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第二章

第二十九話 目覚めると

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「ん……う……」

 誰かの手がわたしの顔に触れている。誰だろう…………タクト様? でもタクト様の手は、もっとゴツゴツしていて日々の鍛練のせいで手の平にある豆も感じられない。それにしても瞼が重い。目を開けたいのに重くて開けられない。

 顔を撫でていた手が今度は額に伸びて、前髪をそっと押し上げた。同時にそこへ柔らかいモノが触れる。それは額から頬、首筋へと徐々に降りていく。……やっぱりタクト様?

「んあ……」

 身じろぎたいのに、身体が全然動かない。なんだか頭もぼーっとして上手く働かない。木のきしむ様な、ギシッとした音がして、誰かが立ち上がった気配がした。

「もう少し、オヤスミ。愛しているよゼフィー」

 何処かで聞いた事のある声が聞こえたけど、意識が朦朧としていてそれが誰かを考えられない。わたしは深い闇へ再び沈んでいった。

◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

「あっ……たま、痛い」

 どれくらい経ったのだろうか。目覚めたわたしは見知らぬ部屋の中に居た。薬品か何かを嗅がされたのか、頭がガンガンする。何が起きたのだろうか、そしてここは一体どこなのだろう。

 周りを見渡してみても、今わたしが座っているベッドの他には小さな窓と木製の扉が一つずつあるだけ。窓には外側から鉄格子がはめられていて、とてもじゃないけど逃げられそうにない。念の為に扉のノブも回してみるが、予想通り鍵がかけられているみたいだ。

 「……ウェルやスワン達は大丈夫かしら」

 目の前で吹っ飛ばされたウェルや、玄関ホールに倒れていたスワン達の姿を思い出すと手が震えそうになる。

 「とにかく、ここを出なくちゃ……」

 何故こんな所に連れて来られたのかも、何故こんな目に遭うのかも分からないけど、ここに居てはダメな事だけは分かる。それに今日はこんな所に居る場合じゃない、王宮に行かなければ! 何か役に立ちそうなモノは無いかと物色するも、部屋の中にあるのは小さな古いベッドが一つだけだ。

 ――――ガチャガチャ、カチャ……。

 扉の鍵を開ける様な音がして振り向くと、ぎぃいいいいいい……と音を立てて扉が開いた。身構えて入ってきた男の姿を見ると、それはレオナルドだった。

「やぁ、ゼフィー。目覚めたかい」

 何の問題も無いかの様に入って来た扉を閉め、レオ様がわたしに微笑む。

「な、なんで…………」

 レオ様とはあの婚約騒動があった時以来、顔を合わせていなかった。そんな彼が何故ここに居るのか。そして何故わたしはここに連れて来られたのか。それを考えるだけで背筋が凍った。

「あは、不思議そうな顔してるな。でも、もう私から逃げられないぞ。これから一緒に国外に行くんだからな」
「レオ様……馬鹿な事はやめてください」

 こんな事をしたらどうなるのか、この人は分かっているのだろうか。これはれっきとした誘拐だ。下手したら身分剥奪、お家も取り潰されてしまうかもしれない。

「馬鹿な事? それは君の方だろうゼフィー。この私を振って、他の男を選んだ君こそ馬鹿なんだよ」
「……え」
「私ほど君を愛している男はいない。これからは私が幸せにしてやるからな」

 目を覚まさせる為にも頬をひっぱたいてやろうかと思ったが、この現状で変にレオ様を怒らすと何をされるか分からない。あぁ、なんでわたしは魔法を使えないのだろう。転生チートとかくれたって良かったのに!

「……レオ様、お願いだから家に帰してください」
「ダメだ」

 話しても無駄なのだろうが、何とか気を引いて逃げ出すチャンスを作りたい。

「それにしても、まだ婚約してないとはな。から聞いた時は驚いたよ」
「あの女?」
「ミンスロッティって女だよ、ゼフィーの代わりにローゼン様はあの女が貰ってやるから安心しろってさ」

 頭から血の気が引いた気がした。ヒロインがレオ様をそそのかしたの? タクト様を攻略するのに、わたしの存在が邪魔だから? ――なんて自分勝手な人!

「とにかく、もうすぐ国境を越える為に用意した馬車が迎えに来るか……らっ!?」

 わたしは思いっきりレオ様に向かって体当たりした。まさか伯爵家の令嬢がそんな事をするとは思ってなかったのか、ふいを突かれたレオ様は体勢を崩して尻餅をついた。

 ――今の内だわ!

 鍵のかかっていない扉を開けるとそこは台所だった。どうやら庶民が住む様な小さな家だった。すぐ奥には恐らく外へと繋がる扉が見える。わたしは必死にそこへ向かい、ドアノブに手を伸ばす。

「そこ迄だ」

 ダンッ!

 わたしの頬をかすめて何かが扉に刺さった。見ると扉にはナイフが刺さっている。引きつりながら後ろを振り返れば、全身黒装束を身にまとった見知らぬ男が剣をこちらに向けて立っていた。レオ様以外に人が居たのか……。

「アスチルゼフィラ嬢、大人しくこちらへ来てください。あまり手荒な真似はしたくない」

 これ以上逆らったら殺されるかもしれない……恐怖で足がすくむ。剣を向けられたのは生まれて初めての事だ。ましてや相手は剣の使い手。わたしに勝ち目はない。

「わ……か……りましたので、剣をおさめてください」

 それでも何とか強気な振りをして言葉を返す。

「マクス、よくやった! さぁ、こっちへ来い。ゼフィー」
「……はい」

 震える足を気合で動かして、レオ様の元へと戻る。レオ様はわたしの腕を強く掴むと、部屋の中へと無理矢理引っ張り入れた。そしてわたしの腰をグッと引き寄せて、抱き寄せられる。

「逃げようとしても無駄だ。私には、あの女が寄越した手練れの手下たちが居る。諦めろ」
「…………」

 レオ様の手がわたしの髪を撫でるけど、全身に鳥肌が立つくらい生きた心地がしない。好きでもない人に触れられるのが、こんなに苦痛だなんて。この数年間、大好きなタクト様の腕に抱かれていたから余計にそう感じるのかもしれない。

 今頃、王宮ではどうなっているのだろう。わたしが連れ去られた事をタクト様たちが気付くのはいつになるか分からない。このまま、レオ様と共に国を出てしまったら二度と戻って来れない気がする。レオ様の腕の中で、わたしは絶望感に打ちひしがれていた。
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