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第2章

1話―王都にやって来ましたが……。

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「あぁ―――暇だ……」

 アルカン領から王都へ来て早一週間。
 床に寝そべったソラのフカフカのお腹に背を預けて、私は暇をおおいにもて余していた。


 ここは王宮の一室。城に着いてから、結局国王陛下への謁見は叶わず、ソラと一緒にここへとほぼ軟禁状態だ。
 そりゃそうよね。魔王が復活したんだもの。
 もちろん城内を歩き回ることなど不可。
 調理場へ行くことも不可。
 朝起きてメイドさんに着付けしてもらって、出されたご飯を食べて、お風呂に入って寝る。
 そんな生活がもう一週間続いているのだ。

「魔王復活したけど、このままで大丈夫なのかな?」

 私の素朴な疑問に、ソラがつまらなそうに答えてくれる。

「あれから大きな動きはない。他の四聖獣どもにも動きはない。おそらく復活はしたが、力の回復が不十分なのだ。だとすれば、今少し人間共に準備をする猶予があるはずだ」

「えみ様のおやつが食べたいです」

 ソラとワサビちゃんには毎日魔素を渡してるから、問題はなさそうだけど、そろそろ二人とも限界を迎えそうだ。
 私だって美味しいご飯が食べたい。
 何ががっかりって、王宮の食事も美味しくないことだ!!
 ご飯とおやつの時間だけが楽しみなのにだ。
 それに、ここに来てからアルクさんともレンくんとも会えていない。
 二人とも忙しいのだろうけど、正直心細い。
 部屋に人はくるけど、メイドさんが主だし、日替わりだし、みんなお喋りしてくれない。
 まぁ、理由はなんとなくわかるけど。
 ちらりとソラをみやると裂けてしまうのではと心配になるくらいの大あくびをしていた。

「抜け出しちゃおうか」

「ここからですか?」

 ワサビちゃんがただでさえくりくりの目を更にまんまるくして驚いている。

「逃げる訳じゃないし」

「部屋にいるはずの我らの姿がなければ大騒ぎになる。もうしばし我慢せよ」

 ですよね~。
 せめてご飯だけでも作れたらなぁ。


「ああああああ!」

 急に大声を出したものだから、肩からワサビちゃんが転げ落ちてしまった!
 ソラもわかりにくいけど怪訝そうな顔をしている。

「なんだ今度は」

「びっくりしますぅ」

「ごめんね!   ここで料理をする方法を思いついたものだから!」

 その言葉に二人が異常に反応した。

「なに?   本当か?」

「うん!   何でもっと早く気が付かなかったんだろう」

 そうして取り出したのはピンクのポーチだ。
 私がこの世界に転生したときに、女神様が預けてくれたものだ。このポーチからは私が今欲しいと思う物を取り出すことが出来るのだ。
 取り出せるのは食材だけではない。
 ペンやノート等の文房具、まな板や包丁等の調理器具もだ。取り出せるし、逆にしまうことも出来た。


「あまり手のかかるものは出来ないけど」

 そう言いつつ、カセットコンロとフライパンを取り出した。
 ポーチの口よりも大きな物でも取り出せる事は検証済みだ。ただし、片手でポーチ、片手で取り出せるものが持てる事が条件のようで、棚や椅子等は不可だった。
 この中は一体どうなっているのか……。

 ちょうどノックの音がしたからメイドさんがお茶を持ってきてくれたのだろう。
 ということは、おやつの時間ということだ!   久しぶりにあれを作ろう!!


 メイドさんは私の使う器具がよほど気になるのか、先程からカセットコンロをじっと見つめている。
 火に掛けられた蓋つきのフライパンの中で、卵色の生地が膨らんできているところだ。
 そう!   今作っているのはたまに無性に食べたくなるホットケーキだ。
 ひっくり返すといい感じでキツネ色に焼けている。
 ポーチからメイプルシロップとバターを取り出したところで、甘い匂いを辺りに撒き散らしながら、ホットケーキが焼き上がった。
 待ちきれない様子で大きな尻尾をぶんぶん振り回すソラと、今にもヨダレが垂れそうなワサビちゃんへと大きめに焼いたホットケーキを切り分け、バターとたっぷりのメイプルシロップをかけて渡す。
 二枚目を焼きながら私も久しぶりの甘いおやつに舌鼓を打ったのだった。
 興味深げにしていたから一緒にどうかと誘ったが、メイドさんには断られてしまった。
 あれよあれよという間に焼き上がった三枚目を切り分けていたときだった。


「なんかいい匂いがするんだけど」

 声のする方へと視線を向けるとラフな格好の若い男の人が立っていた。
 メイドさんが深々と頭を下げているから、きっと身分の高い人なんだろうと思う。
 彼はメイドさんに下がるよう合図すると、こちらへとやってきた。

「やぁ。君が黒の巫女殿だね。噂通りだ」

 城って、女性の部屋に勝手に男の人が入って来ても良いところなんですか?
 そしてその噂の中身を詳しく知りたいと思うのは私だけですか!?

