上 下
21 / 126
第1章

20話―こんな時こそ出番です。

しおりを挟む
 最悪の状況だった。
 死者こそ出なかったものの、家屋の半数以上が被害にあい、収穫間近だった農作物はほぼ全滅。数少ない家畜は全て持ち去られてしまっていた。

 知らせを受けてアーワルドさんはすぐに現地へ向かうと言った。
 もちろんアルクさんとレンくんも一緒だ。
 ハインヘルトさんは王都への連絡係をかって出てくれて同行することになった。
 私も行かせて欲しいとお願いした。
 アルクさんもナシュリーさんも危険だから駄目だと言ったが、私が譲らなかったのと、ソラが魔物の再来を抑制するという案から、アーワルドさんが許可してくれた。
 私が行くならとナシュリーさんも一緒に行くことになった。
 私は乗馬が出来ないため、アルクさんの馬に一緒に乗せてもらった。


 こうして村へやって来たが、そんな状況に私は酷く衝撃を受けたのだ。
 村を見て回るという男性陣と別れ、私とナシュリーさんとソラは、怪我をした人や家に戻れない人々が避難しているという教会へと足を運んだ。
 村の外れにある教会へ続く短い道のりまでにも、壊されて焼けた家やその臭い、荒らされてめちゃくちゃになった畑などの悲惨な状況を目の当たりにした。
 凄惨な現状に何と言っていいかわからず、教会に辿り着くまで一言も言葉を発することが出来なかった。


 教会へ着くと神父様が出迎えてくれた。
 怪我人がいるという部屋を訪れると、狭い部屋にところ狭しと敷物が並び、たくさんの人が治療を受けていた。
 ナシュリーさんと一緒に治療のお手伝いをするが、状況はおもわしくない。
 それもそうだ。
 住む家も食べる物も失った人々は魔物の再来の恐怖にまで怯えながら過ごさなければならないのだ。
 私のしている事は気休めにもならない。
 そう思ったら心が潰れそうだった。


「大丈夫ですよ。壊れた家は直せば良い。荒れた畑は耕せば良い。アーワルドが必ず皆さんの力になりますわ!  せっかく助かった命ですもの。大切に、今は傷をしっかり治すことに専念しましょう」

 ナシュリーさんの励ましの言葉に、その場が拍手と歓声で沸いた。泣いてる人もいる。不安と絶望に包まれていた空気が一変したのだ。
 おっとりしたナシュリーさんからは想像が出来なかっただけに驚いた。と、同時にナシュリーさんの人柄の成せる業なのだと感じた。
 さすが、領主の奥様は肝っ玉が座っている。

「えみ!  皆と炊き出しをしましょう!あなたのご飯で皆を元気にして欲しいの」

 私にも、いや私にしか出来ない事があった。心が沸き立つ。

「はい!  それなら私の出番ですね!」


 教会の外へ出た私は、まずワサビちゃんに畑の様子を見てもらうことにした。
 荒らされてしまった畑の中に、少しでも使える作物が残っていないか見てもらう。村の人達が丹精込めて育てた作物だもの。ひとつだって無駄にしたくない。
 建物の入り口付近はちょっとした広場になっていて、今教会にいる人数くらいなら過ごせそうな広さがあった。
 すぐ側に石で出来た釜戸もあり、大鍋を借りて、ひとつはそこで作ることにした。
 普段から村人が集まるような時は、ここで炊き出しをしているようだ。

「えみ。何を作るの?  私も手伝うわ」

 ナシュリーさんが腕捲りをしながらやってくる。
 その後ろを四~五人の女性たちがついてきた。こちらに避難している村の奥様方だ。一緒に手伝うと言ってくれている。

「炊き出しと言えば、豚汁とおむすびです」

 具沢山の塩味の効いたスープと塩むすびを沢山作るという案に、皆賛成してくれたので、早速準備に取りかかる。


 ワサビちゃんが帰って来た。

「ええっ!?」

 沢山の仲間を引き連れて。
 着いたばかりの時は気が付かなかったけど、この村には実に様々な精霊がいたのだ。
 ワサビちゃんは風の属性を持っているが、火、水、土と他の属性を持つ精霊がわらわらと。

