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第二章 ルーファスの婚約者編
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思いの外ルーファスは元気そうだった。頭に包帯は巻いてはいるものの、きちんと服を着て寝台の端に腰を掛けていた。
「姉上遠い所来てくれてありがとう」
そう言いながらソファーセットの方まで歩いて出迎えてくれた。そしてルーシーの後ろに居るわたしへ視線を向けると何とも言えない神妙な表情を見せた。
「君がモデリーン?」
「……はい」
これだけの受け答えだけでもルーファスの中からわたしの記憶が消えてしまっている事が窺えて胸が苦しくなった。
「えっと……少しだけモデリーンは入るの待っててくれる? 姉上と先に話したい事があるから」
「あ、はい」
ルーシーが心配そうな顔をしたがわたしは笑顔で二人を見送って部屋の扉を閉めた。マーガレットと二人廊下に取り残された形となり、暫く互いに黙ったまま廊下に佇んでいたが沈黙がいたたまれなくなったのかマーガレットから声を掛けられた。
「本当にモデリーン様の事お忘れなんですね……」
その言葉に思わず悔しさで顔を上げたが本当の事なのだからどうしようもない。
「ルーファスは優しいから記憶が無くてもモデリーン様の事を婚約者として扱って下さると思います」
「…………」
「でも、私なら……互いに分かり合えてる仲だから、きっとルーファスの支えになれると思うんです。側妃としてで良いんです、どうかルーファスの傍に居る事を許して頂けませんか」
自分の方がルーファスと想いが通じ合っているとでも言いたいのだろうか。控え目に側妃で良いと言いながら、ルーファスの一番は自分だと言っている様なものだ。以前のわたしならそんな言い分、突っぱねる事が出来ただろう。ルーファスの想いを知っていたから。
けど今はルーファスの想いは何処にもない。同じスタート地点に立っていたとしても幼馴染であるマーガレットの方が有利に違いない。
「モデリーン様なら分かりますよね? お慕いしている方の傍に居たいと思う気持ち……」
「それは……」
何と答えて良いのか分からないまま口を開きかけた時、扉が開いてルーファスが顔を出した。
「待たせてごめん、モデリーン。どうぞ入って」
入れ違いに出て来たルーシーが「ルーファスが二人きりで話したいって」と肩を叩いてわたしを部屋の中へと押し込んだ。わたしは不安を抱えたままルーファスの向かい側のソファーへと腰を下ろす。
「……姉上からこれまでの事情は聞いた。実は僕が混乱していたのは君の事もそうだけど、その、なんで僕がまだ学生なのかとか、よく分かっていないなかったんだ。事故の後に目が覚めたら自分が幼くなっててまずそれに驚いたし、一番驚いたのは亡くなった筈のモデリーンが……こうして、生きている事で……」
「えっ……」
「君の名前も存在も認知はしているんだ。ただそれは兄上の婚約者としての君で。兄上に酷い扱いされていた事も、その後亡くなった事も覚えてはいる。僕にとって大切な友人で、それ以上にもっと大事な存在だという事も分かっているんだ。ただ、何故か君の顔とか姿とかが記憶の中では靄がかかっていて……」
ルーファスの話には息を呑むしか出来なかった。そして相当混乱していたことだろうと思った。それなのにこうして、わたしと向き合おうとしてくれている優しさに感謝しかない。
「少しだけ……良いかな?」
ルーファスが恐る恐るわたしの方へ手を伸ばして来たので、その手にわたしも自分の手をそっと乗せる。目を見開いて、泣きそうな表情を浮かべたルーファスはわたしの指先をきゅっと強く握り返した。
「……っ、ちょっと、ごめん。君が生きていてくれてる事が嬉しくて」
我慢しきれなくなったのかくぐもった呻き声を一つ漏らしてルーファスは涙で瞳を潤ませた。
「生きてくれてて……良かった……」
「ルーファス達のお陰です……こちらこそ、ありがとう」
互いに泣きながら笑みを交わして、わたし達は涙を拭った。少し目が赤くなったルーファスがわたしの事を真っ直ぐに見つめて来る。
