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第二章 ルーファスの婚約者編

ルーファスとヒューイ

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「きゃーっ♡ ルーファス殿下よ~」
「ご婚約されたけど、やっぱり素敵だわ」
「ああ、一度で良いからダンスをご一緒したいわ」

 校庭に面した渡り廊下に黄色い声が飛び交う。次は剣技の授業なのか、二学年の男子生徒達が練習用の剣を片手に校庭へと集まっていた。同級生の中でも割と背の高いルーファスは友人と共に軽く素振りをしている。それだけでも剣技が得意と分かる動きに女子生徒達は色めきだってルーファスへと視線を注いでいる様だ。

「……改めて考えてみると、ルーファス殿下って女子人気高かったのね」

 丁度わたしもルーシーやクラスメイトと一緒に通り掛かったので渡り廊下からルーファス殿下の姿を見る事となった。

「今更何を仰ってるんですか、モデリーン様」
「そうですよモデリーン様、ルーク殿下もルーファス殿下もわたくし達からしたら高嶺の花! 憧れの的ですよ」
「そういうものなんですの?」

 侯爵家令嬢のアマンダと伯爵家令嬢スージーの力説に内心少したじろぎながらルーシーへ助けを求める。

「モデリーンはちょっとこういう事に鈍い面があるからねぇ。世間的にはアマンダ達の認識が正解よ。我が弟ながら立派な男に成長したと思うわ」

 少し自慢げにルーシーが胸を張りながら、アマンダ達の意見を肯定した。王子だし人気があって当然といえばそうよね。あまりにも身近に居たから深く考えた事なかったわ。

「そうなんですのね……」

 友人達の方から再びルーファスへと視線を戻した時「あっ」という声を発したルーファスと目があったと思ったら、慌ててこちらへと駆けて来た。その行動にも黄色い声が上がる。

「教室移動? 姉上達から離れてはダメだからね、モデリーン」

 モニラの件があるので一人にならない様にと学園にも色々と配慮して頂き、隣のクラスだったルーシーが同じクラスへ編入して来た。そして移動時はルーシーやアマンダ達と共に動く事になっている。他にも学園内には通常時に比べて警備の数を増やしたりしていた。

「はい、そうしてます。……殿下は剣技なんですね、お怪我されない様にして下さいね」

 妙に注目を浴びながらルーファスと会話を交わす事になった為、少々緊張してしまう。

「うん、ありがとう。今日の帰りは一緒に帰れるから教室まで迎えに行くよ」
「いつもありがとう御座います」
「じゃあ、また後でね」

 わたしの頭を軽くポンポンした後、ルーファスは手を振りながら友人達の元へと戻って行く。勿論、ポンポン時にも黄色い声が湧き上がっていて、恥ずかしさで顔が熱くなる。

「私にはルーファスがワンコに見えるわ……」
「え……」
「モデリーン見つけて嬉しそうにシッポ振りながら駆けて来るワンコ! ねえ、そう見えるでしょ?」

 ルーシーの言葉にわたし達は思わず吹き出してしまった。言われてみるとそう見えなくもないので、困ってしまう。

「やめてよっ、殿下見たらその言葉思い出して笑っちゃいそうじゃない」
「ルーシー様のせいで、もうそうとしか見えなくなっちゃいますよ~」
「ルーシー様、最高っ」

 そんなくだらない事を話しながらわたし達は移動先の教室へと足を向けた。最近はアマンダとスージーとも昔の様に雑談を楽しむ事が出来る様になって、このまま昔の様な友人関係に戻れたらな……とも考えたりしていた。

◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

 剣技の授業も終盤へと差し掛かって来た頃。

 ルーファスは校庭の木の元で水分補給を兼ねて休憩を取っていた。太い木の幹へと背もたれて汗を拭き取っていると、不意にある気配を背後に感じた。その気配にはルーファスの他には誰も気づいていない様だ。

「……ヒューイか」
「せーかい♪」

 背後を振り返る事無く正面を見たまま会話を交わす。

「あんたの予想通り、モニラ来たぜ」
「そうか……それで?」
「依頼されたけど断った。多分、手段が無くなって困ってるだろうな」
「ヒューイ、分かっているだろうが……」
「大丈夫だって。俺はあんたを裏切らねー。恩人だしな」

