに三冊目に突入している。
 ページをめくってアルクさんが驚きに目を丸めている。

「これは…――」

「実はわさびちゃんに先生になってもらって、食材の勉強をしてるんです」

 さすが精霊。とっても物知りなのです。

「日本のレシピを参考に、こちらの食材も使いながら調理出来ないか色々と考えてみました。これなら抵抗は無さそうかと思うんです。問題は私が調理したものを受け入れてくれるかどうかですけど…」
 何も言わずにアルクさんはページをめくっている。
 食材の名前、採れる時期、味、成分、摂取したときの効果など、色々と書き連ねてある。それらを参考にして、私の魔力を加えれば、滋養強壮だけでなく、回復力を高める料理なんかも出来ると思う。
 まだ試してはしないが。
 ノートを見ながらアルクさんに説明していく。
 直ぐに出発にはならないはずだから、アルクさんの隊で試食してもらえないかということもお願いしてみた。
 アルクさんはノートを閉じるとこちらへ視線を向けた。

「素晴らしいよ。ここまで考えてくれてるとは思わなかった。正直驚いている」

「ありがとうございます」

「しかし、遠征にえみを連れて行くつもりはない」

 アルクさんははっきりと言い切った。
 お互いの視線がぶつかる。
 アルクさんの強い視線に、私は何も言えなくなってしまう。
 無言でお互いの視線が絡まったまま、時を刻む時計の音だけが響いていた。
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