上 下
7 / 24
第一章

魔術師団長と騎士団長のご令息

しおりを挟む
 ゲーム開始から二日目。あたしは細心の注意を払いながら登校し、無事にカイラード殿下と遭遇する事もなく自身の教室へと辿り着いた。黒板に書かれている座席表に従い、決められた座席に着く。あたしの席は丁度真ん中の列の一番後ろだった。ブルーニクスも同じクラスで、廊下側の一番後ろだ。

 前の方の座席はどうやら高位貴族の方々が占めている様で、貴族とはいえ末席に近い男爵家や庶民の生徒たちは後方の席に追いやられている。むしろ一番後ろの方が教師の目から遠いし、楽で嬉しいんだけど高位貴族たちは違うのかしらね。まぁ、貴族だらけの学園だから庶民とかほぼ居ないんだけどさ。

「うわ、君メチャクチャ可愛いね。僕、エバーンズ・マジャナン。宜しくね」
「あ、パフィット・カルベロスです」

 急に話し掛けて来たのは若草色の髪をしたちょっと軽そうな少年だ。

 ――エバーンズだわ! へぇ、このタイミングで話し掛けて来るのね。

 ゲーム通りに爽やかな笑顔を貼り付けたエバーンズは、攻略対象者の一人で魔術師団長であるマジャナン侯爵家の嫡男だ。一見、人懐こそうで優しい雰囲気だけど実は腹黒さのあるヤンデレ気質担当。攻略対象者の中でも彼だけがクラスメイトとして登場する。

 ――エバーンズは熱狂的なファンが多いのよね。可愛い顔とのギャップ萌えってやつで。

 改めて目の前に居るエバーンズの顔を見つめる。二重の瞳は少し垂れ目気味で、ぷにぷにと柔らかそうな頬と薄い唇。あぁ……カッコ可愛いわぁ。ふふ、エバーンズなら婚約者も居ないし狙ってみても良いかな。

 そう思いながら彼の背中を目で追っていると、美しい女性を見つける度にあたしと同じ様に声を掛けては挨拶をしていく。

「……そうだった。あんな顔してプレイボーイだったわ」

 一気に熱が引いてガックリと項垂れる。エバーンズは最初から馴れ馴れしくて、冷たい態度を取らないから勘違いしやすいのだけど実は攻略対象者の中でも一番難易度が高い。なかなか本気になってくれないのだ。

「保留……て事にしよう、うん」

 気持ちを切り替えて、今度は昼休みに裏庭へと足を運んでみた。確かここで騎士団長の息子、ヒュー・トッドスキウム公爵令息との出逢いイベントが起こった筈……。

「あ……確かあの出逢いイベントって誰かが蹴り飛ばして来たサッカーボールを顔面キャッチしそうになって、それをヒューが助けてくれるってやつだ」
「危ないっ!」

 出逢い方を思い出してると急に誰かの叫び声が聞こえた。思わず条件反射で拳を握り、グーパンチで飛んできたボールをはじき返した。

 どっこぉおおおおん!…………。

 派手な音を響かせてサッカーボールは勢い良く空の彼方へと消えていく。あちゃ、やってしまった。

 そしてすぐ近くには、あたしを助けようと恰好良く片足を上げたままフリーズするヒュー・トッドスキウムの姿が。

「…………」
「…………」

 暫し互いに見つめ合った後、再びどこからともなくサッカーボールが二個あたしめがけて飛んで来た。そして今度こそ恰好良くそのボールをヒューが蹴り返そうとしたのだけど、いきなり姿を見せたブルーニクスが二個とも謎の剣で串刺しにした。

「え、なにその、まがまがしい雰囲気の剣。てかなんで防いじゃうかな」
「これは俺が作った魔剣“おどろおどろ”だ。そして俺は護衛なんだから守るのが普通だろう」
「魔剣自作しないでくれる!? てかネーミングセンス、相変わらずだな!」
「…………オレの見せ場が」

 ヒューは地面に“の”の字を描きながら座り込んでいる。

 ああ、ごめんねヒュー。せっかくの出逢いイベントなのに……と、どう声を掛けようか悩んでいたら……二度ある事は三度ある? これでもか! とやけくそ気味に、今度はサッカーボールが何十個も一気に飛んできた! ちょっ、だからこれ、誰が投げてんのよっ!?

「うっきゃああああああ」

 どこどこどこどこ! と、大量のボールが身体のあちこちに打ち込まれていく。ブルーニクスが何個かは魔剣おどろおどろでぶった切ってくれるけど、さすがのあたしもこれは避けきれない。そして悠々とボール一個を恰好良いポーズで蹴り飛ばしながら、ふうっ……と汗をぬぐってこちらを振り返るヒュー。おまっ、防ぐの一個かよ!

「危なかったな大丈夫か」
「見るからに大丈夫じゃないの、分かってるよね!?」
「オレはヒュー・トッドスキウムだ。宜しくな」
「“宜しくな”じゃないっ! 倒れてる少女をまずは起こしなさいよっ」
「いやぁ、カッコイイだなんて照れるな。オレは普通に君を助けただけだよ」
「無視かっ! どいつもこいつも、イベントに忠実だなっ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

その悪役令嬢、問題児につき

ニコ
恋愛
 婚約破棄された悪役令嬢がストッパーが無くなり暴走するお話。 ※結構ぶっ飛んでます。もうご都合主義の塊です。難しく考えたら負け!

転生した乙女ゲームの悪役令嬢の様子がおかしい!

公爵 麗子
恋愛
転生して、見事にヒロインになることができたミア。 平民でありながら魔力適性を持っていて、途中で貴族に引き取られ令嬢として生きてきた。 悪役令嬢のエリザベート様に目をつけられないように、学園入学まで鍛えてきましたの。 実際に学園に入学して見ると、悪役令嬢の様子がおかしい…?

ヒロインなのに悪役令嬢役にされて困ってます!

仲室日月奈
恋愛
私はどうやら伯爵令嬢に嫌われているらしい。一人きりで耐え忍んで学園生活を送っていた男爵令嬢シーラ。だけど、嫌がらせは増える一方で――。 ふとした出来事をきっかけに、前世の記憶を取り戻したら、ヒロインなのに悪役令嬢役になっていた!?攻略対象も全員、伯爵令嬢に骨抜きにされて味方なし。一年を締めくくる仮面舞踏会で、シーラに声をかけたのは?

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...