 ヒューイ・バガナンスはこの国でも手練れの暗殺者だ。貧困街で生まれ育ったヒューイにはシングルマザーである優しい母親がおり、下には病弱な妹も抱えていた。その母親がヒューイの幼い頃に流行り病で他界し、他に身寄りの居ないヒューイ達兄妹は貧しいながらも支え合ってこれまで生きて来た。

 そんなヒューイが病弱な妹の治療代を稼ぐには世間はとても冷たかった。最初は金品の盗みから始まり、それだけでは到底足らずにいつの間にか暗殺稼業を本職とする様になっていた。そんなヒューイは自分の背負っているものを見せる事をしない為か、世間では楽しんで暗殺稼業をしていると思われている。

 ヒューイがルーファスと出会ったのはまだ幼い頃だった。暗殺稼業を始めてまだ間もない頃だったか……ルーファスは突然ヒューイの前へと姿を見せた。妹が母親と同じ流行り病にかかり絶望の淵に居たヒューイの元へ魔法を使って姿を現したルーファスは、驚くヒューイに向かって「僕なら魔法で治療がする事が出来る、どうする?」と告げた。

 藁にも縋る思いでいたヒューイは治療を懇願した。妹が助かるのなら何でもする! と約束を交わした。

 ルーファスは本当に妹の治療を成功させ更には病弱だった妹が見違える程元気になって行き、一年後には普通に働く事の出来る程の体力まで付いた。病気の治療自体は魔法の力ではあったが、毎日栄養たっぷりな食事が二人でも食べきれない程届けられたお陰だった。

 ルーファスが王子だと知ったのはそれから随分と経った頃だったが、ルーファスが望む通りにヒューイはルーファスの手駒になる事を約束した。毎月の報酬も十分与えられ、妹の命を助けてくれただけじゃなく、二人が普通に市井の街で暮らせる様にと家も用意してくれたのだ。飢えや寒さに震える事もなく安心して暮らせるのも夢の様な話だった。

 妹も今では街で人気の花屋の看板娘として働いている。ヒューイ自身は表向きは八百屋で働いているが、裏で暗殺稼業は続けている。だがこれもあと数年で廃業する予定だ。暗殺稼業を続けているのはルーファスからの頼みで、ある時期を過ぎるまでは続けてくれという事だった。同時に王家に関する様な依頼があった場合も知らせる事となっている。

 ここまでルーファスの頼みを聞くのも全部、ルーファスへの心からの感謝と恩義の為だ。ヒューイは心底ルーファスへ忠誠を誓っていた。

「また何か変な動きや噂を聞いたら知らせるよ」
「あぁ、頼む」
「……なぁ、あの婚約者さんが昔から言ってた命より大事な想い人なんだろ?」
「そうだ」
「……良かったな、想いが届いて」

 暫し沈黙が流れる。

「……あぁ。けどまだ終わりじゃない、守りきらなければ意味がない」
「そうだな。……じゃ、また来るよ」

 その一言とほぼ同時にヒューイの気配は消えた。流石は手練れの暗殺者だ。敵に回していたら今回もモデリーンを守る事は出来なかっただろう。今回のルーファスとルーシーの動きは早かった。モデリーンの死の原因はどれも何処か不可解だった為、調査を重ねた結果ヒューイの名が挙がって来たのだ。モニラとの繋がりもある様で、今回は先手を打って早々にヒューイをこちら側へと引き込んでいた。

 本当は母親も助けてやりたかったが、その当時のルーファスはまだ三歳。自由に動かせる金も手駒もなく、とてもじゃないが無理だった。仕方がない。

 ヒューイはまだ暗殺者の中では若いが、その能力や持って生まれた才能でこの国の中でもトップに入る程の実力者だ。暗殺者仲間内でも彼に逆らう者は勿論、敵う相手もほぼ居ない。そんな彼をこちら側に付けれた事は大きい。

「さて、モニラ嬢……どう出てくる?」
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