「こんな事になって本当にごめん。必ず君の事を思い出してみせるから、待っていて欲しい。それ迄は君との事もスタートし直しになってしまうけど……大切にすると約束する」
「…………はい」
返事を返してはみたものの、胸の奥がキュッと痛むのが分かった。
――“ルーファスは優しいから記憶が無くてもモデリーン様の事を婚約者として扱って下さると思います”
まさしく先程マーガレットから言われた通りだ。ルーファスは優しい。例え初対面の相手が婚約者となったとしても大切に扱い、想いを寄せようと努力をしてくれるだろう。それが作られた想いだとしても精一杯の愛の証だ。
(例え最悪思い出せなくても、それでいいじゃない。今度こそ愛する人の傍に居られて、どんな形であれ愛を与えようとしてくれるのだから……)
ルークとの事を思えば十分幸せな筈だ。ここでルーファスとサヨナラして他の貴族の元へ嫁いだとしても、愛し愛される関係になるとは限らない。愛そうとしてくれるのが分かっているだけいいじゃないか。
(それに思い出してくれるかもしれないし、くよくよ考えてたらダメよ)
「モデリーン……?」
「大丈夫です、ルーファスの事信じて待ってます」
不安げにわたしの名前を呼ぶルーファスへとわたしは笑顔を見せる。
「……その表情、知ってる」
「え……」
ルーファスが慌ててわたしの方へと近づいて来て、隣に座りそっと両手を握られた。驚いてルーファスを見ると悲しそうな表情で見つめ返された。
「無理してるよね? そうやって頑張って笑顔を見せる時は、いつも我慢している時だ。不安に決まってるよね、肝心の僕がこんな状態なんだ。本当に申し訳ない」
「ルーファス……」
「自分が情けないよ、一番大切な君を不安にさせるしか今は出来ないなんて」
「そんな事……ルーファスだって記憶が不安定なのだから辛いじゃない。わたしで良いなら出来る限りルーファスの支えになるから、だから一緒に頑張りましょう?」
「モデリーン……ありがとう……」
マーガレットの事がどうなるのかは今は分からない。王弟からの願いとあれば国王陛下も聞き入れる可能性もある。側妃を娶るかどうかは当人が最終決断をするとは聞いてはいるけど……記憶が戻らないままなら受け入れるかもしれない。そんな不安を抱えたままその日はスペーサー邸で夜を迎えた。
「姉上遠い所来てくれてありがとう」
そう言いながらソファーセットの方まで歩いて出迎えてくれた。そしてルーシーの後ろに居るわたしへ視線を向けると何とも言えない神妙な表情を見せた。
「君がモデリーン?」
「……はい」
これだけの受け答えだけでもルーファスの中からわたしの記憶が消えてしまっている事が窺えて胸が苦しくなった。
「えっと……少しだけモデリーンは入るの待っててくれる? 姉上と先に話したい事があるから」
「あ、はい」
ルーシーが心配そうな顔をしたがわたしは笑顔で二人を見送って部屋の扉を閉めた。マーガレットと二人廊下に取り残された形となり、暫く互いに黙ったまま廊下に佇んでいたが沈黙がいたたまれなくなったのかマーガレットから声を掛けられた。
「本当にモデリーン様の事お忘れなんですね……」
その言葉に思わず悔しさで顔を上げたが本当の事なのだからどうしようもない。
「ルーファスは優しいから記憶が無くてもモデリーン様の事を婚約者として扱って下さると思います」
「…………」
「でも、私なら……互いに分かり合えてる仲だから、きっとルーファスの支えになれると思うんです。側妃としてで良いんです、どうかルーファスの傍に居る事を許して頂けませんか」
自分の方がルーファスと想いが通じ合っているとでも言いたいのだろうか。控え目に側妃で良いと言いながら、ルーファスの一番は自分だと言っている様なものだ。以前のわたしならそんな言い分、突っぱねる事が出来ただろう。ルーファスの想いを知っていたから。
けど今はルーファスの想いは何処にもない。同じスタート地点に立っていたとしても幼馴染であるマーガレットの方が有利に違いない。
「モデリーン様なら分かりますよね? お慕いしている方の傍に居たいと思う気持ち……」
「それは……」
何と答えて良いのか分からないまま口を開きかけた時、扉が開いてルーファスが顔を出した。
「待たせてごめん、モデリーン。どうぞ入って」