「ところですごくいい匂いがしたものだからついつい来てしまったけど、取り込み中だったかな」

 物腰はとても柔らかいが、その視線は私やソラ、調理器具へとまんべんなく注がれている。
 ソラもワサビちゃんも変わらず食事を続けていたので、とりあえず危険はなさそうかな。
 それともただホットケーキに夢中なだけ?女子の部屋に、何の先触れもなく勝手に入って来た人がいるのに、それにも気付かないくらい夢中なだけ??
 ソラがちらりとこちらへ視線をよこしたけど、興味無さそうに食事を続けている。
 これは危険は無しとみた。

「今お茶をしてたところなので、良かったらどうですか」

 席をすすめると彼は驚いたように目を丸くした。

「え?   いいの?   オレが怪しい不審者だったらどうするの?」

 自分で自分を不審者呼ばわりとは、変わった人。
 思わずクスクス笑ってしまった。

「その場合はソラとワサビちゃんがいるので大丈夫です。あなたの身の危険はありますが、それでも良ければどうぞ」

「確かに、ホルケウや精霊がボディーガードならこれ程心強いことはないな」

 彼は一本取られたなと、空いた席へと腰を降ろした。
 近くでみると肌の綺麗さにびっくりする。微風にも揺れそうなさらさらの金髪に、美しい夕焼けのようなオレンジの瞳。
 フランス人形を男の子にして実在させたらこんな風になりそうだ。

「お茶の時間に食事をするのは初めてだな」

「私の国ではこれは『おやつ』なんですよ。ソラのせいで誰も私とお話してくれなくて暇してたんです」

「おやつ?   それも初めて聞く言葉だ」

 切り分けたホットケーキとカップにお茶を注いで彼の前へと置いた。こころなしか嬉しそうに見える。
 そういえばこちらの世界にはおやつという概念が無かったな。当たり前になりすぎていて忘れてた。

「私の国では、お茶の時間になると、一緒に甘い物を食べてお喋りしたりして過ごすんです。その甘い物をおやつと呼んでいます。バターとメイプルシロップはお好みでかけてくださいね」

 彼は珍しそうにそれぞれを観察しながら私の使うお皿を見ながら見よう見まねでかけていく。

「えみ。おかわり」

「えみ様。私も欲しいです」

「はいはい。ちょっと待ってね」

 もうすでに焼いていた五枚目を二人の皿へと取り分ける。
 そんな様子を彼の鋭い眼差しがとらえていたのを私は全く知らなかった。


 ワサビちゃんのお腹がはち切れそうになったところで、ソラも満足してくれたらしく、久しぶりのおやつタイムを満喫した。
 彼はホットケーキをとても気に入ってくれたらしく、二回もおかわりしていた。
 バターやメイプルシロップ、ホットケーキのこと、更にはフライパンやガスコンロについてもあれこれ聞かれて、好奇心の旺盛な人らしい。

「えみのいた世界は物資の豊富な技術の進んだところなんだな」

「私にはそれが当たり前だったから、よくわからないけど、ご飯の美味しさは自信を持ってオススメ出来ます」

 胸を張ると、彼はふんわりと微笑んだ。
 その笑顔に王子様みたいな人だなと見とれそうになってしまう。

「たしかに美味しかった。ここでは食べたことがない味だった。また来てもいい?」

「もちろんです。私、料理は得意なので、いつでもご馳走します」

「ありがとう。このお礼は後日必ず」

 そう言って彼は部屋を出て行った。

「そういえば名前。聞きそびれちゃったな」


 ソラもワサビちゃんもよほど満足したのか今はすやすやと眠っている。
 私も今日は久しぶりに有意義な時間を過ごせた。

 ここでの暮らしの楽しみを見つけてルンルンだったのだが、また一つ二つやらかしてしまっていたことに今はまだ気が付く術もなかったのだった。
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