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第1章

12話―ピクニックにはハプニングがつきものですか?

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「うわぁ!!  キレイ――」

 午後、よく晴れた空の下、私たちは小高い丘の上に来ていた。下を見渡すと、青々と続く森の先に湖面がキラキラと光を反射している。
 私の肩にはワサビちゃんが、隣にはメアリとハンナさんが立ち、一緒になって歓声を上げていた。
 大きな樹の下には、アルクさん、レンくん、ルファーくんがいる。
 ライルさんとホーンさんはお留守番だ。
 外に出るということもあって、格好はラフなものだが、アルクさんとレンくんが帯刀しているのが新鮮だった。
 制服でないのが残念だが、騎士姿が本当に素敵で、一人静かに悶えるのだった。


 ひとしきり景色を楽しむとお腹が空いた。
 私にはやっぱり花より団子らしい。
 木陰に敷物を広げ、早速お弁当箱を開けた。
 四段式のお重の箱に、おにぎり、サンドイッチ、卵焼き、から揚げ、ミートボール、皮を剥いてカットしたフルーツ等がぎゅうぎゅうに敷き詰められている。


 私がアルクさんの書斎に呼ばれていった後、ほぼ出来上がっていた中身を、ハンナさんとメアリが重箱に詰めておいてくれたのだ。
 皆は私が精霊の契約者であることに驚きはしたものの、王宮に連れて行かれないか、教会へ送られてしまわないか、心配してくれていたのだった。
 今まで通りに過ごせることを伝えると恐縮するほど喜んでくれた。
 この世界で出会う人達の人柄に恵まれているなとありがたく思うのと同時に、心がほっこりした。


「どれも見たことがないものばかりだな。色合いもとても綺麗だ」

 アルクさんが驚きの声を上げている。
 ひとつの器から皆で取り合うスタイルも初めてだったらしい。
 簡単に説明しながら取り分けると、興味深そうに聞きながら、美味しそうに食べてくれた。
 ベーコンのサンドイッチはやっぱり人気だった。驚いたのは、意外にも梅干しのおにぎりが好評だったことだ。
 私の期待通り、ハンナさんの握り具合は絶妙で、塩加減もバッチリだった。
 梅干しを食べたルファーくんが酸っぱい顔だったのが、どこの世界でも一緒なんだなぁと笑ってしまった。
 ワサビちゃんもお弁当を気に入ったくれたみたいで、はち切れそうなお腹を見ると心配になったほどだ。


 一通り食べ終わると、一度片付けをして森の中へ木の実を採りに行くことにした。後からお茶にするため、ハンナさんとルファーくんに残ってもらい、残りのメンバーで森の奥へと進んだ。
 しばらく歩くと、木の実が沢山なっている場所へと辿り着いた。

「うわぁ…すごい。こんなに沢山!」

 種類もいくつかありそうだ。早速背の低い木から採取していく。持ってきた手提げのかごへと次々摘んでいった。

「これはルコの実です。乾燥させると薬になります。こっちはタプの実です。果実も美味しいですが、種も食べられますよ」

 さすが自然と共に生きている精霊。
 ワサビちゃんは知識が豊富で、何もわからない私に有り難いアドバイスを沢山くれた。
 こちらの世界の食材に関する知識は、ワサビちゃんに聞いて勉強しようかな。


 そろそろかごもいっぱいになってきた。
 やっぱりもっと大きなものにすれば良かったと思いながら、登っていた樹を降りようと、近くの枝を掴んだ時だった。
 固いはずの枝が掴んだ途端にグニャリと形を変えたのだ。
 嫌な予感がしたのと、ワサビちゃんが叫ぶのとが同時だった。
 枝だと思ったそれは魔物のしっぽだったのだ。
 長い体がゆっくり動いて持ち上がり、暗い光を宿した六つの小さな目が私を捕らえていた。

「ネリージャ!!」

「何で、こんなところに!?」

 その魔物はネリージャと呼ばれ、蛇のように細くて長い体をしていた。
 体の割りに頭が小さく、目が左右に三つずつ計六つ付いている。大きく裂けるように開いた口からは、鋭い牙が覗いている。

「えみ様、逃げて!!」

 そう叫び、ワサビちゃんが私の前へ飛び出した。小さな風の玉を作ると、それをネリージャへ放つ。鼻先に当たったが、効果は見られなかった。
 結構な威力あったのに!?  皮膚が硬いの…!?