入れ違いに出て来たルーシーが「ルーファスが二人きりで話したいって」と肩を叩いてわたしを部屋の中へと押し込んだ。わたしは不安を抱えたままルーファスの向かい側のソファーへと腰を下ろす。
「……姉上からこれまでの事情は聞いた。実は僕が混乱していたのは君の事もそうだけど、その、なんで僕がまだ学生なのかとか、よく分かっていないなかったんだ。事故の後に目が覚めたら自分が幼くなっててまずそれに驚いたし、一番驚いたのは亡くなった筈のモデリーンが……こうして、生きている事で……」
「えっ……」
「君の名前も存在も認知はしているんだ。ただそれは兄上の婚約者としての君で。兄上に酷い扱いされていた事も、その後亡くなった事も覚えてはいる。僕にとって大切な友人で、それ以上にもっと大事な存在だという事も分かっているんだ。ただ、何故か君の顔とか姿とかが記憶の中では靄がかかっていて……」
ルーファスの話には息を呑むしか出来なかった。そして相当混乱していたことだろうと思った。それなのにこうして、わたしと向き合おうとしてくれている優しさに感謝しかない。
「少しだけ……良いかな?」
ルーファスが恐る恐るわたしの方へ手を伸ばして来たので、その手にわたしも自分の手をそっと乗せる。目を見開いて、泣きそうな表情を浮かべたルーファスはわたしの指先をきゅっと強く握り返した。
「……っ、ちょっと、ごめん。君が生きていてくれてる事が嬉しくて」
我慢しきれなくなったのかくぐもった呻き声を一つ漏らしてルーファスは涙で瞳を潤ませた。
「生きてくれてて……良かった……」
「ルーファス達のお陰です……こちらこそ、ありがとう」
互いに泣きながら笑みを交わして、わたし達は涙を拭った。少し目が赤くなったルーファスがわたしの事を真っ直ぐに見つめて来る。
「こんな事になって本当にごめん。必ず君の事を思い出してみせるから、待っていて欲しい。それ迄は君との事もスタートし直しになってしまうけど……大切にすると約束する」
「…………はい」
返事を返してはみたものの、胸の奥がキュッと痛むのが分かった。
――“ルーファスは優しいから記憶が無くてもモデリーン様の事を婚約者として扱って下さると思います”
まさしく先程マーガレットから言われた通りだ。ルーファスは優しい。例え初対面の相手が婚約者となったとしても大切に扱い、想いを寄せようと努力をしてくれるだろう。それが作られた想いだとしても精一杯の愛の証だ。
(例え最悪思い出せなくても、それでいいじゃない。今度こそ愛する人の傍に居られて、どんな形であれ愛を与えようとしてくれるのだから……)
ルークとの事を思えば十分幸せな筈だ。ここでルーファスとサヨナラして他の貴族の元へ嫁いだとしても、愛し愛される関係になるとは限らない。愛そうとしてくれるのが分かっているだけいいじゃないか。
(それに思い出してくれるかもしれないし、くよくよ考えてたらダメよ)
「モデリーン……?」
「大丈夫です、ルーファスの事信じて待ってます」
不安げにわたしの名前を呼ぶルーファスへとわたしは笑顔を見せる。
「……その表情、知ってる」
「え……」
ルーファスが慌ててわたしの方へと近づいて来て、隣に座りそっと両手を握られた。驚いてルーファスを見ると悲しそうな表情で見つめ返された。
「無理してるよね? そうやって頑張って笑顔を見せる時は、いつも我慢している時だ。不安に決まってるよね、肝心の僕がこんな状態なんだ。本当に申し訳ない」
「ルーファス……」
「自分が情けないよ、一番大切な君を不安にさせるしか今は出来ないなんて」
「そんな事……ルーファスだって記憶が不安定なのだから辛いじゃない。わたしで良いなら出来る限りルーファスの支えになるから、だから一緒に頑張りましょう?」
「モデリーン……ありがとう……」
マーガレットの事がどうなるのかは今は分からない。王弟からの願いとあれば国王陛下も聞き入れる可能性もある。側妃を娶るかどうかは当人が最終決断をするとは聞いてはいるけど……記憶が戻らないままなら受け入れるかもしれない。そんな不安を抱えたままその日はスペーサー邸で夜を迎えた。
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