「魔の物が押し寄せた理由はこれかも知れんな」

 ソラがボソッと呟いたそれが私の耳に引っ掛かった。


 ワサビちゃん達精霊の働きによって集められた作物は思っていたより沢山あった。
 村の人達の食料でもあるので、許可をもらって根菜を中心に使用させてもらう。
 調味料やお肉はポーチ頼みだ。
 危うく野菜の出汁が染み出たスープを捨てられそうになって、こちらの汁物の作り方が出汁を捨てて作るのだったと思い出した。
 不信な顔をする奥様方をなんとか説得し、ほっと胸を撫で下ろす。
 皆が元気になりますように。
 早く傷が癒えて、笑顔が戻りますように。
 そんな願いを込めて黙々とひたすらに調理に没頭した。


 大鍋で煮込んでいるうちに、慣れてきた子供達がソラを遊具代わりに遊び出す。
 魔物に襲撃されたこともあり、ソラの姿を恐がる子供達が多かったが、私がソラは味方だよと説明すると、恐る恐る近付いてきて触り心地抜群の毛並みに声を上げていた。
 当然です!毎日それはそれは丁寧にブラッシングしてますから!!
 そのうちに背中に乗ったり、尻尾に抱きついたりと始まった。
 最初はホルケウという存在にハラハラしていた大人達も、ソラが全然気にする素振りを見せないので、子供達を叱らなくなった。
 時々鼻がピクピク動いていたから、きっと楽しんではいないなと思ったが、今日だけなので我慢してもらう。


 そのうちにご飯がふっくら炊き上がると、女性陣によって真っ白なおむすびが握られていった。
 鍋に味噌が入り、良い匂いが立ち込めると、次第に村の人達が集まり、偵察に行っていたアーワルドさん達も戻ってくる。

「ナシュリー、えみ、これは……」

 教会前の広場には、豚汁とおむすびを持った人々の笑顔が溢れていたのだ。驚くのも無理はない。

「村の人達に元気を出して欲しくて、えみと皆で作ったのよ。さぁ、あなたもこっちに座って」

 ナシュリーさんが笑顔で迎えると、アーワルドさんは村の人と同じように豚汁とおむすびを受け取った。
 アルクさんとレンくんにも手渡した。
 皆が美味しそうに嬉しそうに私たちが作った料理を楽しんでくれている。
 それだけで心が温かくなった。

「ハインヘルトさんもよかったら」

 端の方でこの様子を眺めていた彼にも持っていくと、僅かに表情を動かした後、受け取ってくれた。

「ありがとうございます」

「お口に合えばいいですが…」

 王宮で生活している人がこういう庶民的なものを口にする機会などないだろう。
 貴族にこれらを薦めるのはひょっとして不敬罪にあたるだろうかと、渡してしまってから考えた。
 が、そんな心配を他所に彼が口を付けてくれた。
 その様子をドキドキしながら見てしまう。
 一瞬表情を動かすと、一口また一口と食べ進めてくれている。

「どうですか?」

 きっと不安そうな顔をしていたと思う。
 ハインヘルトさんは今までで一番表情を緩めて「美味しいです」と言ってくれた。
 良かったぁと安堵の笑みがこぼれた。


「えみ様。精霊達が呼んでいるのです」

「え?」

 ワサビちゃんに呼ばれてソラの元へ行くと、さすが大皿はすでに空だった。

「精霊達が騒いでおる。えみも共に来い」

 いつの間にかソラにまとわりついている精霊達に案内されて、建物の裏手に面した森を少し進んだ。
 突然ぽっかりとそこだけ切り取ったように空間が広がっており、小さな泉が湧いているようだ。
 その泉の前に丸太が置かれ、子供が一人腰掛けていた。
 こちらに背を向けるように座っていて、顔は見えないが、金髪が差し込む陽射しを受けてキラキラと輝いている。
 しかし、驚いたのはそれではなかった。
 その子の周りにはふよふよと沢山の精霊がまとわりつくように飛んでいたのだ。

「せっ、精霊まみれ……」

「!?」

 ハッとこちらを振り向き立ち上がったその子と目があった。
 驚きに開かれた瞳は、宝石かと思うほど綺麗なブルーで、容姿もアルクさんやレンくんに引けを取らない美男子だった。
 少年の方も初めて見る黒髪の女に驚いたのか固まっている。
 私達はお互いに言葉を発せず、しばらくの間見つめ合っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~

あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨! 世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生! 十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。 その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。 彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。 しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。 彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する! 芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕! たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ! 米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...