「ワサビちゃん!!」

 私は咄嗟にワサビちゃんを捕まえると髪の中へ隠した。
 ネリージャがゆらゆらと私へ狙いを定めている。
 逃げなきゃ
 そう思うのに、体が震えて動けない。


「えみ!!」

 下から声がしてそちらを向くと、焦りの表情で両手を広げたレンくんの姿があった。

「飛べ!!」

 叫ぶのと、横から私にだけ強い風が吹いたのが同時だった。
 体が勝手に落ちていき、受け止めてくれたレンくんと一緒に地面を転がった。
 私が起き上がった時、すでにレンくんは抜刀し臨戦体勢だ。
 視線を向けると、先程までいた枝にネリージャの牙が深々と突き刺さっていた。
 後少し遅かったら、私の体があの枝のように大穴が空いていたことだろう。
 顔から血の気が引き、背筋が凍った。
 ネリージャはバキバキと凄まじい音と力で、枝をへし折りながら強引に牙を引き抜き、今度はレンくんへと狙いを定めた。
 お互いに視線を外さないまま、にらみ合う。
 大きな巨体をくねらせながら、ゆらゆらと樹から降りてきた。

「レンくん!」

「下がれ!  ゆっくりだ」

 低く声を発しながら少しずつ後退りしていく。
 どうしよう……このままじゃレンくんが危ない!
 そう思うのに何も出来ない。
 恐怖で体が動かなかった。
 レンくんはネリージャの狙いを私から自分へと向くよう誘導していく。
 にらみ合いながら、私から距離をとってくれている。
 樹から降りてきたネリージャは、体調が五メートル以上はあろうかという大蛇だった。鎌首をもたげ、恐ろしい光を宿した瞳の全てがレンくんを獲物として捉えていることだろう。
 今にも襲い掛かって来そうで心臓がバクバク鳴っている。

 お願い誰か!  レンくんを助けて!!

 手を組んで願ったその時、ネリージャの牙がレンくんへと襲い掛かった。
 巨体からは信じられない程の俊敏さで、頭が飛んでくる。
 レンくんも素早く横へ飛び、ギリギリで牙をかわした。
 そのままの勢いで牙が地面へと突き刺さった。が、樹よりも柔らかい土からはすんなり牙が抜ける。
 レンくんが体勢を整えるのと、ほぼ同じくしてネリージャも素早く攻撃体勢に入った。
 今度は両者にためは無かった。
 体勢を整えるのと同時に相手へ肉薄する。
 一瞬速かったのはレンくんだった。
 凄まじい勢いで再度飛んでくる魔物の頭を上へ飛んで交わし、僅かに動きが止まったところへ回転を加えた斬撃を打ち込んだ。
 断末魔の咆哮と共に頭と胴体が切り離される。胴体がしばらくバタバタと暴れ、やがて動かなくなった。
 レンくんは肩で息をしながらその様子を見ていた。
 動かなくなったのを見届けて、私の方へと走って来る。

「大丈夫か!?  怪我は?」

 座り込んでいた私の視界に、心配そうなレンくんの顔が入り込む。
 途端に涙がこぼれた。
 恐怖と、レンくんが襲われた恐ろしさと、安堵とで訳がわからなくなってしまった。

「もう大丈夫だ」

 そんな優しい声をかけられて、無意識に彼へ抱きついていた。

「無事で良かった…」

 レンくんの手が優しく頭をポンポンしてくれる。
 そんな事されたら余計に涙が止まらない。

 私の頭から顔を出したワサビちゃんと、後ろからのアルクさんの叫び声が重なる。

「えみ様!!」
「レン!!  まだだ!!」

 レンくんの肩越しにネリージャと目が合った。不気味な六つの目が、ほの暗い光を宿しながら間違いなくこちらへ向けられていた。

「!!」

 背中に再び悪寒が走った時には、目の前に胴体を失ったはずのネリージャの首が迫っていた。
 メアリの叫び声が響き渡り、レンくんの腕がぎゅっと私を締め付ける。私も彼にしがみついてきつく目を閉じた。


 ネリージャの牙がえみとレンに届く寸前、突如頭をめがけて白い塊が落ちてきた。
 予想外の事に、アルクは固まる。
 正直、もう駄目だと思った。ふたりの命が断たれたと。
 が、そうでは無かった。
 寸前でネリージャの頭は踏み潰され、完全に沈黙した。
 ネリージャの脅威は去ったが、恐怖が去った訳では無かった。それどころか、比べものにならない程の魔力を伴うプレッシャーが、自分たちへ向けられていたのだ。
 落ちてきた白い塊は、巨大な狼だった。
 体長は、ネリージャにも引けを取らないものだ。
 真っ白な体が光をキラキラと反射しながら、美しく輝いている。凄まじい魔力をぶつけてくる雄々しい獣に、アルクは心当たりがあった。
 まさかという思いと、有りうるという、相反する思いがアルクの中で交錯していた。

 その巨大な狼は、黄金に光る瞳で、目の前で縮こまっているえみをじっと見つめていた。
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