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第一章

マーカイルとの茶会

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「真面目に治療してきたらしいな」

 今日はロナルド伯爵家の邸に訪問している。アレだ、婚約者同士が互いに行き来する交流の場ってやつだ。庭の東屋でマーカイルと向かい合って座り、お茶を頂いている。

「当たり前じゃない、怪我人が沢山運ばれてくるのよ⁉」
「今までのお前たちは適当にやるか、最後に運ばれて来た重傷者だけを治療する事が多かったのだ。だからお前みたいに全力を尽くしたのは初めてだ」
「そ、そうなの……?」

 なんか随分と不真面目なヒロインばかりだったのね。逆ハーレムの事しか頭になかったのかしら、信じられない。あたしは運ばれてくる騎士さま達をただ必死に治癒するだけで精一杯だった。治癒する相手を選り好みするという発想も、手を抜くだなんて考えも思いもしなかったわ。

「歴代のヒロインの考えが理解できないわ……」
「理解する必要もないだろう。お前はお前らしく、思った通りに行動すれば良い」

 マーカイルの言葉に目をしばたかせて彼の顔を見ていたら、視線の合った黄金色の瞳が優し気に細められた。うっ……い、色気が漏れて来てますよ、マーカイル。

「な、なんか、貴方の雰囲気が最近変わった気がするんだけど……」
「そうか?」

 マーカイルはクスリと笑いながら紅茶のカップに口を付ける。そんな何気ない動作さえも、あたしはドキドキしながら見てしまう。や、やだわ……なんでこんなにドキドキするのよ。

「ああ、そうだ……これを渡しておこう」
「え……」

 ふいにマーカイルが立ち上がり、あたしの座る椅子の横へと跪かれて左手を取られる。そしてそのまま左手薬指にキラリと輝く石の付いた指輪を嵌められた。その指輪の傍にマーカイルの美しすぎるお顔が近づいて、そっと唇が触れる。

「ひゃっ⁉」

 指へと触れた初めての感触に驚いて手を引き戻しそうになったけど、しっかりと掴まれていたらしくマーカイルの柔らかい唇はまだ指へと触れたままだった。

「な、なにするんです、か……」
「……愛の誓いだ。婚約の証に指輪を贈らせてもらった」

 あたしの指から唇を離した後、手は握ったままでこちらを見上げて来る。じっと見つめられて、心臓の鼓動が今までにないくらいに早くなる。な、なんでそんな風に見つめてくるのよっ。意識しちゃうからやめてー!

「おれの指にも嵌めてくれるか」

 揃いの指輪をあたしの手に乗せられた。あたしの指にあるものより少し石は小さめで、男性用にデザインされたものだと分かる。差し出されたマーカイルの左手薬指に震える手を必死に抑えながら、なんとか嵌めた。こんな美しい見目なのに、手は大きくてゴツゴツとしている事に驚いた。改めて一人の男性なんだと思った。

「指に口付けてはくれないのか?」
「っ‼」

 こちらの世界では婚約はこんな風習があるのかしら。少なくとも、あたしの知識の中には無い。それともロナルド家の風習⁉

 戸惑いながらも、頑張ってマーカイルの指へと唇を押し付けた。そしてあまりの恥ずかしさに、両手で顔を覆う。きっと顔だけじゃなく首とか耳まで真っ赤になっている筈。ううう、恥ずかしいよ。

「偽りの婚約なのに、こんな事までしないといけないの?」
「……いや、これはただの思い付きだ。婚約にこのような儀式や風習は無い」
「は?」
「お前をからかうのが面白くてな、ははは」

 あっけらかんと笑うマーカイルに、あたしは信じられないと抗議したけど全然堪えてない様子だった。

「まぁ、指輪を贈りたかった気持ちは本当だ。偽りとはいえ、婚約者なのだからな。おれなりにお前を大事にはするつもりだ」
「うっ……なによ、それ」

 そんなのズルい……。大事にされたりしたら、困る。あと数ヶ月しか一緒に居られないかもしれないのに、そんな扱いされたら辛すぎる。

「そんなにむくれるな、他にも婚約者らしい事をして欲しければ出来る限り叶えてやるから機嫌直せ」
「そういう事を言ってるんじゃ……」

 むしろ婚約者らしい事をして貰ったら困る。前みたいに冷たくあしらってくれた方が気が楽なのに……。なんでこんなに優しいのよ。泣きそうになる気持ちを必死に隠してお茶をがぶ飲みして誤魔化すしか出来なかった。
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