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第1章

14話―知らぬ間に大変な事になっていました。

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「女神様の使者……ですか?」

 私には何の事かさっぱりわからない。ハンナさんとメアリ、ルファーくんの頭にも『?』が見える。
 レンくんはいつものようにちょっと怖い無表情だ。
 驚いたのはアルクさんの反応だった。見たことのない怖い顔をしていたのだ。その事がますます不安を煽った。
 私って、予期せぬ事故で死んでしまったから、それを不憫に思った女神様がこの世界で生きるチャンスをくれたのではなかったか。
 女神様からお使いを頼まれた記憶は無いのですが……。

「娘から女神の魔力を感じる。女神の恩恵を受けているとみて、まず間違いない」

 女神様の魔力を感じるというのは、ワサビちゃんにも言われた。私が異世界から来たから、そのせいだと思っていたが。

「えみ。何か女神様から預かっているものはない?」

 アルクさんに問われて思い当たるのは……

「こちらの世界へ来る時にこのポーチを貰いました」

 ピンクのポーチをアルクさんへ渡す。
 知らない世界で生きていけるようにと、なかば強引に貰った四○元ポーチだ。それがあるおかげで、私は故郷の味を再現することが出来るのだ。
 アルクさんは興味深げにポーチを観察した後、それを返してくれた。

「娘には莫大な魔力が宿っている。その女神の恩恵を介して自身の魔力を使いこなしているようだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!  私、魔法は使えませんでした」

 実は異世界に来たとき試してみたのだ。だけど、どんなに強く念じても、それっぽい呪文を言ってみても、火の玉やビームはおろか、水一滴すら出なかった。それによって才能が無かったと諦めたのだ。

「何も目に見えるものだけが魔法ではない。おぬしの中で練られた魔力は、女神の恩恵を媒介にして料理となり、皆に力を与えているのだ」

「言われてみたら、確かにえみの料理を食べるようになってから体の調子がいいみたい」

 ハンナさんの言葉にメアリとルファーくんも頷いた。

「領主の息子とこの小僧は覚醒しつつある。その証拠に、先程我の魔力を諸に受けても正気でいられたであろう。普通の人間ならば気絶するか最悪死んでおった」

 アルクさんもレンくんも絶句している。
 ホルケウさんはそれほどの魔力を放っていたのだ。メアリが無事だったのは、その時すでに気絶していてホルケウさんの魔力を正面から受けなかったからだそうだ。

「この娘には、人の中に眠る力を引き出したり、強化したりする魔力がある。今食べたこれにも含まれているな。おかげで我の魔力も回復した」

「じゃぁワサビとえみが契約出来たのは……」

「うむ。娘の作る料理に含まれた魔力、我らは魔素と呼ぶが、この魔素がワサビに与えられた為であろう」

「でも、儀式は?  『魔力の交換』が必要なんじゃないのか?」

 レンくんの発言で、皆の視線が一斉に突き刺さる。

「ええ?  やぁ……そんなのしたっけ?」

「しましたよ」

 しどろもどろの私を他所に、ワサビちゃんがきっぱりと言い切った。

「へ?  いつ?」

「魔素を貰ったときに。ワサビの魔素をお返ししました!」

「ええ?  いつの間に……」

 その時の事を思い返してみる。
 あの時は、ワサビちゃんにマフィンをあげて、それを一瞬で食べちゃってて、物凄くビックリして……
 その後名前をつけた。んで、よろしくねって言って、右手にチュッと――

「それです」

「え?  あれが!?」

 あの、チュッが儀式だったらしい。
 自然な流れすぎて気にも止めていなかった。

「では、やはり『契約』はきちんと成立していたということだな」

 なんだか話が壮大すぎてついていけない。

「…それで、女神様は結局私に何をさせるおつもりなんでしょう?  具体的に何かをしなさいと言われた記憶は無いのですが……」

 再び沈黙に包まれた。
 その答えを知っているのは、今ここにはホルケウさんだけだ。

「そこまでは知らん」

 キッパリと言われてもう少しでコケるところだった。私のいた世界のお約束など、ここにいる皆は知らないというのに。

「ただ、一つ気になるのは、おぬしの前にこの世界に異世界人が現れたのは、千年程前だったな」

 アルクさんがハッとしたようにホルケウさんを見た。何か心当たりがあるのだろうか。
 それにしても千年も前に私のような異世界人が来ていたとは驚きだ。その人も地球からやってきたのだろうか。
 そして、そんな昔の話を知っているなんて、ホルケウさんは一体いくつなのか。
 今は聞ける雰囲気じゃないから、また今度、機会があれば。


「ところで娘。おぬしは他にどんな料理が出来るのだ」

 突然話題が変わり、皆がポカンとしている。

「えっと、色々出来ますよ。まだこっちに来て作ったことがないものも沢山ありますし、料理は好きで得意な方ですから」

「うむ。ではおぬしの作る料理を条件に、我がぬしと契約してやろう」

「へ?」

 一瞬の沈黙の後、言葉の意味を理解した全員の口から驚きの絶叫が発せられた。

「私がホルケウさんと契約するの?」

「なんだ。不満か」

 たちまち不機嫌オーラが放たれた。危険を感じて慌てて訂正する。

「そうじゃなくて、ホルケウさんは聖獣ですよね?   人間の、しかもこんな小娘なんかと契約してしまっていいんですか!?」

「構わぬ。ぬしの寿命など百年にも満たぬであろう。たかが百年など、我にはほんの一瞬に過ぎぬ」

 それにと黄金の瞳がじっと私へ向けられる。

「ぬしの魔素が我を癒した。理由など、それで充分だ」

 ワサビちゃんが耳元で囁く。

「えみ様のご飯が相当気に入ったみたいですね」

 そうなの?  ご飯に釣られて契約するって事?
 それって、なんだか狼っていうより……

「領主の息子よ。この先我の力が必要になる。おぬしも常にえみの側にはいられまい。その時に我が娘の側に居れば心強いであろう」

 アルクさんは驚いた顔を引き締めて私へ視線を向けた。

「えみ。ホルケウ殿の言うとおりだ。そうさせて貰うといい」

 なんか外堀埋められた感がハンパないのですが。何となく釈然としなかったが、ネリージャのような怖い思いは確かにしたくない。

「はい。アルクさんがそう言うなら」

「では、『えみ』。我の正面へ来るが良い」

 言われるがまま、私はホルケウさんの前に立つ。
 皆は少し離れた場所から、私とホルケウさんを見守っている。人と聖獣の契約の瞬間など、滅多に見れるものではない。
 期待と不安に複雑な表情を浮かべているようだ。

「我に名を与えよ」

「ホルケウさんはホルケウさんでしょう?」

 そう言うと、あからさまに溜め息をつかれた。

「それは我の名ではない。名称だ。人間共がそう呼んでいるだけのこと」

「そうなんだ」

「我に名は無い。だから主人となるおぬしが与えるのだ。主人から与えられる名で呼ぶことで、二者間に『縛り』が生まれる。そして、魔素を交換することでその縛りに魔力が加わり、互いの体にそれぞれの名が刻まれる。それが『契約』だ。わかったらさっさとするが良い」

 そう言われて考えるが、一つしか浮かばない。

「じゃぁ、ソラ。ソラはどうですか?」

「何とも頼りない名だな」

「でも私が大好きな名前です!」

 昔、おばあちゃんの家で飼っていた犬の名前だったが、決して言わない。真っ白で小型だったが、人懐っこくてとても可愛い大好きな犬だった。
 もう年で死んでしまったが。
 だが、そのことは言わない。言ったら怒りそうだもの。
 ホルケウさんがもはやご飯に釣られたワンコにしか見えないなどとは口が裂けても言わない。

「ふむ。仕方がない。それで良い」

「じゃぁ、これからよろしくね。ソラ」

「うむ。右手を出せ。手のひらを我に向けよ」

 言われた通りに右手を差し出す。
 私とソラを囲むように、緩やかな風が渦を巻いて立ち上がる。

「我、『ソラ』は、汝『えみ』と従魔契約を締結する」

 ソラが鼻先を手のひらへくっつけた。
 その瞬間、微風が一気に暴風へと変わり二人を包んで吹き上がった。


 こうして私は精霊のワサビちゃんに続き、聖獣のホルケウさんの『契約者』となった。
 レンくんが「聖獣との契約こそ正式な手順を踏んだ方が良かったのでは?」と言っていたが、後の祭りだった。

 ふた騒動あったが、ピクニックを堪能してお屋敷へと帰ることになった。
 荷物を手分けして歩き出す。


「領主の息子よ」

 ホルケウ、もといソラがアルクを呼び止める。他の者たちはすでに少し前を歩いている。

「えみがおぬしや小僧の元へ来たのは偶然ではない」

「え?」

 ソラの言葉に何故だか不穏なものを感じた。

「それはどういう――」

「全て女神の目論見通りと言うことだ。この先起こる事に、ぬしも小僧も無関係ではない。心しておくが良い」

 ソラはそれだけ言うと、えみの側へと行ってしまった。
 アルクはしばしその場から動けなかった。これは『女神の啓示』なのか。
 何が起ころうとしているのか。
 一つだけ心当たりがあったが、何も確信が無いだけに、アルクの中には大きな不安しかないのだった。
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